酒とボケの日々 サケトボケノヒビ >>   

 門から降りてきた大蛇と目が合った瞬間、今度こそ息が止まるかと思った。
 俺に対するものじゃないと知っていても、神と呼ばれる存在の怒りをぶつけられて平然としていられるほど、俺の神経は太くない。
「環ちゃん!」
「おい、無事・・・じゃねえな」
 大蛇の陰から出てきた殿様蛙(頭に金魚が乗っている)に引っ張られ、少し離れたところまで連れて行かれた。これで大蛇とクラゲが1対1になる。
 漁火が吼えた。
「Q●郎おおおお!!!」

 ・・・・・・・・・。

 ごめん、Q●郎。(本名は白珠)
 奴の名前を素で間違えた漁火は、自分がとんでもないボケをかましている事も気付かず、尻尾を横殴りに叩きつけた。
 まだ酒が残っているらしいQ●郎は抵抗らしい抵抗もせずにべちゃっと潰れて・・・
 巨大な赤蛇が、動かなくなった巨大クラゲを一口に飲み込んだ。
 細長い胴体が一部のみ丸く膨れて、その部分がどんどん下に下がっていく。
「酒臭い」
 不機嫌そうに呟いてげっぷをすると同時に、腹の膨らみは消えた。
 ・・・Q●郎が、消化されたらしい。
「俺、もしかして無謀なことした?」
 呟くと、穣雲に後頭部をはたかれた。
「もしかしなくても無謀なんだよ、阿呆」
 事実なだけに言い返せない。Q●郎に酒が回るのがもう少し遅かったら、俺もアレと同じ目に遭っていたということだ。
「お前一体、何やった?」
「貴露の実。台所にあったの全部・・・」
「飲ませたのか!?」
「ごめん・・・」
「いや、構わねーけど・・・とんでもないことすんな、お前・・・」
 驚きと呆れが程よく混ざった表情を浮かべて、穣雲はべたべたに汚れている俺の頭を撫でる。
「しっかし、汚ねえなあ。気持ち悪いだろ?」
「気持ち悪い・・・」
「当たり前だ馬鹿!」
 いつの間にか近づいてきていた漁火が、何だか怒ったような顔で怒鳴った。Q●郎を呑み込んだからには、その中に入っていたアルコールも一緒に呑んだはずだけど、平気な顔をしている。
 これがホントのうわばみ・・・とか言ってる場合じゃない。
 そのまま首根っこを咥えて連行された俺は、問答無用で風呂場に叩き込まれた。

 頭から何度も水をかけられ、更にお湯を汲んだ盥の中でこすられる。
「イタタ、イタ、痛いって、綾緒さん!!」
「痛いようにしてるの!」
「わかったから、謝るから!!」
 頼むから風呂くらい1人で入らせてくれと頭を下げ、ようやく開放してもらった。
 ゆっくり体を洗ってから外に出ると、座布団が一枚用意してあった。その前に3人が並んでいる。
「・・・・・・」
「まずは、座って?」
 指定の座布団に座ると、まず綾緒さんが掴みかかるように乗り出してきた。
「馬鹿なことして・・・! 嘘吐いてまで1人で残って、どういうつもり!?」
「本当のこと言ったら、綾緒さんは俺を連れて逃げるか・・・俺を守ろうとすると思ったから」
 無理な話だ。俺は空を飛べないし、実は泳げない。綾緒さんの戦闘能力は俺と大差ないし、共倒れになるだけだ。
「だからって・・・」
 更に何か言おうとした綾緒さんが、ひょいっと脇にどけられた。
「環」
 替わって、正面に漁火が来る。

「まずは・・・有難う」
 この時くらい、漁火が怖いと思ったことはない。
 怒りに殺気立った顔よりも、きちんと手を突いて頭を下げる彼が怖かった。
「俺のねぐらを守ってくれたこと、感謝してる。だけど」
 漁火が顔を上げて、俺の両肩を痛いほどに掴む。
「環は、死ぬつもりだったのか?」
「違う・・・」
 無謀だったのは認めるけど、勝算はあった。することと言えば、綾緒さんが漁火に追いつくまでの時間稼ぎだけだったし・・・
「あいつが酒に強かったらどうする!? 俺が間に合わなかったら、どうするつもりだった!?」
 それは・・・
「考えてなかった、けど」
 物凄い音と共に、横殴りの衝撃が横っ面を襲った。
 漁火に殴られたらしいと気付いたのは、床に倒れた後である。
 俺と自分の体力差わかってる? とか思う間もなく、上のほうで『ガッツン』と、鈍い音がした。
「大丈夫!?」
 綾緒さんの手に、赤ん坊の頭くらいある石が。(・・・漬物石?)
「俺は・・・大丈夫」
 恐らく貴方の全力で、しかもその石で、後頭部をぶん殴られた漁火に比べれば、ぜんっぜん大丈夫。
「乱暴なんだから! 人間は壊れやすいって言ったの、誰よ!?」
「俺だけどさ!」
 それでもちょっとよろめいたくらいで綾緒さんに怒鳴り返している。頑丈だ。
「言い訳しない!!」
「してない!!!」
「取り敢えず落ち着け、お前ら」
 穣雲が仲裁に入る。
「おいタマ。こいつらが怒る理由はわかってるよな?」
「・・・うん」
「言っとくが、俺も驚いた。綾緒がすっ飛んで来たと思ったら、白珠が来る! だろ? 慌てて帰ったら、お前は食われてるし。寿命が縮んだぜ?」
 芝居がかった調子で身震いして見せるが、本気半分らしい。目が笑っていない。
「ほれ、俺らに何か言うことあるだろうが」
「・・・・・・ごめんなさい」
 心配かけて、ごめんなさい。

「無事で良かったよ。本当に・・・」
 漁火が心底安心した声で呟く。
『許す』とは言われなかったけど、これで許してもらえたようだ。




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