告白はジェットコースターの如く >>   

 実際、危ないところだった。
 走り込んだ先・・・とあるマンションの一室は、苦痛の呻きが満ちる修羅場と化しており、士郎はといえば主犯格である仮称Kの口に握り拳を叩き込もうとしているところだった。
 珍しく口数多く(つまり、それほど疚しい気分だったのだろう)語った所によると殺すつもりはなくて、少々痛い目を見せてやろうと思っただけらしい。
 ・・・少なくとも、最初の内は。
 圭士と全く同じ顔をした士郎が突然、鍵のかかったドアを破って現れたのだから、彼らは相当驚いたらしい。冷静になれば、そこに『圭士』が現れる不自然さや、人間離れした行動に疑問を抱くところだが、彼らは全員アルコールと薬物を摂取した状態であり、著しく知力が低下していた。
 6人がかりで殴りかかってきたわけだが・・・相手が悪すぎた。

 魔法街在住の士郎は、人間以外を相手取った荒事に慣れている。おまけに約80年に及ぶ仙人修行の結果、まともな人間には不可能なレベルまで鍛え上げられている。
 ちなみに、最終学歴は士官学校である。(あまり関係ない)
 そこにいたのが例えプロレスラー6人であっても、人間のレベルの相手ならどうということもなかっただろうし、ましてやトリップ中の大学生においてをや。
 数秒足らずで地に這った連中があんまり見苦しく泣き喚くものだから、士郎としては少し静かにさせてやろうと思った・・・らしい。
 殺すつもりは無かったのだと士郎は繰り返し主張したが、少なくとも圭士が割って入った時には『止めるな。お前が何と言おうとこいつらはぶち殺す』という顔をしていた。
 無口な大叔父の表情は、時として嫌になるほど雄弁で、圭士はヤクザに追われた時もやらなかった土下座と泣き落としのコンボをするはめになった。


 大魔神と化した士郎に何とか殺人だけは思い止まらせてから数日が過ぎ、事件のことは社会から忘れられつつある。
 圭士は現在、晴れて潔白の身である。元々罪を擦り付けると言うより、仮称Kが逃亡するまで数日の間、薬物の出所である某組織と警察の目をごまかすのが目的だったらしく、その後の調査で穴だらけの状況証拠や杜撰なでっちあげは、あっという間に覆された。
 とは言え薬物取引に巻き込まれたわけだが、公式の書類からは彼に関する記録が丸ごと削除されており、あの後で警察から簡単な事情聴取を受けたことすら無かったことになっている。
「警察なんて官僚体質の組織ですから、上を抱き込めば簡単です」
 環の『母』である阿久津縁は、芸術的な美貌でこんなことを言った。ドラマに出てくるような熱血刑事が真相究明に乗り出したらどうするのかと尋ねてみたら、「別に構わないでしょう? 無実なんだから」と、笑われた。
「そーいやあ、そうっすね」
「そう言えば、じゃありませんよ」
 そんなわけで周囲は平穏そのもの。せいぜいご近所のオバサマがたにヒソヒソと噂話をされたり(警察や非カタギ系の人間がうろついていたのを目撃されたらしい)、たまに大学で『お前、犯罪に巻き込まれたんだって?』と聞かれるくらいだ。
 終わってみれば友人が1人いなくなったくらいで、日常は何も変化していない。

 ところが、圭士はまだ魔法街に居座っていた。
「帰らないの?」
「うーん。近所の目もあるしなあ」
 日本の社会は、厄介事に関った者にあまり優しくない。たとえ被害者であっても、だ。
「ここなら家賃はタダだし・・・」
 これも悩みどころだ。
「結局、どうするの?」
 現在の圭士は里山薬局で寝起きして大学に通い、暇な時は『阿久津古書店』で本を読んだり、春麻の店『ウィッチズ・キッチン』に入り浸って茶菓を振舞われたりしている。
「まあ、どのみち今のアパートは引っ越さないといけない雰囲気で」
 直接『出て行け』と言われたわけではないが、少々居心地が悪いのは確かだ。
「折角だから、昔の夢を叶えてみようかと」
「夢?」
「恋愛結婚で美人の嫁さんもらって、好きな仕事に打ち込んで、100歳くらいで大往生。理想は嫁さんと枕を並べてポックリ逝くこと。10年も前から決めてる俺の夢」
 人に言ったら笑われそうな夢だが、里山家は何故か代々晩婚な上に短命が多い。現在生きている血縁者が士郎しかいない圭士にしてみれば、切実な話である。
「いい夢じゃないの」
「やっぱり?」
 春麻なら、そう言うと思っていた。
「そんなわけだから春麻、俺と付き合わない?」
 丁度目の前にあった白い手を、両手で包む。特に引っ込められたりもしなかった(硬直している、とも言う)ので、少し力を入れて握ってみた。
「・・・・・・・・・え?」
「お買い得だぞ? 1人暮らし長いから家事も得意だ」
「そ、そういう問題じゃなくてね!?」
 春麻は慌てて手を引こうとしたが、圭士が放さなかったので失敗した。
「夢は『恋愛結婚』なんでしょ!? 丁度そこにいるからって手軽に決めたら、絶対後悔するから!! それに、あたしはそんなに美人じゃないし! ね!?」
「じゃあ、好きだ」
「じゃあって何!?」
 ・・・秘密だが、春麻が初恋だったりする。今は・・・・・・やっぱり、好きかもしれない。
「あ、お前は十分美人だから安心していいと思う」
「だ、だって、あたしは・・・!」
「ん?」
「あたし・・・」

「あたしは、男なの! オカマなの!! お嫁さんは無理――っ!!」

 腹の底から絶叫した春麻は、そのまま圭士の手を振り解いて2階に駆け上がっていった。
 続いて力一杯ドアを閉める『バターン!』という音に、鍵をかける『ガチャ』という音がする。
「・・・真昼間から、どういう会話をしてるの?」
「いや、意思の疎通の不具合と言うか」
 いつの間にか店の入口から、環が覗いていた。
「っつーか、覗くなよ」
「あれだけ大騒ぎした本人がそれを言うかな・・・で、どうするの?」
「うん、ちょっと頼みが・・・」
 後に、環はこう語ったらしい。
 あの時の圭ちゃんの笑顔は、これ以上はないってくらいに爽やかでした・・・



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