見ないフリして他人のフリで 人が言うには御同類>> | ||
魔法街というところはどうも、世間並みの常識が当て嵌まらない所らしい。そんなことは元々わかっていたのだが、最近益々そう思うようになった。 魔法街の一番奥、三軒長屋の裏手には、小さな公園がある。遊ぶ子供が少ないので遊具はブランコがあるくらいだが、皆様の憩いの場としてなかなかの人気だ。 本日、公園には大蛇が陣取っていた。 そして、蛇の胴体に腰を下ろして読書中の人物が1人。有得ないほど巨大な赤い蛇は胴回りもそれなりで、ベンチのかわりに丁度良いらしい。 ・・・とてもそうは見えないが、恋人同士の図である。 蛇(名を漁火という)は先程から、人間の頭に顎を乗せてみたり、肩口を軽く咬んだりとちょっかいを出している。人間(名を上田環という)の方も特に嫌がる様子はなく、されるがままになっていた。 重ねて言うが、恋人同士なのである。 捕食者と獲物ではない。 通りすがりにその光景を見かけた伊藤紫は、ここ数ヶ月の間に何度も己に言い聞かせた言葉を反芻した。 正式に魔法街の住人になってからこちら、クラスメートの両親が吸血鬼だったり、一時バイトしていた食堂の店長が月の輪熊だったり、同じクラスに土佐犬が転校して来たり、狐の弟分ができたりと・・・実に色々あったものだが、これは未だに心臓に悪い。 特に、目の前で異様な光景を繰り広げている片割れが、自分のクラスメートであるという事実が。 環曰く、現在『イサの機嫌を取ろうキャンペーン』実施中らしい。しかしキャンペーンの期間終了がいつになるのかは誰も知らない。 知らないが、環がここしばらく自宅には戻らないで漁火の家(紫は場所を知らない)に泊り込み、魔法街にいる時も常に漁火と一緒にいることは確かだ。 とりあえず傍にいる状態が当り前になるところからはじめよう、らしい。 その馬鹿ップル的行動をどうにかしてくれと頼んでみたところ、彼は大真面目に首をかしげ、『俺は、ツーショット写真を玄関に飾ったりしてないよ?』と言った。 『お揃いの指輪もしてないし、付き合い始めた記念日にケーキと花束を買ったりする気もないし』 『・・・誰の話だよ?』 『圭ちゃんと春麻ちゃん』 馬鹿ップルの形態が、1種類しかないとでも思っているのだろうか。 定期入れと携帯電話の待ち受け画面に漁火の写真がある時点で、環に『馬鹿ップル』を否定する資格はないと思うのだが、どうだろう。 しかし、大真面目にそんな行動をする連中が身近にいたら自分はまだしも正常だと思う気持ちもわかる気がするので、紫は心もち目を逸らしながら公園の前を素通りした。 「いや、若いなあ」 カツンカツンと蹄の音がして、落ち着いた声がこんなことを言った。振り向くと白馬に乗った老紳士・・・間違い。下半身が白馬の老紳士が穏やかに微笑んでいる。 「君は、ああなっちゃいけないよ?」 「いえ・・・なりたいと思ったこともないので・・・・・・」 「うん。まあ、士郎くんなら心配ないとは思うけど、何しろ圭士くんと血が繋がっているわけで」 「は・・・はあ」 紫は心の中でがっくりと肩を落とした。 魔法街在住の面々が自分と士郎をくっつけようとする(それどころか既にくっついているものとして扱う)のはいつものことだが、時々どうにも納得がいかない気がする。 好きだとは言われた。 ただし、それから何か進展があったわけでもなく、先日の一件で環の部屋に泊まるようになってからは逆に後退している感もある。 いや、そもそも自分は前に進みたいのか後ろに行きたいのか。 士郎が何を考えているのかは、さっぱりわからない。(思えば初めて会った時から、彼の思考を理解できたことは一度もなかった) かくして紫は、前にも後ろにも動かない宙ぶらりんの状態でぼんやりしているのだった。 |
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