子供たちには何がのこった? ケース1>> | ||
賢太郎は紫を背中に乗せ、上田が環を背負って、漁火が些か雑にこしらえた門をくぐる。 「あ! 皆さん、お帰りなさ・・・きゃああ!?」 魔法街に帰り着いた一行をまっ先に出迎えた春麻は、いきなり悲鳴を上げた。 「マ、マキちゃん!? ユカちゃんっ!!?」 全員が無事に帰ってくることを当然と考えていただけに、2人も倒れているのがショックだったらしい。 半泣きの春麻をどうにか宥めて里山薬局まで行くと、ゴミか何かのようにネットをかけられて一纏めにされた吸血蝙蝠たちと、象の形をした如雨露でそれに水をかけている紺、ついでに紺のうしろで苦笑している圭士が目に入った。 如雨露の中身は聖水らしい。水音と一緒にボロ雑巾を引きちぎるような悲鳴が上っている。 「紺〜、難しい顔してると眉間に皺ができるぞ?」 「できたっていいもん・・・」 「お前ね、そういう陰険なことしてると暗い人間になるぞ? そいつらみたいな」 「おれ、人間じゃないもん・・・こいつらも人間じゃないもん・・・」 くり返される不毛なやり取りは、ずいぶん長いこと続いているようだ。 「・・・紺君は一体、どうしました?」 阿久津に問いかけられて、春麻は困ったように「えーと、」と言った。 「何て言えば良いのかしら・・・つまり、アイデンティティの崩壊、でしょうか?」 「ああ・・・なるほど」 絶対に負けるはずがないと思い込んでいた相手にぶちのめされる衝撃は、阿久津にも覚えのある話だった。 「圭士君に任せるのが間違いですね・・・」 何もわざわざ、魔法街最強の人類に預けなくても・・・と、眠ったままの息子を横目でにらんだが、意識がないので返事をしない。 視線を横に流せば、落ち込みが行き着くところまで行って鍋底を這っている賢太郎。 「・・・・・・ふむ」 困惑の表情で沈黙した阿久津は、しばらく思考してから『ぽん』と手を叩く。 「あの方にお願いしてみましょう」 「おい、本気か?」 「この上なく」 「・・・そうか」 この不吉なやりとりは、誰にも聞きとがめられなかった。 〜魔法街におけるヴァンパイア化の治療マニュアル〜 病原体(と表現していいものかどうか)が完全に回りきってヴァンパイア化の症状が現れるまで、およそ2〜3時間。発症後、完全に人外の存在に変質するまでの所要時間約半日(個人差あり)の間にワクチンを投与すれば、99パーセントの確立で治療が可能。 攫われた時間から換算すると紫の場合はかなりぎりぎりだったが、すぐに完治が確認された。 もう1人の患者、つまり環の場合は咬まれてから魔法街に戻るまでが早かったため、余裕で間に合う・・・はずだったのだが。 「血が欲しくなったりしませんか?」 「しない」 いつまでたっても、変化が現れない。発症前に使っても無駄になるだけなので、注射器を準備して待ち構えていた圭士も困っている。 「おい、まだかー?」 「そう言われても・・・まだみたい」 顔を見合わせて首を傾げる。 「紫くんが感染してから、時間が経っていなかったせいでしょうか・・・ニンニクの臭いは?」 「大丈夫」 「十字架に触れますね?」 「うん」 「銀にアレルギーが出たりは?」 「してない」 「泳げなくなったりは・・・」 「俺、元々泳げないし・・・」 きりがないので、以下省略。 ちなみに質問をしている母親の方は、とうの昔に以上の弱点を克服済みだったりする。最後まで苦手だった水も、うっかり世界屈指の風呂好き国家に住み着いてしまったお陰で100年ばかり前クリアした。 「念のために2人ともしばらく治療を続けましょう・・・薬は足りますね?」 春麻が頷く。また作ればいいのだし、元々余っている薬だ。 それで若者2人の健康と真っ当な人生を保障されると言うなら、全て使い切ってしまおう。 少々斜めに走ってはいるが、彼らは今のところ普通の高校生である。 |
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