プロテインハザード

プロティンハザード製作委員会

 「皆、準備はいいか。」

黒くくすんだ夜空の下、リーダー格の男は仲間達を見やる。

「ああ。いつでも行ける。」

「よし…!」

男達は目の前の建物に顔を向けた。そこにあったのは所々が痛んだ古ぼけた建物だった。

「よし、では今回の任務内容を説明するぞ。」

リーダー格の男は険しい表情を部下達に向けた。

「近頃、この町ではおかしな事件が頻繁に目撃されるようになった。そしてその目撃が最も多かったのがここ…この町外れの森だ。そして、この館が原因と睨んだ。これより、この館に突入する。そして騒ぎの原因を調査・解明すること。それが、我々SAB(サブ=Special Argency of Biohazard)の使命だ。」

「押忍!タック隊長!」

「よし、いい返事だ。この任務は必ず遂行しなければならない。何しろこれが失敗した場合、私はナッティ教官の食料にされてしまうからな。」

タックは身震いしながらつぶやいた。

「よし、私が先頭だ。クロウとサトーWは私に続け。後方の安全を確認しながら前進する。」

「イエス、サー!」

隊員が声をそろえて返答したそのときだった。タックの通信機が鳴り始める。

「ん、私だ。どうした先遣隊隊長カールよ。」

通信機からは弱々しく苦痛に満ちた声が流れてきた。

「こ…殺してくれ…。俺を…殺して…たの…む…。」

途端に通信が途切れた。

「どうした、カール!応答せよ!カール!」

タックがいくら呼びかけても返答は無かった。

「どうやら先遣隊に何かがあったようだ!各自、警戒態勢維持のまま前進、突入する!」

これから彼らSABの命を賭けたサバイバルの幕開けであった…。

 SABの隊員たちは館の中へと踊り出た。ロビー内は暗くシンと静まり返っていた。

「隊長、どういたしますか。」

「ウム、とりあえず先遣隊のこともある。いつ全滅するかわからない危険性だってある。…まずは…各自ごとに散開行動だな!」

一同は大きくズッこけた。

「タック隊長…こんな危険な場所で散開行動だなんて何考えてんスか!」

クロウが隊長に抗議した。サトーWがそれに同調した。

「てろ対策基本まにゅある二ヨルト、警戒体制二移行シタ場合、単独デノ行動ハ厳二禁ジラレテオリマスデス。」

 サイボーグ兵士らしくサトーWは無機質にタックに告げる。しかしタックは反論した。

「黙れポンコツ、電池抜くぞ。これは、私の兵法書によるとこの場合こうするのが最も合理的な作戦なのだ。」

「兵法書…て何なんスか?」

「私が昔やったことのあるテレビゲームだ。」

隊員は再度ズッこけた。隊員の頭にはたんこぶが二つできていた。仕方なく隊員達は隊長の指示に従う事にした。

「では私は真中の扉を選ぼう。」

「じゃあ俺は右の扉にするっス。」

「オイハ残リノ左ノ扉ニシマスデスタイ。」

「おいサトーW、言語モードが狂ってるぞ。統一せい。」

三人はそれぞれの扉の前に立った。

「よし…では各自、健闘を祈る。GO FOR BLOKE!」

「俺達…当たって砕けるんスか?」

クロウは嫌な顔をして扉をくぐっていった。

 タックは装備品のミニライトを点灯して、背後を取られないように慎重に暗い廊下を進んでいった。十歩ほど進んだであろうか、右足に嫌な感触を覚えた。タックは慌ててライトを足元に当ててみた。目を遣ると先遣隊の一員であるカールが、その場にくずれていた。

「どうした、しっかりしろ!何があった!」

タックはカールを抱き起こし呼びかける。

「に、肉が…肉が…えへへ…ニクニクニクにくにく。」

完全にカールの目は泳いでいてトーンを貼っただけのように虚ろだった。

「寝言は寝て言え。何があったかオレに話さんかい。」

「へへへ…奥さん八百屋で〜す。八百屋が来ましたよぉ〜、えっへっへっへ、消毒しちゃうぞぉ。」

その言葉を聞いた途端タックは平手打ちを食らわした。

「おい、次はグーでいくよ、グーで。」

その時だった。後ろで何者かの気配を感じ取った。仲間のそれではない。荒い呼吸を殺しているの感じ取れる。まるで獲物を探しているライオンのようなそれだ。カールをやったのはこいつか!

「(いるな…)」

タックは愛用のマグナムに手をかけた。相手が射程距離内に入ってきた瞬間、素早く立ち上がり銃を向ける。

「何者だ!」

その時、彼の目に恐ろしい『もの』が飛び込んできた!

「な…何だお前は!?」

タックの目の前に立っていたのはまさしく肉の塊であった。人の形こそしているが全身を覆う筋肉は岩のように盛り上がり肌はあさ黒いがオイルでも塗ってあるかのように怪しく黒光りしている。しかも黒のビキニパンツ一枚しか身につけおらず、ほとんど全裸に近い格好だ。

「オーノォー!」

その異様さに一瞬ひるんだ瞬間に筋肉男が手を上げてのしかかってくる。

「いやあああぁー、やめろぉ、離れろぉ、バカぁー!」

タックはすかさず筋肉男を蹴り飛ばし銃を構える。

「助けてママン!(フランス人調)」

タックは手にした銃を弾丸の限り筋肉男に撃ち尽くす。

「ママーン!」

筋肉男は数発の弾丸をその強靭な肉体でこらえたものの、さすがの銃弾の威力に耐え切れずにその場に倒れ伏した。タックは息を切らし、立ち尽くした後ふと我に返る。

「な、何だったんだ今のは…。」

その場に倒れた筋肉男の死骸を見下ろしながらつぶやく。

「こんな怪物がうろついていたとは…二人は大丈夫か。」

タックは別行動したクロウとサトーWの事がふと頭をよぎった。激しく取り乱し誤ったフランス人的行動を取ってしまったのは忘れてほしかった。

 クロウは怯えながら、暗い階段を上っていた。

「あんまりだよ隊長ぉ〜、怖ぇよぉ〜、腹減ったよぉ〜」二言めには腹が減ったと言うのがクロウの癖だった。事実クロウは一人で部隊のエンゲル係数を三〇パーセントばかり上げていた。一九〇cm近い大男である為、それだけ燃費も悪かった。

「そう言えば今日はロッテリアのサービスデイだったなぁ、今からタダでポテトだけ貰って来ようかなぁ〜」

 暗闇の中、食い物の名前を呟きながらチンタラ進んでいると、クロウの顔にほのかに酸味のする汗のような液体の滲んだ生温かい弾力性のあるものが触れた。

「な…なにぃ!?」

そこには、前パートでタックを襲った筋肉男だった。ここにも筋肉男が生息していたのだ。驚く間もなくクロウは筋肉男の強靭な腕にその身をつかまれた。

「あややや!?な…何をなさる気で!?」

筋肉男はクロウの体をガッシリとつかみ、激しく頬擦りをしてくる。

「な、何ぃーこいつぅ!?マジィ、キモイよー!」

クロウはコギャル口調で叫んだ。そう叫んでいる間にも筋肉男の皮膚から分泌される汗と体温はクロウの体を蝕んでいく。

「し、死ぬ死ぬ、死んでしまう!ダメダメだよぉ〜!」

クロウに一瞬涅槃が見えた。その時だった。

「サトーWダイナマイトヘッドバッド(中略)ギャラクティカマグナムローリングスペシャル!」

どこからともなくサトーWが頭からこちらに突っ込んできた。鋭い光の矢となったサトーWの体が筋肉男めがけて飛んでくる。

「サトーW!」

サトーWの体は筋肉男へと直撃し、筋肉男の体は粉々に吹っ飛んだ…はずだった。粉々になったのはサトーWの鋼のボディだった。サトーW、大破。

「ダメダメだよぉ〜!」

サトーWの援護も全くの無駄に終わり、再び絶体絶命の危機に陥ったクロウ。

「もう、ダメだ…。」

クロウの意識が遠くなったその時、バラバラになったサトーWの腕が弾け飛び筋肉男の股間を直撃した。キーンという軽快な金属音が響き渡り、苦悶の表情を浮かべたまま筋肉男は股間を抑え倒れる。

「た、助かった…。」

クロウは力なくその場にへたりこんだ。すると地面に転がっているサトーWのバラバラになったパーツ群が目に入った。

「…どうしよう、お父さんに怒られちゃうよぉ〜!」

クロウは心底錯乱していた。

「あ〜あ、やっちゃったね、あんた…。」

先程まで別行動していたはずのタックが突然やって来た。

「い〜けないんだいけないんだ、教官に言ってやろ〜!」

「ウッ、ウワッ、ウウッ、ウーッ!」

クロウは泣きじゃくりながらダダっ子のようにポカポカとタックを叩いてきた。

「な、何だよぉ、本当に泣くなんて卑怯だぞ。」

タックは戸惑いながらも少し反省した。

「イイカラ早クワタシヲ直シテ下サーイ!」

「うわっ、おばけ!」

突然地面に転がっていたサトーWの頭部パーツが叫んだ。

「誰ガオバケアルカ。ワタシノ体早ク直スヨロシ。」

タックとクロウは我に返った。部隊の備品が壊れたとなれば一大事だ。しかもどうやら先程のショックでサトーWの言語システムに本格的に異常が起こったようだ。

「悪かった悪かった、今直すよ…。接着剤でくっつくかなぁ?」

「ともかくやってみるっス。教官の食料になるのはごめんっス。」

タックとクロウは中学の技術科の成績は良かったので、そこそこ手際は良かった。

「セロテープあるっスか?」

「ごはんつぶなんてどうだ?」

「ソレハ右腕ジャナクテ左足ッテ感ジィ〜。」

「ここはハンダ付けしちまうぞ。」

「ダメっス!そこは可動部位っス!」

「拙者、四足歩行型デゴザッタカ?」

「バリは紙ヤスリで綺麗に落とすっスよ。」

「ハイパーダッシュモーターも着けよう。」

「マダ終ワラナイッチャカ?」

「よーし、完成っス。」

「・・・ん?お前、八本足だったか?」

出来上がったサトーWはまるでタコのような外見だった。

「ドウシテクレルザマスカ!」

「ううむ、よく考えたらまるで原型がないな…。改造報告書を提出しておかねば。…まあいいだろう。お前は未来の世界のタコ型ロボットとして活躍してもらおう。超イケるぜ。」

ふと一行は何かを忘れているような気がしていた。その時、タックが手にしている通信機から突如声が流れてきたのだった。

「…ッガガッ、…ック隊長、助けて下さい、このままでは…、ハッ、うわぁぁあ…!ガッ、ザーザー…。」

「い、いかん、こうしている間にもまた犠牲者が・・・!」

一行はようやく己達の任務を思い出した。大急ぎで駆け出すタックとクロウ。そして、その後をぺたぺたとついて歩いていくタコ型のサトーW…。

 館の捜索を急ぐ一行がドアのノブに手をかけようとしたその瞬間、ドアの向こうから銃声が鳴り響く。

「いかん、もう既に交戦状態に入っている!」

ドアを開け部屋へと躍り出る一行。そこで彼が見たのは二体の筋肉男と頭から血を吹き出し床へと崩れ落ちる先遣隊員ルイージの姿だった。

「き、貴様らー!」

銃で応戦するタックとクロウ。筋肉男二人はその強靱な肉体で銃弾などものともせずにじりじりと二人に詰め寄ってくる。

「こいつら人間じゃねぇー!」

怒りとも焦りとも言えぬ声でタックは叫び銃弾を筋肉男に叩き込み続ける。突如、タックの銃がカチッというむなしい音を立てる。

「し、しまった!」

遂に弾倉の残りが尽きた。筋肉男は目前まで迫っていた。

「ごがぁー!」

筋肉男は叫び声を上げながら両腕を振り上げる。その瞬間、筋肉男は膝を折りその場に倒れ伏す。距離が離れていたのが幸いし、攻撃される前に撃退することができた。

クロウももう一体の撃退に成功していた。

「危ないところだったっス。」

クロウがうつぶせに倒れた筋肉男の横を通ろうとしたその時、筋肉男の腕がクロウの足をつかんだ。

「うわあ、まだ生きてるっス!」

「このおっ!」

弾丸を再装填したタックの銃が火を吹き、筋肉男にとどめを刺す。

「何てしぶとさだ…。まさに悪夢の筋肉だな。」

二人はルイージの死体へと歩み寄る。

「ルイージ…。何て事だ。くそっ!」

「自分で自分の頭を打ち抜いたんっスか。」

よく見ると離れたところにもう一体の筋肉男の死骸が見える。応戦したものの、追いつめられて自ら死を選んだのだろう。ふと床に書かれた字を見てみる。

『男の胸筋など我が死に場にあらず!死すならば女人の巨乳の間で!』

その血文字は確かにルイージのものだった。

「こいつらしい、死に様だった…。」

タックは遠い目をして言った。既に死んでいるのに魂で書き残したのか。

「隊長、見て下さいっス!何か持ってるっス!」

ルイージの手には鍵が握られていた。

「ががぴー。コチラニ鍵デ施錠サレタ扉ガアルザンス。」

サトーWの報告を受け、扉に近寄るタック。

「確かにこの鍵で開くようだ。」

ルイージが持っていた鍵を使って扉を開けるタック。部屋の中を見ると、トレーニング器具が多数並んでいた。

「一体どうなっているんだ、この部屋は。」

「隊長、この机に妙なファイルがあったっス。」

タックはクロウからファイルを受け取ると、その内容に驚愕した。

『マッスル・K型遺伝子についての報告』

 今回の実験でマッスル・K型の遺伝子の絞りこみと抽出の方法はほぼ確定した。あとはこのデータを元に遺伝子操作及び遺伝子改造を行えば、どんな人間であろうと瞬時に強靱な肉体を得ることができるだろう。

ドクター・モゲ

「こ、これは…。」

「こりゃどんなトレーニング講座も目じゃないっスね。」

「それどころじゃあないぞ…。あの筋肉男達の銃弾への耐久力を見ただろう。あんな肉体を持つ部隊ができれば大きな驚異となる。…目的は生物兵器開発による軍事利用か!」

「隊長、それじゃあ…この館はその研究のために作られたって言うんスか?」

「ああ…恐らく我々が遭遇した筋肉男達はその実験体だ。それが放たれて我々に襲いかかってきたのだ。」

「放たれて?まさか…。」

「ああ、この先にここの筋肉男を作りだしている存在が今なお研究を続けている!」

タックはファイルの最後に書かれている『プロジェクト・ANIKI』という文字を見据えていた。

 その時、棚に置かれていた鉄アレイが転がっていった。その後、重い塊が歩いてくるような足音を感じた。それも多数だ。同時に荒い息使いと暑苦しい空気が部屋の入り口に漂ってくるのを感じる。

「まさか…トレーニング器具の匂いをかぎつけてここへと近づいているのか!」

予感は的中した。筋肉男達が大挙してこの部屋へと押し掛けようとしていた。その数、十、いや、二十体はいよう。とても一行が相手にできる数ではない。

「がが、扉ガ破ラレテマウッペ。」

筋肉男達は扉を破壊して部屋へとなだれこんできた。室内の気温が急激に上昇する。

「まずい、逃げるんだ!」

「サトーW、頼むっス!」

「了解ダベシ。」

タコ型になったサトーWの口から煙幕が吐き出される。黒煙が辺りをつつみ、筋肉男達をひるませる。

「食ラウダベー。ポチットナ。」

サトーWが背中のボタンを押すとさらに口から爆竹が吐き出された。爆竹が火花をまき散らす。

「バカぁー!そんなもんが効くか!」

「いや…効いてるっスよ。ほら。」

筋肉男達は少し動揺していた。どうやら火花は少し不気味に見えるらしい。

「何だか知らんが今の内に逃げるぞ!」

「おおっス!」

「速ヤカニ対象カラ離レルピョン。」

一行は地下への階段を大急ぎで降りていった。

それから数秒間、足を止めていた筋肉男達は再び一行を追ってきた。

「くそっ、もう向かってきたっスよ!」

その時、廊下の窓に差し掛かった所で筋肉男達のそれとは違う、妙な気配を察知した。

「おい…何か、聞こえねーか。」

「そう言えば…風を切り裂くような音がするっス。」

「ワラワニハ分カルノジャ、コノ強大ナ殺気ハ…。」

窓の向こうから聞こえる飛来音はどんどん大きくなり、やがてタック達はその未確認飛行物体が何であるかに気付いた。

「や、やべえ!逃げるぞ!」

「うわあぁー、出たっスー!」

「オ仕置キ二来タクポー!」

筋肉男達の集団の最後尾にある窓を突き破って鬼のナッティ教官は館へと進入していた。筋肉男達は突如現れた彼へと矛先を向ける。

「のけい貴様ら!」

群がる筋肉男を手刀でなぎ払いながら、タック達を追いかけていく。彼が腕を振り上げる度に、前進していく度に進路上の筋肉男達の屍が増えていく。

「あ、相変わらずの化け物ぶりだ!」

その時、頭上を何者かが飛び越えていった。それは教官だった。タックの目の前には教官が立っていた。

「きょっ、きょきょきょ教官!?」

「なぜ逃げるか、貴様。」

「どういうことでありますか!?」

「逃げられれば追いたくなるのが人情…。」

「そ、それだけの理由で…!?」

タック達は大きく肩を落とした。

「まあそう気を落とすな。私がここに来たのはお前達にハッパをかけるためでもある。」

「ハ、ハ…!?」

「明日は私の娘の授業参観日だ。お前らが手間取ったり余計な真似をして私の手を煩わせるようなことがあれば…吸うからな!」

教官は右腕を振った。
「イ、   イエスッ、サー!」

「よしでは任務に戻れ。さらばだ!」

彼は疾風のごとき素早さで娘の待つ家へと帰っていった。

「ハア、助かったっス…。」

「しかしこれで失敗はできなくなった。失敗しようものなら私の全身の血液は一分で吸い尽くされてしまう。」

タックの体から血の気が引いた。もはや引くことはできない。一行はついに研究室の扉の前に立っていた。

 研究室の大きな扉が開いていく。ロックはかかっていなかった。まるで一行を迎え入れているかのように。

「これは…。」

複数の巨大なビーカー。見たこともない研究設備。そして訳のわからぬ『あなたにもわかる筋肉大図解』と書かれた不気味な巨大な人体模型。

「君達がここまで来るとは思っていなかったよ。」

部屋の奥には白衣の科学者が立っていた。

「貴様は!?」

「わたしはこの筋肉研究所の主、ドクター・モゲだ。ようこそ、SABの諸君。」

「あの不気味な筋肉男達を作ったのはあんたっスか!?」

「不気味とは心外だな。芸術的と言ってもらいたい。」

呆れるドクター・モゲを尻目に、タックが歩み寄る。

「貴様…何を企んでいる!?いや…貴様の企みはわかっている。それはあの筋肉男達を量産して生物兵器として軍事利用することだってことはな!」

タックはドクター・モゲを指さして宣言する。しばしの間沈黙が続く。

「ハッハッハッ…。…はずれぇ。」

タックは思い切り脱力した。

「貴様ぁ、しらばっくれる気か!?」

「ふん…下らんね。軍事利用など。私の目的はただ一つ。」

「何だと…?」

タックが固唾を飲む。何を企んでいる?

「それは…究極の筋肉を持つボディビルダーをこの手で創造することだ!」

一行は派手にズっこけた。

「お前な…間違ってるぞ!いろいろな意味で!」

「君達凡人には理解できるまいよ、我が崇高にして神聖なる目的はな。」

「わかるかぁー!こいつ、アタマ狂ってるっス!自分で何を言っているのかよく考えてみるといいっス!」

その瞬間、後ろで何かが弾ける音がした。

「ぎぎ、朕ノ体ガバラバラニ…。」

「サトーW(改)!」

ふと後ろを見やると、サトーWのボディがバラバラに分解されていた。そこには、貧相な体つきの男がドライバーを持って立っていた。

「貴様にしてはよくやったぞ、サンプルWよ。」

「くそっ、まだ仲間がいたのか!」

サンプルWはドクター・モゲに駆け寄ると、足にすがりついて訴えた。

「博士ぇ〜、ボクにもナンバーを下さいよ〜。」

「だめだ、貴様のように貧弱な肉体の失敗作はわたしの作品として認められん。」

「お願いします、お願いしますぅ。」

「だめだ、だめだ!」

なおもサンプルWは足にすがって訴える。

「おい、話が進まんだろーが!」

「おっと、失敬…。見ての通りこいつらのように最初は粗悪な失敗作ばかりができてしまった。しかし今は違う。見せてあげよう、私の最高傑作、ANIKIを!」

ドクター・モゲが装置を操作すると、一番大きな中央のビーカーのシャッターが開いていく。それはそこから姿を現していった。

「な、何だ、これは…!?」

ビーカーの中に入っていたのは想像を絶するものだった。腕はまるで大木のように太く、胸はまるで鉄板のごとく分厚く、首の筋肉は柱のごとき強固さを見せつけていた。全身の筋肉はまるで岩のようにゴツゴツしており、肌は怪しく黒光りしていた。どれをとっても無駄なぜい肉は何一つ見あたらず、肉体の悪魔と呼ぶべき恐ろしさを誇り、それでいてまばゆく輝く芸術的な筋肉であり、美しささえ感じられる。

「…んな訳があるかー!何じゃこの筋肉の塊は!」

「完全なる肉体を誇る究極のボディビルダーを作る。それが『プロジェクト・ANIKI』だ。その結果完成したのが私の芸術作品、『ANIKI』なのだ!美しい…。」

ドクター・モゲは心酔しながら語った。

「そう…今年度からオリンピックでボディビルが正式競技として採用されることになった。それと同じく今日は私にとって記念すべき日となる!」

ドクター・モゲの操作でビーカーから培養液が排出されていく。するとANIKIはとたんに動き出した。自力で内側からビーカーを破り、外へと飛び出す。

「わたしは昔から貧弱な坊やだった…通販のトレーニング器具やプロティンをいくら使おうと卓越したマッスルボディになることはなかった。それ故にわたしが目指した至高の筋肉が、今ここに!」

ドクター・モゲの叫びとともに、ANIKIはタックとクロウのもとへと一歩歩み寄る。その時、ANIKIは急にドクター・モゲの方を睨んだ。

「違う、こっちじゃない!」

ANIKIはドクター・モゲを両腕で捕らえると、高熱の体温と高濃度の汗を分泌しながらすさまじい筋肉によるベアハッグで体を圧迫していく。モゲの体が煮立つ。

「…。」

声も発せずにドクター・モゲは口から泡を吐きながら息絶える。彼の体はあっけなく地面へと転がり落ちた。

『ワタシハキュウキョクノキンニクヲモツモノ。スグレタキンニクヲモタザルモノニハシアルノミ。スベテメッサツスル…。キンニクナキモノニシヲ!』

仮面のように硬いANIKIの顔面がタック達を睨む。

「やるしか、ないのか!」

「ひいぃ〜怖いっス!」

二人は銃を放った。しかし、ANIKIには銃弾などまるで効いていない。ANIKIは瞬時に二人の目前まで距離を詰めていた。

「(は、早い!)」

そう口にする間もなくクロウはANIKIの右腕に捕らえられてしまった。

「う、うわぁ〜!」

ANIKIはクロウの顔を自分の胸板へと押しつける。ANIKIの肉体からはすさまじい熱量が放出されている。クロウの体が次第に沸騰していく。

「あ、熱い、焼け死んでしまう!息もできない!」

「クロウ!」

タックはクロウをつかんでいるANIKIの右腕に銃を連射するも、全く効果がない。それどころか、残った左腕でタックをつかみ、クロウ同様タックの体もANIKIの体へと押しつけられる。焦熱地獄がタックをも襲う。

『ワガニクタイニブキナドムリョクダ。オノレノキンニクノムリョクサヲカミシメナガラシヌガヨイ。』

クロウは既に意識を失っていた。タックも意識が遠くなる。高熱だけでなく圧迫されて息もできない上に、汗の分泌による生理的嫌悪感もまたタックを苦しめていた。

「(このままでは本当にやられる…どうすれば!?)」

あまりの暑苦しさにタックは滝のように汗を流していた。

「(汗…、そうか!)」

タックは力を振り絞り、汗の滑りを利用して押さえつけられていた腕から脱出した。

『フン、コシャクナ…!』

かろうじてタックはANIKIの焦熱地獄から逃げることができたものの、体力を極度に消耗していた。次なるANIKIの攻撃から身をかわす体力は残っていない。

「隊長、ボクチャンノ胸部パーツヲ調ベテ下チャイ!コノ世デ『最モ怖イモノ』ガ入ッテイマチュ!」

「何だって!?」

バラバラになって地面に転がったサトーWの胸部パーツに確かに何かが収納されている。

「これか!」

中身を取り出すと、中に入っていたのはなんとまんじゅうだった。

「こ、これは…ただの普通のまんじゅう?」

「日本ノ落語デ一番怖イノハマンジュウダト聞イタノデア〜ル!」

「バカぁー!役に立つかこんなもん!」

『ナニヲワケノワカランコトヲヤッテイル!』

タックは再びANIKIの腕に捕まった。

「スーパーデンジャラスキィーック!」

その時、突如クロウが起き上がり、後ろから強烈な蹴りをANIKIの股間に直撃させる。

『…!』

ANIKIは声にならない声で苦悶にのたうち回る。

「そうか…。クロウが襲われていたときもそうだった、いかに究極の肉体を身につけていても、それは人類創始から男子が克服できなかったたった一つの急所!」

ANIKIは股間を抑えて苦痛に身をよじらせている。

「これが最後のチャンスだ!」

タックは幼い頃の記憶を思い出した。一子相伝の最強の拳法に伝わる伝説の奥義…。どんなに強靱な肉体をも破壊するその一撃必殺の急所を。師匠の声がよみがえる。

『(タックよ…。その秘孔とは…。)』

「阿仁筋!」

究極の肉体を手に入れて初めて生まれるという、皮肉な弱点。究極であることの証であり究極であることの否定でもある。そのANIKIが持つただ一つの致命点を突いた。

『バ…バカナ、ワタシノキュウキョクノニクタイガ…。イツノヒカ…カナラズフッカツ…。キンニクバンザイ!』

断末魔の咆吼をあげながらANIKIは倒れた。

「や、やった…。倒した…。」

「やったっスね、たいちょおう!」

「SABノ大勝利ダッチ!」

「さて…と。おい、お前。」

「えっ?ボクですか!?」

突然の呼びかけに困惑するサンプルW。

「お前も連れてってやるよ、帰りに空きができたし。」

「本当ですか、ありがとうございます!お礼にいいことを教えてあげます。ここはあと十秒で爆発します!」

SABの面々が一瞬凍りつく。そして、硬直が解けた瞬間、建物は大爆発を起こした。

駆けつけた救急車に運び込まれる三人と燃えないゴミに分別されるサトーW。

「まさかよりによって爆発オチっスか?」

包帯ぐるぐる巻きで運び込まれるクロウ。

「そう…みたいだなぁー。」

「ぴぴぴー捨テナイデ捨テナイデオクレヤス。」

「生きてるっていいなあ…。」

「筋肉男のいないところなら、もうどこでも天国だよ。」

「とにかく今度からはムサい野郎のいない華やかな職場で働きたいっス!」

そして彼らは三ヶ月間の入院。一体リサイクル。ちなみに、娘の授業参観の後に教官が見舞いに来てくれたとかれないとか…。

 彼らSABが(Super Aniki Busters)へと改称されたのは、入院中の彼らは知らない。

(おはり)

もう原稿のコーナーに帰りたい