吸血鬼には自信家が多い>> | ||
危険ランクAが発令され、魔法街の主だった連中と攫われた紫の関係者は、里山薬局の居間に集まっていた。 いつも入口に掛っている掲示板も運び込まれており、そこから離れられない憑喪神の竹本さんが所在なげにその辺をただよっている。 そしてそれ以上に浮かない顔をしているのが、上田環と土佐賢太郎である。 「お前たちまでうっかり鉢合わせしなくて良かった。本当に、それだけは幸いだった」 上田が慰めても、一向に浮上しない。 「・・・君たちが戻る直前ですが、竹本さんに呼び出し状が貼り付けられていました」 阿久津が取り出して見せたのは、古めかしい羊皮紙の書状だった。 「私と靖臣さんを御指名です。一応、一族有数の実力者ということになっている方ですね」 『一応』と『なっている』に、やけに力が入っている。 「そのお嬢さんの話に出てきた男と同一人物で間違いないでしょう。紫くんの無事さえ確保できれば、どうということはありませんが・・・環くん、見えますか?」 「・・・見えない」 先程から何度も試しては失敗している環は、あからさまに装った冷静さで答えた。 阿久津も驚きはしない。息子の性格上、紫の居場所がわかっているならまっ先にそう言うとわかっている。 環の能力は千里眼や透視など、いわゆる幻視の力を全て合わせたような都合の良いものだ。先代の増村芙喜や中継ぎの占い師たちが技術や特殊な道具の力で行ったわざを、『見よう』と思うだけで可能にしてしまう。 ところが今回の相手はその手のものに精通した種族の一員で、目くらましの手段くらい持っている。こうなると、力自体は強くとも経験が不足している環は弱い。 「まあ、俺がアチラさんでもそうするな・・・」 上田が呆れているのか感心しているのかわからない調子で肩をすくめた。 魔法街専属の占い師が非常に優秀だというのは、その道では有名な話だ。 ただし途中で代替わりしていたり、初代の引退から正式な2代目が就任するまで数十年のブランクがあったり、人間だったりするのはそれ程知られていない。 攫った(つもりの)元締めの息子が占い師だとは思わなかったのだろうが、結局その誤解は敵方にとってよい方に転んだ。 「ふむ・・・少しやり難いかもしれませんが、どうにかしましょう」 阿久津が話を進める。 「春麻さんと圭士くん。薬の用意をお願いできますか?」 「大丈夫です」 「在庫はたくさんありますけど・・・一応新しく作っておきますね?」 魔法街の薬屋には、ヴァンパイア化に対抗するワクチンというアイテムが常備されている。咬まれて数時間以内に使えば確実に、半日以内でも五分五分で人間に戻れる優れものだ。 作られたきっかけは、『血液感染するなら病気だろ。だったら治療できるんじゃないか?』という圭士の思いつきである。面白がった上田がさらに士郎と春麻を巻き込んで、この成果を挙げた。 しかし吸血鬼なぞその辺にゴロゴロしているわけがないので(魔法街及びその近辺の吸血鬼は、当の上田と阿久津の2人だけ)、作るだけ作って溜め込んでいた分がどっさり余っている。 「魔法街の守備は、熊さんと士郎さんにお任せします」 「へ? いや、俺はいいけど・・・」 「!!?」 熊さんがちらりと視線を投げた先で、里山士郎は血相を変えている。 彼の言葉を正確に翻訳できるのは勘のいい環や身内の圭士くらいだが、今はその場にいた全員にわかった。 つまり、『何故だ!?』と言いたいらしい。 紫が魔法街に住み着いてからこちら、生活面の面倒を見ていたのは士郎だったし、そうでなくとも士郎は紫に思いを寄せていて、そのことは阿久津も・・・魔法街に住んでいる者は皆知っている。 しかし阿久津は重ねて「お願いします」と言う。 「彼の性格を考えると・・・私の記憶が確かなら、陰険で無駄に策を弄したがるくせに思いつきで行動することが多い愉快犯で」 言いたい放題だ。 「『その方が面白い』程度の理由で、留守中に配下を総動員して魔法街を襲わせるくらいはやりかねません。私たちがいない間、ここを任せられるのは・・・」 それを言われて尚『連れて行け』と主張するには、士郎という人間は真面目すぎた。 要領が悪いとも言うが、それも含めての里山士郎である。 「それでは」 「おう」 「・・・待って」 立ち上がろうとした阿久津と上田を引き止めたのは、意外な声だった。 「俺も連れて行って! 近くまで行けば、見えるようになるから。お願いだから、手伝わせて」 言われた2人だけではなく居合わせた全員が注目するくらい、ありえない人物の発言である。 上田環が自分から戦いの場に出向くことはこれまで無かったし、そもそも彼の適性からしてあってはならない。 その両親は一瞬だけ驚きの混じった何ともくすぐったい表情になったが、首はしっかり横に振る。 「無理ですね。確かに君の能力は役立つでしょうが・・・連れて行くリスクの方が大きい。そちらの2人と家にいなさい」 今度は、一緒に留守番として指名された賢太郎と紺が驚愕の顔になった。 まだ幼いとは言え、それなりの力をつけた2匹である。何も言われなかったし、こんな所で自分から発言する気もなかったが、熊さんや士郎と一緒に防衛側に回るつもりだったのだが。 「君たちが年齢のわりに優秀なのは知っていますが、まだ弱い」 「・・・ま、後は大人に任せとけ」 こうして魔法街が非常体勢に入るなり、環・賢太郎・紺のトリオは環の家に放り込まれた。いつもなら紫を入れたカルテットだが、今日は紫がいない。 里山薬局と三軒長屋には他にも殴り合いに適さない住人が集まっているが、環の家にいるのは3人だけだ。 「・・・みんなに、気を使わせちゃったかなあ」 ため息をつく環の横で、賢太郎と紺が押し黙っている。 最初から無茶な言い分だと理解していた環と違って、それなりの自信があった2匹である。ショックはより大きいのかも知れない。 「実際問題として、俺たちは弱いんだ」 「「・・・・・・」」 「俺と君たちの間で、もう越えられない壁があるわけだけど、多分その上から見れば目クソと鼻クソくらいの違いでね・・・」 紫のボディーガードをこっそり任されているのは賢太郎と紺だが、あくまでも魔法街の中で起きる事故に対応するためにいるわけで、悪意を持って近付いてくる敵に対処することまでは期待されていない。(それでも、通り魔程度なら余裕で対処できただろうが) 環にいたっては、人間相手でも確実に負ける。 「つまり・・・俺が朝のニュースで画面の左上にぽつんと出てる天気予報だとして、君たちは痴漢よけの防犯ブザーあたり・・・だね」 どちらにしても、戦力外ということだ。 「「「・・・・・・・・・・・・・」」」 しばらく無言で顔を見合わせる。 お互いに同じような心境・・・はっきり言えば不満を抱えていることが、何となくわかった。 百年以上昔に若者だった人々は覚えていないらしいが、子供というのは『子供だから』と禁止されるのが1番嫌いな種族である。 そして、『駄目』と言われることほどやりたくなる種族でもある。 「1つ、提案があるんだけど。乗る気はある?」 環の目は、完璧に据わっていた。 そして同じ頃とある場所では、こんな光景が展開されていた。 時代がかった服装をした壮年の男が、日の落ちた空を見上げて薄く笑む。 男が片手を挙げて合図を送ると、どこからともなく無数の蝙蝠たちが現れ、先を争うように飛んでいく。 男の示す方向・・・その先にある、魔法街にむかって。 |
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