日本男子のプライドと実質的な危険に関する阿久津縁の意見>>   

「紫くんに、ボディーガードを付けたいのですが」
「ボディーガード?」
 母親である阿久津縁(吸血鬼・男性・推定300才以上)が突然言い出した内容を繰り返し、上田環(人間・男性・17才)は首をかしげた。
「士郎さんじゃ駄目かな」
「駄目ですね」
 紫くん・・・伊藤紫(人間・男性・17才)に思いを寄せている向かいの住人の名前を挙げるが、母は首を振った。
「逆に襲いかねない人は問題外・・・というのは冗談で」
「うん。じゃあどうして?」
 あっさり頷くと、期待したほどウケなかったせいか、阿久津は少し残念そうな顔になったが、里山士郎(元仙人・男性・推定80才以上)はそんな真似をしない・・・始めから考え付きもしない人物であると、小さい頃から世話になっている環はよく知っている。

「例えば、私も靖臣さんも、君に護衛をつけようと思ったことはありません」
 決して治安が悪いわけではないが、いきなり角を曲がって猛獣が現れたり、局地的に・・・それこそ半径数メートル程度の範囲で落雷やハリケーンが発生するのが魔法街だ。
 そんな環境で赤ん坊から育った環だが、自分の足で歩くようになってからこちら、両親が付っきりで庇護したりはしていない。
「別に、環くんの目をあてにしているわけではなく」
 環の目は普通の人間とは少しつくりが違う。見えるはずのないものを視覚として捕える能力はこれまでも危険を感知し回避するのに貢献してきたが、紫が同じ能力を持っていたとしても、やはり阿久津は同じことを考えただろう。
「君は、自分が弱いことを知っているからです」
「ふうん?」
 弱者だと自覚しており、恥ずかしいとも思っていない。だから危険が迫れば恥も外聞もなく逃げ出すし、強い者がいれば迷わず助けを求める。無駄な争いは極力避ける。本当に逃げ場がない時のみ捨て身で正面から突撃するが、そんな必要は滅多にない。
 この小動物のような身の処し方は、環が魔法街で育つ上で自ら会得した知恵だ。
 ところが、「外の世界」で成長した・・・魔法街などという常識外の世界を知らず真っ当に育った紫の場合、頭でわかっていても実行に移すのは難しい。
「紫くんも男性ですから・・・一方的に庇護される立場に置かれるのは負担でしょう。まして士郎さんはその紫くんに求愛しているわけですし」
「士郎さんにその気がなくても、ユカちゃんが『女扱い』されてると思うかな? 年頃のオトコノコは難しいねえ」
 同じく『年頃のオトコノコ』である環だが、その辺りの微妙な心情に対する気配りはない。理解できないから。
 得意分野が違うのだと割り切れるのは、本人の性格と育った環境の差だろう。

『親バカを通り越してバカ親』を日々実践する両親を始め、周囲の大人たちにこれでもかというほど可愛がられて成長した環は、しっかり者の優等生な見かけと違ってかなりの甘ったれである。両親や恋人に守られることを感謝しこそすれ負担に感じたことはないし、一方的な庇護を与えられるからといって、侮られていると思ったことはない。
 対して紫の場合、好意的に言えば放任主義、身も蓋もない表現なら子供に興味がない両親と、義務的に仕事をこなすハウスキーパーによって育てられ、しかも小学生時代から家庭教師に暴力を振るわれていた経験がある。外見だけなら年齢以上に幼くて、どちらかというと周囲に思いっきり可愛がられて育つほうが自然な風情なのだが、世の中はそうそう綺麗にまとまらないらしい。

「でも、専属ボディーガードなんて余計にまずくない?」
「ええ。ですから理想を言えば同年代の・・・友人のような相手が理想ですが」
 一方的に守られるのではなく、紫が何か面倒を見てやれる相手。仲間として対等な目線に立てる相手なら申し分ないのだが。
「でも、そんな都合の良い人いないよ?」
「そうですね・・・」
 実年齢は置いておくとしても、環と同い年の紫と同じくらいといったら、食料品店を営む鼠一族の子供だとか、化け猫だとか、友人としてなら兎も角ボディーガードには向かない連中ばかりだ。
「・・・まあ、今まで通り俺がくっついてれば大丈夫かな?」
「そうですね」
 他に手立てもないので、そういうことになった。