インセクトクライシス

SABシリーズ製作委員会


 時は暁。夜が明け、白々と日が昇り始めるその頃である。前作『トレーニングジム事件』の解決と入院から約三ヵ月後、SABの隊員達は部屋で眠りについていた。

「カレーライスが食べたい、ムニャムニャ…。」

SAB隊員クロツが寝言をつぶやいたその時。突如すさまじい外からの力でドアが吹っ飛び、爆炎がほとばしる。

「な…なんだ、テロか!ハルマゲドンか!」

SAB隊長タックは飛び起きる。

「ハハハ諸君お早よう。」

「きょっきょきょ教官!?」

彼はSAB隊員達の鬼であり悪魔である教官である。

「こ、こんな明け方に何をそんな派手な登場を!?」

「貴様らに緊急命令を伝えにな。今から五分後にブリーフィングを行う。一秒たりとも遅れることは許さん。」

教官はベランダからロープを伝って上に消えていった。

「ムニャムニャ…ハヤシライスも…。」

タックはクロツの寝言に顔をしかめた。


タックはブリーフィング室へと駆け足で向かっていた。

「教官はなぜあんなアクション映画並みの派手な登場の仕方をするんだ…しかし急がねば。一秒でも遅れようものならオレの血液は一分で吸い尽くされてしまう。」

「SAB隊長、タック大佐、入ります。」

すると中には先に来ていたクロツが立っていた…がなぜかズボンをはいておらず白ブリーフをはいている。よく見るとブリーフには『くろつ』と名前も書かれていた。

「グ、グンゼ?…いや、そうじゃない。お前、ズボンはどうした?」

「えっ、だって『ブリーフィング』じゃないんスか?」

「いや…ブリーフははかなくていいんだよ。」

「えっ、ブリーフも脱ぐんスか?」

クロツはブリーフに手をかけた。

「バカぁー!やめい、勘違いすなぁ!」

タックはそうでなくても風当たりのきつい本原稿の事を思い出し必死で止めた。その時、いつの間にか部屋に入ってきていた教官の冷ややかな視線にふと我に返る。

「教官に敬礼〜っ!」

慌てて二人は姿勢を正し敬礼をする。冷ややかに見つめる教官。

「…まあいいだろう、これよりブリーフィングを始める。タック大尉とクロツ少尉への指令を下す。」

「えっクロツ少尉?確かお前クロウって名前じゃ…!」

「やだなあ、何言ってんスか隊長、俺の名前はクロツっスよ!」

「ええっ、でも確か三ヶ月前の前回は…!」

「タック大尉、今はブリーフィング中だぞ。私語は慎め。」

それ以上その話題に触れるなと言わんばかりの鋭い教官の視線を受けてタックは硬直した。

「では続けよう。まずはこれを見てもらおう。」

教官が装置を操作するとモニターに映像が映し出される。

「数日前我が国の通信衛星が撮影したものだ。太平洋沖K共和国領内グラニュー島だ。このちっぽけな島の中に妙な施設が偽装されているのを発見した。」

「妙な施設、ですか。」

「さらに運搬船が頻繁にこの島に行き来している事も確認されている。ちょうど三ヶ月前辺りから急にだ。」

「三ヶ月前…。」

タックとクロツの脳裏に忌まわしい記憶がよみがえる。館へと偽装されたトレーニングジム。異常に濃度の高い室温の中を徘徊する筋肉男達…。そしてその餌食となって倒れる仲間の悲鳴…。心の傷はまだ癒えていないのだ。

「えー…つまりお前達が介入したトレーニングジム事件との関与も充分考えられる。別の研究所に本拠地が移されたことも考えられる。ドクターモゲ個人の研究とも断定できんからな。そこでお前達に調査に赴いてもらう。」

「嫌で…」

そこまで言いかかっていたタックは教官の目が光っていたに気づいて止めた。

「タック大尉以下、SAB任務了解いたしました!」

「うむ、それでいい。」

取り直すタックと見透かした様な教官の返答。本当は心底嫌だったに違いない。

「しかし教官、SAB隊員は前回で多くの犠牲者が…。」

「その通りだ。そこでお前達に紹介したい者がいる。入っていいぞ。」

教官が声をかけるとドアが開いた。部屋に入ってきたのは犬だった。犬種はダルメシアンか。

「こ…これは…?」

「改めて紹介しよう。サトーWだ。」

「ええっ!?」

「前回でスクラップになってしまったため、ボディができるまでの間、とりあえずメモリーチップを犬の脳に移植したのだ。」

「よろしくお願いしますワン。」

本来の犬にはありえない妙な犬口調に呆れるクロツ。

「それでは彼とともにグラニュー島に向かってもらう。」

「了解…。」

再びサトーWを加えたSAB一行は猛烈に嫌な予感を抱えたまま輸送機へと乗り込むのだった。彼らの奇妙なサバイバルが再び幕を開ける…。


 グラニュー島上空高度一万メートル。輸送機から地上を見下ろすSAB隊員達。タックは息を飲む。

「クロツ…。これで生きて帰れたら、休暇をもらうぜ。」

「いいっスね〜それ。」

あきらめともつかぬ声でつぶやくタックと答えるクロツ。彼らはため息を一つつくと、激しい烈風の中パラシュートで降下していった。後に続くサトーW。彼らは島の警備に悟られる事無く着地と潜入に成功した。

「変だな…こうもうまく潜入に成功するとは。」

「うう…ものすごく嫌な予感がするっス。」

グラニュー島は熱帯の密林に囲まれた無人島である。いくら謎の施設が偽装されていると言っても、風景はジャングルの様で様々な動植物がひしめき合っている。

「あっ、あれじゃないスか?」

上空からではわかりづらいが遠くに何やら施設の様なものが見える。

「うーん…屋根に木を植えていただけとは何と安易な。」

タックが呆れていると、前方に妙なものを発見した。

「…ゲッ、これは!?」

そこに倒れていたのは施設の警備員だろうか、銃を持っていた人間の死体だった。よく見てみると体が真っ二つに両断されている。その少し先にも似たような死体が。

「…辻斬りでも出たんスかね?」

「ばかな、こんな時代にそんなはずが…」

突然風景が暗くなった。急に二人は嫌な顔をする。

「いいか?『三,二,一、ダー!』で振り向くぞ。」

「ええ、わかったっス。三,二,一…」

「ダー!」

一気に背後を振り向く二人。そこで彼らが見たものは!

「ギャー!か、カマキリ!?」

そこにいたのは緑色の体色、三角形の頭、そして両腕には鋭い鎌状の腕を持つ昆虫、カマキリだった。ただし、体が途方もなく大きい。十メートルはゆうに超えている。頭をもたげ、鎌を振り上げて威嚇する。

『KYSHAAAA―――!』

「逃げろー!」

駆け出すタックとクロツ。巨大カマキリがそれを見逃がすはずがない。追いかけながら巨大な鎌を繰り出す。

「ひい、怖いっス!」

タックとクロツはジャンプして鎌をかわした。はずれた鎌は周囲の木々を稲でも刈るかのように薙ぎ払っていく。

「今度は左だ!」

「うわった!」

「右だ!」

「ひえ!」

まるで走りながら縄跳びでもしているかの様である。

「このままじゃらちがあかん!」

タックはマグナムを取り出すと、走りながら後ろ向きに発砲する。しかし、カマキリは両腕の鎌で数発の弾丸を軽くはじき飛ばした。

「ゲッ、このカマキリは石川五右衛門っスか!?」

彼らの追いかけっこの後には木々が薙ぎ払われ芝刈りでもしたかの様になる。

「前方に人がいるっスよ!」

「構わん、このまま前進だ!おれ達に後退はない!いや、できん!」

「な、なんだお前らは!止ま…うわああああ!」

銃を構えた警備兵は彼らの背後のカマキリに絶叫する。二人が走り抜けた時、その場にいた警備兵二人は一瞬で大鎌の餌食になる。

「ゲロゲロ!警備兵が八つ裂きにされてる!」

「それよりまだ追いかけて来るっスよ!」

「当然さ、だってカマキリは動くものに襲いかかる習性だからな!」

「えっ?…隊長、伏せるっス!」

クロツがタックを押さえ込む。その時、カマキリの鎌が振り下ろされた。

「ぎゃああぁぁああ!」

タックの悲鳴が響き渡った。しかし、カマキリの鎌は前方にいた巨大チャドクガの幼虫に突き刺さっていた。即座にそれにむしゃぶりつくカマキリ。

「今の内に逃げるっス!」

「クロツ…お前をパートナーに選んでよかったぜ。」

タックは調子のいい台詞をつぶやくと、林の奥へと逃げていった。しかし、彼らは重要な事を忘れていた。彼らはすぐにこう叫ぶ事になった。

「ああっ、サトーWがいない!」

一方、未だに林の中を歩き回っていたサトーW。体が軽いために風で流されてしまった上に緊急事態で置いてけぼりを食らったのだった。

「早くあの二人に追いつかなきゃいけないワン。」

匂いをかいで追跡を始めるサトーW。しかし、彼もこの直後、この異常な島の実態を知る事になる。サトーWの前方の地面が揺れ動きだした。

「な、何だワン!?」

地面から出てきたのは無数の足を持つ、長い体の節足動物、ヤスデだった。およそ十メートルにも巨大化したそれは、人間もひとのみにできる巨大な口を広げてサトーWの方向を向く。

「た、隊長、先輩…助けてワン!」

 所変わってタックとクロツの二人。

「うわっ、ナメクジに砂糖をかけたら大きくなった!」

「んなアホな。何バカやってんスか、隊長。」

二人は巨大ナメクジに砂糖をかけて遊んでいた。

「しかしやっぱりこの島おかしいぞ。巨大な虫がうようよしてやがるぜ。しかもゲテモノばかり。」

「こんなナメクジに砂糖かけて遊んでる場合じゃ…」

「さ、砂糖!?サトーWの事忘れてた!」

「い!?」

砂糖という単語にタックはハッとし、思い出した。引き返そうにも、カマキリが付近を徘徊していないという保証はない。そう悩んでいる隙に、今度は人間並みのサイズの巨大ノミが四、五匹躍り出てきた。

「またゲテモノか!吸血鬼はこれ以上いらん!」

タックはマグナムを乱射して巨大ノミを撃ち殺していく。

「隊長、後ろっス!」

後ろから飛びかかってきたノミはタックの背中にへばりつき、口吻をタックに突き立てる。

「す、吸われ…ギャー!と、取って!」

「うんぬおぉ〜!」

クロツはノミを力一杯引っ張るも、なかなかタックから離れようとしない。

「この、このっ!…ん?」

クロツの目の前に土煙を上げながら激しい勢いで地面を走る存在が見える。その前にはサトーWが走っていた。

「サトーW!無事…ああっ、グリード!?」

「助けてワン!」

つい先程姿を現した巨大ヤスデにサトーWは追われていたのだった。

「ひいっ、逃げるっス!」

「おい、これ何とかして!」

ノミに背中に組み付かれたままタックは方向転換して逃げようとする。その瞬間タックはヤスデに飛びつかれた。

『KYYYY!』

しかし運がいい事にかみつかれたのはタックの背中のノミで、偶然にもノミをふりほどく事に成功した。

「消毒だあ〜っス!」

クロツは持っていた火炎放射器でヤスデに火炎を浴びせると、ヤスデは体をひねってもだえながら逃げていった。

「そんなもん持ってたんならハナから使えよ。」

「あの状態でやったら隊長も消毒されるっスよ。」

「とにかくサトーWとも合流できたか。早くあの施設内を調査して早く帰るとしよう。筋肉男は嫌だが、こいつらも充分嫌だ。」

「どうやらこのゴタゴタは向こうにとっても予想外だったみたいだワン。警備兵に犠牲者が沢山出てるワン。」

「シャッターとか閉まってるっスよ。」

「仕方ない、裏口に回ってみようか…。」

SAB一行は施設の裏側に回ってみる事にした。


 施設の裏側には妙なケージが並んでいた。何を飼育しているというのだろうか。突如煙とともに男が姿を現す。

「うわっ、何だ?」

「今日はSABの皆さん。わたしはコグネリーだ。」

「お前の名前なんぞ聞いてないっス!」

「わたしは人の嫌がらせとグロテスクな生き物が大好きでね…。人がグロテスクな生き物に嫌がるのを見るのは至高の喜びだ。」

突然現れたコグネリーと名乗る怪しい男は、展開を無視してあれこれと一方的に話を進める。

「お前なんかに関わらないぞ。こんな所で出てくる以上ろくでもないものに決まってる。」

「そっちに用はなくてもこちらにはあるんでね。ある人物が君達にぜひ見せてやってくれと言っていたものがあるんだ。」

タックはある人物という言葉に反応した。

「ある人物だと?誰だ、それは?」

「それを言っては意味がないだろ。」

「私から旧知の間柄の人間にささやかな贈り物だ、受け取ってくれ、と言っていたよ。」

コグネリーが奥のケージを開けると、人間より二回りは大きい巨大なダンゴムシが四匹姿を現した。

「げっ!また変な虫…!」

ダンゴムシは瞬時に丸まると、こちらにめがけて転がってきた。体が大きいだけにすごい勢いがある。

「うわあっ!」

クロツは素早くかわすが、それに続くかの様に他のダンゴムシも転がってくるのだった。

「ギャン!」

早速、サトーWがダンゴムシにはじき飛ばされた。

「サトーW!くそう、くらえ!」

タックはマグナムをダンゴムシに放つも、硬い表皮と回転する勢いで効果は薄かった。そうしている内に、タックは横から転がってきたダンゴムシをかわしきれずに、はじき飛ばされて転倒した。その瞬間、ダンゴムシの動きが止まり丸まりも解除される。

「そこだ!腹ならどうだ!?」

タックのマグナムがダンゴムシの無防備な腹部を貫く。ようやく一体仕留めた。

「クロツ、危ない!」

安心したのも束の間、残りの三匹が三方向からいっせいに転がってくる。

「ひい、こんな奴らとやってらんねえっス!」

クロツがその場から離れると、ダンゴムシ同士が激突した。そして、その時の衝撃で四散していく。そしてその内の一匹はコグネリーの方向に向かっていった。

「ぎゃあああああ!」

コグネリーとダンゴムシは激しい激突音とともに施設の壁に直撃した。加速を増したその威力は、施設の壁に穴を開ける程までに達していた。

「おっ丁度いい穴が開いた、あそこから侵入するぞ!」

施設の中へとなだれ込む二人と一匹。


 施設の中に潜入を果たしたSAB一行。中を見てみると、何かの研究施設の様である。

「これ…例の研究所のとずいぶん似てるっスよ。」

「嫌な予感的中だな…。」

タックはため息をつきながらつぶやいた。よく見れば筋肉大図解なんていう看板や、トレーニング器具が随所に目に付く。

「こんな事をする奴はあいつしかいないな…。全く。」

その瞬間、通路の影から人間並みのサイズの巨大ゴキブリが出現した。しかも数は予想以上にいる様である。

「うわあ、ゴキブリっス!」

クロツは大慌てで手持ちのグロックで応戦するも、体高が低く体の表面がすべるため、効果は薄い様だ。ゴキブリの一匹がクロツの体に張り付く。

「何これえ、超やべー!マジィ、キモイよ〜!」

いかがわしいものに抱きつかれるとコギャル口調になるのがクロツの癖だった。タック達も張り付かれるが、素早く振りほどくとクロツに張り付いたゴキブリをマグナムで撃ち抜く。

「こんな奴らに構ってはいられん、どこかの部屋に逃げ込むんだ!」

タック達は駆けだした。その後を追うゴキブリ軍団。端から見て、異常な光景である事は間違いあるまい。

「あっ、あれは…!」

タックは目の前に『研究室』とプレートのかけられたドアを発見した。

「クロツ、サトーW!この部屋に入るぞ!」

タックはドアの開閉ボタンを押した。ロックはかかっていない。前にもあったこの状況に、タックは妙な予感を感じていた。まさかとは思うが。

そして、一行は部屋の中へと躍り出た。

「ハハハ、久しぶりだな、SABの諸君!」

予想通りにもそこに立っていた片眼鏡の白衣を着た科学者は、まぎれもなく死んだはずのドクター・モゲだった。

「やっぱりお前だったか…自分の研究成果で自滅したお前がどうやって生き延びた?」

タックは予想が当たった事に嫌な顔をしながら質問する。

「それはお互い様だろう。君達こそよくあのトレーニングジムの爆発から生き延びたものだ。」

この貧相な体つきの男が平然と生き延びている辺り、実はすごい肉体の持ち主なのではないかと思えたりもする。

「フッ、我がSUMOの科学力は世界一ィィィィ!できん事はない!」

「SUMO?何っスかそれは?」

クロツは聞き慣れない言葉に反応する。

「君達に話す必要はない。それよりも君達は私に聞きたい事があるんじゃないのかい?」

「そうだ…筋肉男の次は巨大虫の開発でも始めたか?」

「あれはこの研究所でマッスル・K遺伝子を研究している内に環境ホルモンが漏れだした結果の産物だ。予想外だったが実に面白い結果だったよ。虫が巨大化するなど、田舎で育った頃のノスタルジイを喚起させられる。」

モゲは見せつける様なポーズで陶酔しながら話す。

「ただ、ゲテモノ的な虫ばかり巨大化しているのが気になるが…。とはいえ、これには科学者として新たなインスピレーションをかき立てられる。」

「相変わらず呆れた趣味だ。今度は何をする気だ?」

タックは呆れた顔をしながらも、顔をしかめる。

「とりあえずカエルにでも試して、巨大カエルの背中に乗ってジライヤの物真似でもしてみたいものだ。」

タックは脱力しながらも、モゲがこういう男であった事を改めて思い出した。

「アホかー!今更ながらアタマ狂ってるっス!」

「君達には童心に返って懐かしい思い出に浸りたいという気持ちがないのかい?無粋な…。」

「てめえが言うかぁー!どういう趣味してるっスか!」

それもそのはず。こんなグロテスクな虫達で童心に返る事のできる人間はそうはいまい。

「茶番はこれまでだ。オレ達と一緒に来てもらうぞ。」

タックはモゲへと銃を向ける。少し焦るモゲ。

「なっ…仕方ない、ならば前作同様ANIKI始動だ!」

「何!究極の肉体とやらを誇る、生物兵器にもなりうる究極のボディビルダー、あのANIKIをか!?」

タックのリアクションは少し説明的だった。

しかしその瞬間、研究所の壁に一条の切れ筋が入った。しだいにその数は増えていき、壁が崩れて穴が開く。

『KYSHAAHHH!』

「あの時のカマキリ!登場まで石川五右衛門風かよ!」

姿を現したのはあの時の巨大カマキリだった。その巨大な鎌は研究所の鋼鉄の壁をもいともたやすく切り裂いた。まるで斬鉄剣の様である。

「何かはわからんが私は避難させてもらう。さらば!」

「あっ、待つっス!」

逃げるモゲを追う一行の行き先をふさぐかの様にカマキリの鎌が繰り出される。素早く飛び退くタック。

「くそ、こいつが陣取ってたらモゲを追跡できん!」

カマキリは壁の穴から研究所内に侵入しようとする。

「こっちのドアからもさっきのゴキブリ達が侵入して来るワン!」

サトーWの声と同時にゴキブリ達が部屋へとなだれ込んでくる。まさに前門の狼、後門の虎という状況だったが、前にカマキリ、後ろにゴキブリの大群とはあまりにもシャレがききすぎていた。

「くそっ、どうする?」

「煙幕だワン!」

サトーWが煙幕を投げると、部屋全体が煙幕に包まれた。カマキリはひるんで部屋から離れていき、ゴキブリ達も混乱して慌てふためく。

「隊長、今の内っスよ!」

「よし、モゲを追うぞ!」

モゲが逃げていった先は屋上ヘリポートへと続いていた。

一行はモゲを追い、屋上ヘリポートへとたどり着いた。

「ああっ、モゲが逃げるっスよ!」

既にヘリは地上を離れていた。

「ははは、さらばだ諸君、また会おう!ベロベロべ〜!」

「ちくしょー、あの野郎、なめやがって…。」

タックは周囲を飛び去った巨大ハエをその目にとらえた。

「これだ!」

「あっ隊長!?」

タックは飛び立つハエの背中へとしがみつく。サイズがサイズなだけに人一人乗せる事など容易な様だ。

「待てえ〜!」

「ああっ、ハエ!?は、早え!」

タックを乗せた巨大ハエはモゲの乗るヘリへと急接近していく。

「はっはっはっ、遅え!ハエが止まるぜ!」

タックはヘリに近づいていくと銃を構える。

「モゲ、覚悟はいいか!オレはできてる!」

タックが銃の引き金を引こうとしたその瞬間、ハエは大きく軌道を変えた。事もあろうにヘリのプロペラへと突っ込んでいく。

「は、ハエが勝手に…うわああぁぁあ!」

タックを乗せたハエはヘリのプロペラへと激突した。その勢いでタックは空中へと放り出され、ヘリは大きく体勢を崩し下へと落ちていく。

「お、おい、落ちるぞ!操縦手、何とかしろ!」

「ダメです!墜落します!」

「何いぃい!?あきらめが早すぎるぞ!」

ヘリは空中をフラフラしたかと思うと、体勢を立て直す事ができずに真っ逆様に海上へと落下していった。

「ギャァアアアア!」

モゲの悲鳴とともにヘリは海面で爆発を起こした。

「げりゃああぁぁあぁぁあああああぁあああ〜!」

一方のタックも地上へと落下していく。しかも頭から。

「我が人生に一片の悔いだらけだよ〜!」

頭の中に浮かぶ走馬燈を振り返りながらタックは叫ぶ。ベチャッ、という嫌な音ともにタック、地面に激突。

タック、再起不能(リタイア)…となるはずだった。

「ぐわっ、何だこりゃ!」

タックが落下したのは大ナメクジの上だった。それがクッションの役割を果たしてくれたおかげで、彼は転落死を免れた。大ナメクジはつぶれて気持ち悪いが。

「隊長!無事っスか?」

追ってきたクロツとサトーWが駆け寄る。

「ああ…何とかな。モゲの奴は墜落したぜ。貧相な体の割にしぶとい奴だから死んだかどうかはわからないし、奴が言っていたSUMOってのも気にはなるが、これでようやく帰れる。」

「辛かったっスね…隊長!筋肉男の次はゲテモノ虫を相手に格闘する羽目になって…。帰ってグラマーなお姉ちゃんと遊びたいっス。」

ところがそうは問屋がおろさない。激しい羽音が響き、巨大な生き物が接近してくる。あのカマキリだった。

「ゲッ、こいつ、まだ…!」

『KYOHHHH―――!』

カマキリが奇声を上げたのと同時に、未だ立ち上がってすらいないタックへと鎌を振り下ろす。

「隊長、危ないワン!」

サトーWは果敢にもカマキリへと飛びかかり、頭に頭突きを食らわせた。しかしカマキリがひるんだのも束の間、直後にカマキリの巨大な口に頭から噛みつかれた。

「サトーW―!」

サトーWはあっという間にカマキリに飲み込まれていった。再び視線をタックに向け、鎌を振り下ろそうとする。

「もう、ダメだー!」

タックが観念し、目を閉じたその時だった。

『GYYYYY!』

カマキリはうめき声を上げて苦しみ始めた。そして、その動作が止まると、カマキリはタックの方を向いた。

「ふう、タック隊長、間一髪だったカマキリ。」

「!?」

「一体何が起こっているんスか?」

呆気にとられるタックとクロツ。カマキリが口を開く。

「さっき自分の体がカマキリに飲み込まれた時、犬の脳内に移植されたチップを大急ぎでカマキリの脳に侵食させたのでカマキリ。体を乗っ取ってやったカマキリ。」

いささか無理のある話だが、サトーWは瞬時にカマキリの体を乗っ取ったのだ。まさに異色のパラサイト。

「何だかよくわからんが、お前に助けられたみたいだな。恩に着るぜ…。」

タックが立ち上がったその時、迎えのヘリが上空を横切るのが見えた。

「迎えが来たみたいっスよ!合図するっス。」

クロツが信号弾を打ち上げると、ヘリは地上へと降下してきた。ヘリの格納部が開く。

「タック大尉、お疲れ様です…げぇっ!?」

「おう出迎えご苦労、こいつも乗せてやってくれや。」

タックが親指で指さした先には巨大カマキリの体を乗っ取ったサトーWの姿があった。

「り、了解…!」

ヘリの操縦手は思わずも返事してしまった。ぎゅうぎゅう詰めになったままのヘリ内で、SAB一行はグラニュー島を後にする。とりあえず、彼らは悪夢の地からの脱出を果たしたのだ。

 場所は移り変わり、SAB司令室。一行は例のグラニュー島での調査結果の報告を終えたところだった。

「いやぁ〜さすがは優秀な私の部下!よくやってくれた!充分に体を休めるといい。ご苦労だった!」

鬼の教官は気味が悪い位に上機嫌だった。いつもならあれこれと小言を並べ立てるはずなのに。異常な姿になって戻ってきたサトーWにも全く気にかけてもいない。体を倒してようやく部屋の中に入れる位のサイズだというのに。これはいささか尋常ではなかった。

「(隊長…教官、何か悪いものでも食べたんスかね?)」

「(今日は父の日だろ…あの胸のネクタイ見てみろよ。そこの花瓶に花もあるぜ。)」

異常なまでの子煩悩である教官は、目に入れても痛くない愛娘からプレゼントをされて大喜びだった様だった。

「(まあ何にせよ、これで今回は平和に終われそうだ。)」

思えば、タックはこれがそもそもの甘い発想であったと後に痛感する事になるのに気づいていなかった。

「(花の花粉で鼻がムズムズするカマキリ。)」

カマキリサトーWは花をムズムズさせていた。

「ぶあっくしょん!」

サトーWは大きなくしゃみをした。その瞬間、鼻からサトーWのチップが飛び出てしまったのだった。

「い!?」

『KYSHAAAA――!』

サトーWの支配から外れてしまったカマキリは、元の意識を取り戻し、暴れ始める。

「教官、危ないっス!」

クロツが叫んだ瞬間、カマキリは教官に向かって鎌を振るっていた。バックステップで難なく回避する教官。しかし、次の瞬間、教官の顔が急激に強張った。

「む…娘からもらったネクタイが…!」

教官は震えていた。彼のネクタイはカマキリの鎌の風圧で二つに裂けていた。教官の震えが止まると、彼の瞳に紅い光が灯る。教官はやり場のない(あっても同じ)怒りが頂点に達した時、殺意の波動に目覚めるのである!

「…!」

教官はカマキリの方へとすべる様に走っていく。その瞬間、激しい閃光が走った。

「な、何だ、この光は!?」

一瞬の閃光がおさまった頃、そこにあったのは八つ裂きになったカマキリの死骸と立ちつくす教官の背中だった。

「この技を受けし者はその刹那の瞬間に数多の地獄をかいま見る…。これぞ極限奥義、珍獄殺!」

呆然するタックとクロツに、教官が振り向く。

「貴様ら全員地獄へ堕ちろ!」

教官は全身から激しいオーラを放ちながらタック達をにらみつける。

「やっぱり結局こういうオチかよ!」

「そんな事言ってる場合じゃないっス!早く逃げるっスよ!」

「逃がさあん!ごおーとぅーへえ〜〜〜るッ!」

「うわああぁぁああ〜ッ!」

やっぱりそんなこんなで、SAB隊員達に安息は訪れないのでした。果たしてドクター・モゲは生きているのか?果たしてSUMOとは一体何なのか?そして彼らに明日はあるのか?次回、請うご期待。

(おはり)

〜エピローグ〜

その後、タックとクロツは這々の体で三十キロ離れた教官自宅へと逃げ込みました。教官は娘の顔を見ると、彼は大魔神の顔から仏の顔へと変貌を遂げ、かろうじて一命は取り留めたとの事です。しかし、その瞬間に意識を失い、またまた全治三ヶ月の入院を余儀なくされました。入院中の彼らは、前回で殉職したカールとルイージが三途の川で手招きしているのが見えるとか意味不明な事を口走っていたとか。

(今度こそ終わり)

もう帰りたい