人類失格 ジンルイシッカク >>   

「変なもの見せてごめんね? 驚いたでしょ?」
 俺より少し下に見える美少女は、苦笑しながら足の手当てをしてくれた。
 所々に朱のポイントが入った白いおかっぱ頭。和服と似た着物も白に朱の模様。
「服を着なさい!」と、一喝された漁火は、現在社の中で着替え中。
 ・・・力関係を把握した俺は、彼女を「綾緒さん」と呼ぶことにした。
 ところでこの綾緒さん、耳のかわりにヒレがある。
 いや、漁火の仲間が魚でも不思議はないんだけど、彼女はどう見ても淡水魚、寧ろ野生にいたらいけない種類じゃないだろうか。
 しかし、いきなりそれを聞くのは会話としてどうだろう。俺がもし「人間ですよね?」と訊かれたら、物凄く返答に困る気がする。
「はい、おわり」
「ありがとう」
 足は見事に捻挫していた。海草の匂いがする湿布を当てて包帯を巻いてもらったけれど、当分足を引きずるだろう。
 丁度その時社の扉が開いて、服を着た漁火が出てきた。
 黒に近い灰色の衣装は、徹底的に機能性を追及した造りだ。下半身にはズボンのようなものを着けているが、上は腹巻状のものに袖なしの短い上着を引っ掛けただけ。
 ・・・正直、これを着るのにどうしてこれだけの時間が必要なのか理解に苦しむ。そんな思いが顔に出ていたのだろう。綾緒さんがまた、困ったように笑った。
「・・・それじゃ、漁火から説明どーぞ」
「え、綾緒が話してくれたんじゃないのか?」
「接待役は主がするもんでしょ? 遠い異世界のお客人に、それなりのもてなしをするのは当然」
 ・・・おや?
「待った。別の世界って・・・」
 俺の服装や現れた状況は「この近くの住人」では有得ないけれど、それですぐさま「異世界」という設定を思いつくのなんて、ファンタジー慣れした現代人くらいだ。
 想像というのは結局、自分の知る範囲からそう外れない。「異世界」という概念が生まれる為には自分の世界が唯一絶対ではないと認めなければならないはずで、口で言うほど簡単な事じゃないのは、地動説が認められるのに要した時間が証明している。
 少々混乱気味の俺の背中を、綾緒さんが軽く叩いた。
「この世界では有得ない存在じゃないから。もちろん普通の人には内緒ね」
「そうそう。それと普通は、わけがわかっていない内に送り返すんだ。儀式が必要だから、しばらく無理だけど」
 変な事態には慣れているつもりだったけど、この世界は更に上を行くようだ・・・あれ? じゃあ、帰れるのか?

 俺が落ちたのは、奥祇(オウギ)という四方を海に囲まれた島国で、もちろん主な住人は人間だ。
 鬼神の類に関する認知度は俺の世界に比べて遥かに高く、この漁火も俺が最初に落ちた村近辺では神と崇められ、毎年お供え物を貰う身分らしい。
 今いる場所はさっきの村から船で3日ばかり行った先にある離れ小島で、この辺の海一帯が漁火の領土だというから、結構な有力者だ。
 伝説によればこの世界は、幾つかの異世界(正確な数はわからない)から落ちた欠片が混じり合ってできたという。
 その名残りなのか、神と呼ばれる中には様々な世界を行き来できる者もいて、漁火もその1柱。ただし、この世界を移動する他は異世界の住人を何度か送り返したくらいで、それ以外に力を行使した事はない。
 何故かと聞いたら、とても不思議そうな顔で「何でわざわざよそに行くんだ?」と、逆に尋ねられた。そりゃそうだ。
 しかし、やらなくていいことを先陣きって実行してくれる輩はどこの世界にもいる。

「つまり、縄張り争い?」
「争ってないよ! 向うが勝手に攻め込んできたんだ」
 この世界、神様と呼ばれる存在がたくさんいる。漁火のような動物系もいれば、木や岩が人格を持ったもの、果ては自然現象の意思などなど。
 彼らは太陽神を中心として緩やかに繋がっているが基本的に独立した存在で、神様同士の対立もあるわけだ。
 そいつの名前は、白珠というらしい。シラタマという響きはなんだか美味しそうだが、性格はかなりまずい。
 漁火の隣に領土を構えており、昔から領土拡大を狙って喧嘩を売ってくるそうだ。俺がこの世界に落ちたのも、白珠が漁火を異世界に飛ばそうとして適当に開けた穴が、たまたま俺の世界に繋がっていたせいらしい。
 その後反撃を食らった白珠は一時撤退したが、そのはずみで津波がおきた。
 近くの村人に『神のお告げ』を出して避難させた漁火は、逃げ遅れた人間がいないか見回っていたところで俺を見つけたという。
「あいつ、そんなに力はないはずなんだけど、今回は強気で。誰かの協力でも取り付けたのかも知れない」
「どんな奴?」
 尋ねると漁火は地面にしゃがみこんで、砂の上に指で線を引いた。
「白くて丸くてひらひらで〜」
 漁火が鼻歌交じりに描いたのは・・・俺、これと似たものをよく知ってる。
「Q●郎・・・」
 大きな目玉が2つ、頭の上には毛が3本。
「「Q●郎って?」」
「気にしなくていいよ。俺は今後そいつをQ●郎って呼ぶから」
 つまり、俺がここに落っこちてきたのも、落ちて早々に死にかけたのも、見ず知らずの大蛇に馬鹿呼ばわりされたのも、捻挫したのも、全ては●バQのせいだと・・・
 何故だろう。物凄く理不尽な目に合わされた気がする。



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