学生の夏休みとそれに伴う諸事情について>> | ||
事件は、紫が受け取った手紙から始まった。 「ばあちゃんが、夏休みなんだから遊びに来いって言うんだけど」 家を飛び出して以来たまに電話で連絡をするくらいで一向に顔を見せない孫に、向うが痺れを切らしたらしい。 結婚前に魔法街で占い屋を営んでいた紫の祖母は、現在富士山の近くにある別荘で悠々自適の隠居生活だ。店は現在、店名もそのままに環が継いでいる。 「あ〜。そりゃあ行かないと駄目だね」 50年も前に出て行った彼女だが、大半の住人が人外の存在である魔法街では未だに『ちょっと前までいたスゴイ人』扱いで恐れられている。そうでなくとも小さい頃から何かと気にかけてくれた祖母なのだ。 「委員長も一緒に来てほしいらしいんだけど」 当代の占い屋である環は、祖母からみれば後輩に当たる。 「先代の家は、山の中だったよね?」 「ん。■△湖から少し上ったところで・・・」 「イサも一緒でいい?」 漁火(大蛇・男性・推定数百才)が「魔法街の外に行ってみたい」と言い出したのはかなり前の話だったのだが、一般社会の常識が身についていない大蛇の化身を、いきなり町中に連れ出すのは無謀と考える環によってそれは阻止され続けていた。 仮にも自分の恋人(恋蛇?)を危険物扱いするのはどうだろうとは思うが、2回ばかり本性の漁火と遭遇したことがある紫は口を出せずにいた。 今回はとりあえず、人の少ない所で馴らしてみようという試みらしい。 電話で問い合わせたところ、全く構わないとのことだったので、その数日後に紫・環・漁火の3人は揃って山道を歩いていた。 「・・・ん?」 最初に反応したのは、肉体の機能が段違いに発達している漁火だった。次に感覚器官だけなら人並み以上の環が首をかしげ、更にしばらくすると紫の耳にも奇妙な音が届く。 ウオーン ウオーン ギャン ギャン ギャイン 「・・・怪獣?」 環にそう評価された叫び声は、祖母の家がある方から聞こえてくるようだった。 「・・・急いだ方が良いのか?」 思わず疑問形になってしまうのは、祖母の持つ数多の『伝説』のせいだ。怪獣だろうが魔獣だろうが、そうそう負けるとは思えない。 微妙な急ぎ足で(走るまでしない辺り、彼等の伊藤芙喜に対する認識が現れている)辿り着いた別荘は、古い農家をわざわざ移築した木造建築で、紫の記憶とそれ程変わっていなかった。 違っているのは台所がある辺りの壁に開いているトラックが突っ込んだような大穴と、軒先から逆さ吊りにされた巨大な獣だろうか。足に巻きつくロープを何とか解こうと暴れているのだが、うまくいかないようだ。 「熊!?」 「違う。犬・・・だよね?」 語尾がやや疑問形なのは、環も自信がないからだろう。 よくよく見れば確かに犬だ。たれた耳やたるんだ皮膚から見て闘犬に使われる土佐犬の血統らしいのだが、大きさが半端ではない。 幾ら超大型犬に分類される土佐犬でも、乗用車くらいの大きさまで育つのは明らかにおかしいだろう。 「紫なの?」 パタパタと軽い足音がして、祖母(伊藤芙喜・74才・女性)が、何故か壁にあいた穴から顔を出した。 「いらっしゃい。元気にしてた?」 「いや、ばあちゃん。そうじゃなくって・・・」 「ああ、この犬? 今朝うちの壁を破って、台所を荒らしてたのよ。流石にこの大きさだと他所に行かれたら大騒ぎになるだろうし、とりあえず捕まえたは良いんだけど」 どうやって捕まえたのか問いかけたい衝動に駆られたが、何とか踏みとどまる。 ・・・紫は、まだ常人の領域を離れたくなかった。 「あんた達が遊びにくるから、折角久しぶりに腕を振るおうと思ったのに。みんなこの犬が食べちゃってね。もう仕方ないから犬鍋にでもしようかと」 犬の全身・・・特に足や腹の辺りを眺める視線は、確かに肉を吟味するそれだった。 大型犬はといえば、逃げ出すのは諦めたのか、何やら情けない声で鳴いている。 キューン キューン まさかとは思うが・・・声だけ聞けば、仔犬だ。 「ばーちゃん、ストップ・・・頼むから止めてやってよ」 今にも包丁を取りにいきそうな祖母を止める。 「そうねえ、生肉ばっかりこんなにたくさんあっても仕方ないし。でも他に食べられそうな物は・・・」 そういう問題じゃない。 「そう言えば」 環が、どうでも良さそうな調子で口を挟んだ。 「■△湖でお祭りがあるって、看板が出てたよね? 俺は犬よりヤキソバがいいなあ」 そう言う問題じゃないともう一度思ったが、結局この一言で犬は鍋を免れた。 「ついでに買出しもしておこうかしらね」 「最初からそうしろよ!」 犬は玄関に繋がれ、一同は芙喜の運転する車で祭の会場に向かった。 |
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