卑怯者は開き直る>>   

 ・・・べつに、紺を仲間はずれにするつもりではなかった。嘘ではない。
 環はただ、どうしても自分が行きたかっただけなのだ。
 しかし、自分が動くことを前提にして考えると同行者の身がますます危険になるのは間違いない。
 紺の方から言い出してくれたのは幸いだったが、それがなかったとしてもどうにか理由をつけて置き去りにするつもりだった。
 考えてみれば父母と同じことをしているわけだが、いざという時に自力で紺を助けられると思うほど、自分の能力を過信してもいない。
 あの状況で様子を見に来るなら圭士と春麻しかいないし、使えるものなら何でも使う圭士なら、戦力になる紺を逃がしたりはしないはずだ。
 結果として環は、まんまと紺の置き去りに成功した。

 ・・・賢太郎は良いのかと言われると困るが、いざという時に紫を担いで逃げるのは環一人の手に余る。彼は絶対に必要だった。
 今更こんな所でネタばらしをするつもりはなかったのだが・・・何と言うか、勢いと言うか。
 驚くかと思いきや、賢太郎は考え深げな(犬族特有の)目で環を見返してきた。
「拙者も、実を申せば紺には危険かと思っていたのでござる」
「?」
「しかし、危険な目にあっているのは、他ならぬ紫殿。できれば我々の手でお助けしたい・・・紺もそう思っているに違いない故、連れてきてやりたかったのでござる」
「・・・ふうん?」
「い、いや拙者は、もちろん紫殿の安全が第一だと・・・」
「違う違う。責めてるんじゃなくて」
 不謹慎に思われたと、勘違いしたらしい。慌てて言い訳を始める賢太郎に首を振って見せる。
「いや・・・賢太郎はいい子だねえ・・・」
 ワシワシと頭を撫でてやると、やや高い位置にある顔が嬉しそうに緩んだ。紫や紺だったら馬鹿にするなと怒るだろうが、賢太郎はふつうに喜ぶのでやりがいがある。
 少し固めの毛皮(・・・もとい、頭髪)を撫で回しているうちに、なんとなく気持ちの整理もついてきた。

 つまり自分は。
 まっ先に紫を迎えに行きたかったらしい。
 それも、誰よりも先にである。確実に彼を助け出すだろう両親よりも、側にいなかったことを死ぬほど悔やんでいるに違いない士郎よりも、紫の安全に責任を感じている賢太郎と紺よりも先に、自分が彼を迎えたかったのだ。
 何故なら紫が攫われたのは環のせいで、紫は環の友達だから。
 言ってみれば、それだけのことなのである。
「俺って・・・・・・俺って情けない・・・」
「????」
「・・・・・・・・・」
 賢太郎がなにやら心配そうな顔になってきたので、反省はここまでとする。
 そもそも、悠長に反省している場合ではなかった。
「・・・それじゃ、ユカちゃんを迎えに行こうか」
「御意!」
 賢太郎は環にしか見えない尻尾を盛大に振って応えた。



 ひどく喉が渇いている。
 紫が最初に思ったのは、そんなことだった。
 気がつくとそこは公園らしい場所で、紫はベンチに腰をかけたまま眠っていたらしい。
 どうしてこんな場所に一人でいるのか、まったく記憶がない。
 学校の正門で田坂メグミと会ったところまでは覚えているが、その後・・・誰かがいた、ような・・・
 考えながら、立ち上がる。
 公園の奥へ進んでいったのは無意識だ。頭上にある街灯が何故だかひどく不快で、その光の届かないところに行きたかった。
 かなり大きな公園で、整備された道に沿って歩いて行くと何人かの人間を見かける。
「・・・?」
 ふと頭に浮かんだ言葉に、不審を感じる。
 酔っ払い、ホームレス、アベック・・・そんなものを見て・・・何故、『美味そうだ』と思うのだろう?
 霧がかかったような頭の片隅で疑問に思ったが、それもどうでもいいような気がして、紫はとりあえず前に進むことにした。