英雄的行動に対する周囲の反響と、これからも続く日常>>   

「じゃあ、取り合えず君ら、ユカちゃんの預かりになるから」
 何故か嬉しそうに環が宣言して数日。ここに至ってようやく判明したのは、彼らに名前がないということだった。

 ないと不便だと言って環が付けた名前は、「土佐賢太郎と篠田紺」である。

「トサケンタロウ・・・」
「土佐犬だから」
「コンって、委員長・・・・」
「狐だし?」
 環の名前は阿久津が漢和辞典を適当に開いたページから決まったそうだが、いい加減なネーミングセンスは母から子へ受け継がれているらしい。
 賢太郎と紺が文句を言わなかったので、結局この名前で決定した。

 こうして、危うく鍋にされる所だった巨大な土佐犬と、危うく漁火のオヤツになる所だった小さな狐が、魔法街に住み着くことになったのだが。
 2匹が紹介された日、熊さんの食堂は震撼した。
「芙喜さんの家を荒らした!?」
「環を喰おうとしただぁ!?」

「「「お前ら、凄いなあ・・・・・・」」」

 片や、未だ色褪せない数多の逸話を持つ『伝説の』大姐御。
 片や、最高権力者の溺愛する掌中の珠。(洒落にならないパワーを持つ恋人の付録つき)
 魔法街に関わった者なら、間違っても手を出そうとしない2人である。
 勇気ある者を英雄と呼ぶならば、彼らは真の英雄だった。
「いや〜、知らないって強いコトだな・・・・・・」
 熊さんの呟きが、その場にいた全員の心情を見事に代弁する。
 新入り2匹は、うまくやって行けそうだ。

 それから暫く学生たちは2学期の準備に追われ、その間賢太郎と紺は食堂の熊さんを始めとする世話好きな面々に色々と教わっていたようだ。
 夏休み明けの9月1日。私立偲明館学院(しりつ・さいみょうかんがくいん)2年B組に、転校生・土佐賢太郎がやって来た。
「どうやって編入試験を・・・」
 難攻不落、受験の最難関と巷で大評判の偲明館である。編入試験も並ではない。
 どんな反則技を使ったのかと訊くと、環は首を振った。
「普通に教えたら受かったよ? さすがハーフ神族(推定)優秀だねえ」
 そして眉目秀麗かつ優秀な半神(半犬)は、2週間前とは別人(犬)のように流暢な日本語でこう言った。

「土佐賢太郎でござる。よろしく頼み申す」

『委員長ー!!!?』
『いやあ、皆が面白がって、色々教えた成果が・・・』
「えー、土佐君は外国で育ったから日本のことを良く知りません」
 普通に話を進める担任教師が、ちょっと眩しい。
 ちなみに好きな日本のテレビ番組を訊ねられた彼は、嬉々として某ご隠居が活躍するご長寿番組を答えて、クラスメートたちは海より深く納得した。
『紺とか! 俺たちの言葉聞いて、変だと思わないのかよ!?』
『うん。人間語自体になれてないから、全部同じだと思うみたいだよ?』
 聞き分けはできるけど、使い分けができないみたい。
『ユカちゃん、頑張って教えてやってね』
 面倒見るって言ったよね?
 日本人的な曖昧さで微笑む某クラス委員の作為でも働いたのか、賢太郎の席は紫の隣だ。
「伊藤殿、よろしく御指導願うでござる!」
「こ・・・こちらこそ」

 今後のことに一抹の不安を覚えつつ新学期が始まり、魔法街では紫の後にくっついて歩く巨大な土佐犬と、2本尻尾の狐が見られるようになった。