プロテインハザード3

escape from ANIKI

SABシリーズ製作委員会

 やあみんな元気か?オレの名前はタック・トップヒル大尉。特殊部隊SAB(Special Agency of Biohazard)の隊長だ。初めて読むという人もいるかもしれないし、今まであまり言及してこなかったのもあるので説明しておこう。オレ達SABは、生物災害を専門に処理する軍隊の特殊部隊だ。まあ…ろくな奴を相手にしてきた試しがないんだが…そこの所はあまり触れないでくれ。

 おっと話がずれるところだった。お馴染みの読者はこの記述で何となく見当はついているとは思うが、オレは今とても抜き差しならない状況に陥っている。そう、オレはある怪物に命を狙われ追跡されている。どんな歴戦の猛者だって冷静さを失う様な非常識な相手だ。ああ…この非常識というのは恐いとか危険とかそういう部類じゃなくてなあ…生理的に嫌悪感をもよおす存在なんだ。…じゃあそいつは一体何なんだって?

「げっ!」

タックの前方にある、側面の壁が轟音ともに崩れ落ち、巨大な何かが姿を現し、タックの前に躍り出た。

「ま、また出たぁ!」


―そう、それは今日の昼の事だった。よく晴れたいい日だった。A合衆国T州オタークゥシティ、そこにSABの活動拠点はある。タックがオフィスに座っていると、クロツがハンバーガー屋の包みを持ってやって来た。

「さあ〜て、それじゃあ昼飯にしようスかね、隊長!」

彼はクロツ・ネスト少尉。SABのメンバーだ。百九十cm以上ある長身の男である。

うんめ〜!ぼかぁ幸せだなあ〜!」

クロツは一個八十円のハンバーガーを口にして、至福の表情と感嘆の声を上げる。彼曰く、「このハンバーガーの中には全世界の半分の幸せが凝縮されているため、自分が独り占めしてしまうのは申し訳ない」という事だった。若大将の物真似をするほど幸せなものなのか?タックはそう思いながらその光景を眺めた。

「さて、オレも何か食べてくるか。食堂行こ。」

タックがオフィスを後にし、食堂に向かって歩き出したその時だった。途端に天気が暗くなる。

「………?」

タックはただならない気配を感じた。そう、以前に感じたことのある気配を。いや、気配と言うよりもそれは悪寒に近かった。もう二度と会いたくない、体中の皮膚が鳥肌になってサブイボが浮かぶ様な全身が肌で認識する様な嫌悪すべきもの。突如、建物のガラスが割れた。

激しいガラスの割れる音が鳴り響くと同時に、何かがタックの目の前に飛んできた。

「な、何だ!?」

タックはすかさず携帯しているマグナムを取り出し、構える。飛んできたそれは、目の前で地面に転がった。

「こ…これはサトーW!」

タックが目前にしている鉄の塊。それはSABのメンバーである低性能ロボット、サトーWだった。元からスクラップ気味ではあったが、何度となく復活してきた頑丈な鉄クズ…もとい人型ロボットサトーWは原型が分からなくなる位破壊され、完全に機能を停止していた。

「ど、どういう事だ!?」

タックは周囲を見回す。このサトーWは何者かによって破壊され、自分の前に投げ込まれたのだ。その何者かを、銃を構えたままで探し回る。彼は壊された窓を見やった。

…来る。何かが来る。恐ろしい、何かが。

タックの体は、緊張で高ぶりながらも凍りついていた。

彼が直感で感じた通り、その『何か』は接近してきた。

ガラス窓どころではない、壁ごと突き破る衝撃と轟音。

一瞬、巨大な岩石が隕石の様に降ってきたのかと思った。

なぜならソレは、重くて硬い、巨大な塊の様だったから。

「き…筋肉…男!?」

タックの目の前に現れたのは筋肉で身を鎧う男だった。


それは 筋肉と言うには

あまりにも大きすぎた
大きく 黒く 重く
そして大雑把すぎた

それは正に肉塊だった

「…し、しまった!呆気にとられて変な表現を!」

言葉が出ない。その驚異的な存在感と巨大さにはただ圧倒されるしかなかった。無意識の内に後ずさっている。

「SA〜B…!」

人のカタチをした筋肉の塊が、いびつな口を開き呪詛の様に自分に囁きかける。

「MUNOHHHHHHHH!!!!」

雄叫びとともに、ヤツは威嚇の様にマッスルポーズを取る。ただでさえ強大な筋肉がはち切れんばかりに膨張し、その途端に周囲の気温が急激に上昇した。

間違いない。タックは理解していた。眼前で吼える異形の筋肉が、かつて『トレーニングジム事件』で死闘を繰り広げたあの存在と同じだという事を。

「こ…これは…ANIKI!」

ANIKI。それは、狂気の科学者ドクター・モゲが創り出した究極のボディビルダーである。タック達SABは以前奇妙な洋館…に偽装されたトレーニングジムで行われた狂気の研究を知る。人体の筋肉を驚異的に鍛え上げる、『マッスル・K遺伝子』の存在をドクター・モゲは突き止める。そのマッスル・K遺伝子を用いて究極の肉体を持つ人間を作り上げる。それが、『プロジェクト・ANIKI』であった。その完成体として作られたのが『ANIKI』であった。しかし、ANIKIはモゲをその手にかけ、暴走した。死闘の末、SABは犠牲者を出しながらもANIKIを撃退する事に成功した。これが、後に『トレーニングジム事件』と呼ばれる事となる。


そう、あの時倒したはずのANIKIが再びタックの前に立ちはだかっているのである。

「な、なぜANIKIがここに!?」

タックは驚愕の声を上げる。しかしよく見てみると、以前見たANIKIとは微妙に細部が異なる事に気がつく。

頭部だ。頭部には妙な鉄製のヘルメットが取り付けられており、無数の妙なゴテゴテやコードが伸びている。まるでレトロな洗脳マシーンの様である。

「ははは、驚いた様だねSABの諸君!

ANIKIの口元が腹話術人形の様にカタカタと動き、録音テープの様な声が流れる。

「その声は…ドクター・モゲか!?」

ははは、その通り。察しの通りこれはANIKIだ。しかし今回は一味違うよ。我々SUMOの科学部門が創り出したAI(人工知能)を搭載している。そうする事によって制御を可能とした新型ANIKI。その名も、AI(アイ)・ANIKIだ!

「ア…アイ、ANIKI…!」

「従来のANIKIとどう違うのか。それはAIによって制御しているだけでなく、AIによって飛躍的に知能が向上している。君達SAB各隊員のデータも既に学習済みだ。どこまでも君達を追跡し、追いつめる。さて、君はANIKIのAIから逃れられるかな?」

「な…何てこった…。嫌すぎる。だからサトーWも…。」

「では存分に楽しんでくれたまえ。楽しみにしてるよ。」

ANIKIの口の奥から、ガチャッというテープが止まった様なレトロな機械音がした。

「ハイテクなくせに妙なところでアナログな…。」

タックが呆れているところで、ANIKIは口を開く。

「SAAAAB…!」

「ひっ!」

ANIKIが活動を再開した。有無を言わさずANIKIはタックへと襲いかかる。その瞬間、タックは反射的に愛用のマグナムを放っていた。そしてその直後に、タックは後悔した。

ANIKIは人間なら即死する銃弾の直撃をものともせず、タックへとつかみかかる。

「し、しまった…こいつには銃なんて効かないんだ…。」

究極のボディビルダーとして作り上げられたANIKIであるが、その身を包む人智を超えた筋肉は、銃弾など全くの無力にするだけの強固な鎧となっている。

喉元をつかみ上げられたタックは、そのままANIKIの両腕に捕らえられ、筋肉の抱擁を受ける。

「ぐわあああああああぁああああ〜〜〜!!!!」

タックの悲鳴がこだまする。ANIKIの最も得意とする攻撃手段である。腕の締め上げる力で相手を押さえ、すさまじい熱量を放つ筋肉で相手を沸騰させ、筋肉の圧迫で呼吸困難に追い込む。まさに地獄の三重殺である。これこそがANIKIの『筋肉三重奏』なのだ。

「ま…まずい…。」

タックは朦朧とする意識でANIKIの腕の中でもがく。しかしANIKIの怪力の前には全くの無力だった。

「何か…手はないのか…」

タックはANIKIが窓から侵入してきた際の衝撃で亀裂が入った床を見つめる。確かここは、三階。

「これだ…!」

タックは右腕に握った銃を床の亀裂に向けて放つ。ANIKIによってもろくなっていた床は、タックの銃弾で完全に抜け落ちた。地面へと落下するANIKIとタック。轟音とともに地面に直撃した際の衝撃で、ANIKIはタックから手を離す。

「く…今だ!」

タックはANIKIから全速力で離脱し、逃走する。

「MMUUUHAAAHHH!!!!」

落下時の衝撃などまるでダメージになっていないのか、ANIKIは雄叫びとともにマッスルポーズを取り、タックを追跡する。

「くそっ…やはりあきらめていないか!あんな奴と戦うなんて冗談じゃない!どこまでも逃げてやる!」

タックは完全にANIKIに背を向け、逃げていた。これが、これから繰り広げられるANIKIからの逃走劇の幕開けであった…。

そしてタックがANIKIに追跡され始めてから数時間が経過しようとしていた。ANIKIはタックが行く先々どんな所にでも現れた。人ごみの中でも。港の無人倉庫、行きつけの食堂、銭湯に入っていても現れた。

「くそ…どこまでもしつこく追ってくる。これじゃあきりが無い。いずれ力尽きるのがオチだ…。」

ANIKIはその巨体ながら、敏速な動きで追跡していた。しかもどんなに激しく動き回ろうと微塵も疲れる素振りを見せようとするどころか、ますますパワフルに追ってくる。その上に、搭載されたAI機能の効果か、タックの逃亡先をデータに基づいて予測し、先回りする様になっていたのだ。その事にタックは気付いていない。

「くそ…やっと、振り切れたか…。」

必死の思いでタックはANIKIを何とか振り切った。実は追跡されているその間、かなり多くの一般人が巻き添えを食って多数の死傷者が出ていた。タックはその事を知らない上に考えもしていない。その一方で、タックを見失ったANIKIはAI機能を使い、タックの逃走先と経路を予測する。妙な機械音が響く。

標的、タックのデータに基づく逃走先を解析。

現在のタックの空腹度59・疲労度73…この数値から予測して標的は食事・睡眠の可能な場所に逃げ込む可能性が高い。タックの友人・知人の家を検索する。

・・・検索結果、クロツ・ネスト宅可能性93%。

彼女の家にシケこんだ可能性、皆無。不可能。0%。

進行方向、クロツ・ネスト宅へ決定する。

ANIKIの頭に情報とともにレトロな電子音が流れる。

目標ルート、クロツ・ネスト宅ですね!最短ルートを選びますか?最適ルートを選びますか?

・・・最短ルートですね!音声ナビゲーションと併用してご案内します!

ANIKIの頭から流れるカーナビの音声ナビゲーションが始まると同時に、疾風のごとき瞬発力で走り出した。

「ふう…ここなら、安心だろうな!」

タックはそうとも知らず、クロツの家に勝手に鍵をあけて入り込んでいた。そしてトイレのドアを開けると、便器のフタを開ける。

「SAAAA〜B!」

突然、用を足そうとしたタックの前にトイレの壁を突き破ってANIKIが現れた。

「でっ出たあっ!」

タックはズボンのチャックを閉めるのも忘れて駆け出す。

クロツ宅をメチャクチャに破壊しながらタックとANIKIは家の中から飛び出していく。再び追いかけっこだ。

「どうすればいいんだあああああああ…」

絶叫しながら逃げるタックを前に、突然ANIKIは方向転換し、後ろへと走り去っていった。

「!?一体何だ!?」

目の錯覚ではない。確かにANIKIはさっきまでタックを執拗に追いかけていたのに、突然逆方向に全力で駆けだしている。呆気にとられるタック。

「そうか、さてはオレに恐れをなしたに違いないぜ。」

タックが高笑いした、その瞬間だった。

「うぎゃあああ……」

「ク、クロツの声!?」

その途端に遠くからクロツの悲鳴が響いて来た。瞬間、タックは顔を青くした。

「そ、そうか…ただ単にクロツが近くにいるのを感じ取ったので目標を変えただけか!くっ…オレが逃げ回ってたばっかりにこんな事に…!」

タックは唇を噛み、自分の行動の浅はかさをを悔やんだ。クロツだけでなく相当な人間が巻き込まれている事に彼もようやく気づいたのである。タックは振り返る。

「すまん、クロツ!お前の分まで逃げてみせるからな!」

タックはあっさりと発想を切り替えて逃亡を再開した。そして再び、クロツの絶叫が大きく響いた…。


 それから約一時間後、タックは貨物列車の車両にいた。

「くそっ何て事だ!クロツまで殺された!」

突っ込むようだが、勝手に殺すな。

「列車が動き出したな。これで奴は追って来れない…。」

タックは一息ついて壁にもたれかかった。後は飛行機にでも乗り込んで逃げ切ってやる…そんな事を考えていた矢先だった。突然大きな物が天井に落ちてきた音がした。

「…?まさか…。」

予想通り車両の扉が大きくひしゃげ、激しい音が響く。

「SAAAA〜B!」

「やっぱり追ってきたかぁ!」

ANIKIは扉を力ずくで破壊し、強引に車両に侵入してきた。タックに詰め寄るANIKI。

「まさか列車に追いついて飛び乗ってくるとは…。」

タックは冷汗をかいた。その瞬間、スピーカーがANIKIの口から突然現れる。

「ははは。AI・ANIKIには我がSUMOの技術の粋を集めて製作した超コンピュータが搭載されている。どこに逃げようとも入力した君のデータに基づいて逃亡先を正確に予測し、追跡する。君にはANIKIのAIから逃げる事などできないのだよ。」

「な…ならオレは奴に死ぬまで追われるってのか!?」

「当たり前だよそういう事だ。」

「ハッ!?」

タックはモゲの録音テープの返答に呆気にとられる。

「ふふふ、君のリアクションなんて予測済みさ。」

「くっ…録音テープにまでバカにされるとは思いもしなかったぜ!」

「じゃ…まあガンバッテね。」

がちゃり、とテープの再生が止まる音が響くと同時に、ANIKIはタックへとにじり寄っていく。

「くそう…結局こいつを倒すしかオレの生き延びる道は残っていないと言う事か!」

タックはにじり寄るANIKIをにらみつけ、構える。

「思えばこいつの弱点は分かっているんだ…。ならば勝機は我にあり!」

タックはANIKIの腕が自分へと繰り出されるのを素早くしゃがんでかわす。タックはその一瞬の隙を狙っていた。狙いは一点。どうやっても鍛えようのないANIKIの、いや、男子の唯一にして最大の弱点。

「その金的だあ!」

タックは全力を込めてANIKIの開いた股へと蹴りを繰り出す。タックの渾身の蹴りが炸裂した。

「やった!手応えありだ!」

しかし、タックの蹴りは股間にまで至っていなかった。何と、ANIKIは股を閉じて膝で防御したのだ。

「バ、バカな…!?」

「ANIKIに同じ技は通用しない。以前の戦闘データは全てAIに学習済みだ。もちろん君の切り札、阿仁筋ももはや通用しない。では、君の出した技の威力を自分で味わってみるがいい!」

モゲのテープ再生が終わると同時にANIKIは、タックのガラ空きの股間めがけて蹴りを繰り出した。

「%?*&=¥?〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!」

タックは声にならない悲鳴を上げて床に転がり悶絶した。

視界が真っ暗になり、意識が薄れていく。

ラン ランララ ランランラン♪

ラン ランララ ラン♪

幼い頃のタックはおびえた様に木にもたれかかる。彼の目の前に、無数の大人達の手が迫る。

「やはり、蟲に取り憑かれていたか…。」

「本当に何もいないってば!」

タックは後ろ手に隠した拳大の生き物を必死にかばう。しかし、大人達の手はタックへとなおも迫る。

「本当に何もいないってば〜!」



「何もいないっつってんだろこのダボがあぁあ!」

「いきなり何言ってんスか!?隊長!」

「ハッ!?その声はクロツ?クロツが目の前にいるという事は、オレは死んだのか?」

「勝手に殺さないで下さい!とにかく逃げるっスよ!」

「に、逃げるだって!?ANIKIは…!?」

タックは先程の金的のショックで目の前が真っ暗なままであったが、クロツに抱えられ列車から飛び出した。


そしてタックとクロツは、市街地の路地裏に身を隠していた。ようやくタックの視界が回復する。

「何とか助かったみたいだな。なぜANIKIは追ってこなかったんだ…なあクロ…お前何だその格好は!?」

タックの目の前に立っていたクロツはなぜかパンツ一丁だった。

「何言ってんスか。逃げる時は軽さ、軽さ!これに限るっスよ!俺だって好きでストリーキングしてる訳じゃないんスよ。そういう隊長こそチャック閉めて下さい。」

「あ、ああ…そうだな。だがそういう問題か?」

タックは自分とANIKIのせいでクロツの家が思いっきりメチャメチャになってしまった事は黙っていた。

「とにかくどうやってお前は助かったんだ?そしてなぜANIKIは追ってこないんだ?」

タックがクロツに質問すると、クロツは手の平をさし出した。その上には、プロテインが乗っていた。

「プロテイン…?ボディビルダーが使う筋肉増強用の食品か。これがどうしたんだ?」

「俺はさっきのANIKIに追われている時に、偶然トレーニングジムに逃げこんだんスよ。ANIKIはそのジム内にあったプロテインを見つけた途端、俺の事を放り出してプロテインに飛びついていったんスよ。」

「そうか、いくらAI制御されていると言っても奴はボディビルダー、プロテインには目がないって言う訳か!」

「ええそうっス。奴がプロテインに夢中になっているスキに俺は逃げてきたっス。その時、いくらかジムにあったプロテインを頂いてきたっス。さっきもその一部をばらまいて逃げてきたっスよ。」

「そういう事か…時間稼ぎには使えるな。」

タックはうなずいた後、裸のクロツを見やった。周囲の人達の目線が集中している。

「クロツ、何か服を着ろ。幸いあそこにブティックがある。ANIKIに見つからない様に変装するんだ。」

「ウッス!」

クロツは勢いよく裸でブティックの中に入っていった。

そして数分後。

「お待たせ!」

クロツは普通の服を着ていたが、頭には大きな虚無僧の籠をかぶり手には笛を握っていた。

「やっぱり目立たない格好って言ったら虚無僧に決まってるっスよね!ううむまさに名案っス。」

「バカかおめー!頭に籠かぶった位で何が虚無僧だ!」

「しっ…しまったっス!」

タックの指摘はどこかがズレていた。

「オレが見本を見せてやる。じゃあ行って来る。」

タックはブティックへと入っていった。そして数分後。

「どうだ!」

「そ、その格好は…!」

タックは般若の面をかぶり、ふんどし一丁でさらしを巻き、下駄を履いて抜き身の日本刀を手にしていた。

「堂々としていれば逆に目立たないもんだ。これなら顔も隠せるし、正体を怪しんでも手にした日本刀を恐れて近寄って来れない。まさに完璧だ。見ろ、皆もオレを恐れおののいて近寄ってこないじゃないか。」

面妖な…って言うか異常な姿となったタックとクロツを見て、周囲の人々は困惑し逃げまどっていた。

「ほ、本当だ!さすが隊長っス!」

彼らの変装は本来の目的から大きくかけ離れていた。こんな変態二人組を見て誰が軍人だと思おうか。…という事は別としても、こんな服が置いてあるブティックというのは一体何なのだろうか。

 そんなこんなをしている内に、ANIKIが再びこちらに向かって走ってきた。

「たっ隊長!」

「大丈夫だ。安心しろ。オレ達の変装がばれる訳ない。」

タックは自信満々に腕を組んだままその場に立つ。

「SAA〜B!」

ANIKIは一目散にタックのもとに駆け寄り、思い切り右腕でタックの横頬を殴りつける。

「ぐげえ!」

タックはANIKIの一撃で激しく宙を舞い、そのまま地面へと激しく叩きつけられる。

「何て事だ…オレの変装は完璧だったはずなのに…恐るべし、ANIKIのAI…打つ手がない!」

「ああ〜っもうしょうがないっスね!」

クロツはプロテインをばらまきANIKIの気をそらすと、タックを抱えブティックの中に逃げていった。


クロツはタックとともにブティックの中へ逃げた。

「効果がないんならこんな服いらないっス。元の格好に戻すっスよ。」

クロツとタックは元の格好、つまり普段の服装に戻る。

「おやおや、お気に召しませんかったであるか?」

ブティックの店長が姿を現す。しかしこの店長、一体何なのだろうか。服装はともかく、頭、顔面全体に包帯を巻き右目だけがのぞいている。口調も変だ。

「やいお前!お前が勧めるからあの服装にしたのに、そのせいでひどい目にあったぞ!」

タックは店長に向かって怒鳴る。

「おやこれは失礼しましたである。ではそれよりずっといい格好をコーディネイトして差し上げますである。」

クロツはこのあからさまに怪しい店長を凝視した。そして、脳内のある記憶をたぐり寄せる。

「お前、コグネリーっスね!?あのゲテモノ飼育員!」

「うぬはははは!ばれてしまっては仕方ないである!」

突如ブティックの店長もといコグネリーは高笑いする。

「よもや忘れてはおるまいな!我輩こそがSUMO生物兵器開発部門主任、コグネリー様である!」

「前回まではただの飼育員だったのに…大した出世だな。大体何だその妙な口調は。」

「そうっス!大体そのSUMOって一体何なんスか?」

「うぬはははは。冥土の土産に教えてやるのである。SUMOとはSecret Union Machinery Organizationの略なのである。つまり世界的な傭兵組織なのであるが、兵器開発も行っているのである。最もモゲは組織の趣向を逸脱して趣味でやっていたのであるがな。」

「お前も人の事は言えないと思うけどな…。」

「アタマ狂ってるっス!隊長、こんな奴は放っておいてさっさと逃げるっスよ。」

タックとクロツはコグネリーを無視し立ち去ろうとする。

「おっと…この我輩が逃がすと思っているであるか?」

コグネリーはロケットランチャーを取り出す。その直後、店の入り口の自動ドアが突き破られる。

「SABUUUUUU!」

「ANIKI!もう来たのか!調度いい。クロツ!」

「了解(ラジャー)っス!」

クロツは素早くコグネリーの背後に回り込み、コグネリーの体を押さえつける。

「なっ!?」

「発射(ファイヤー)っス!」

クロツがランチャーを発射させると、砲弾はANIKIめがけて飛んでいき、爆音とともに炸裂する。

「MUHHAAAHHH!」

ANIKIは大きく体勢をよろめかせたが、大したダメージにはなっておらず逆に怒らせただけだった。

「ちぇっ、やっぱ効いてないっスか。逃げましょう隊長。」

「よし、逃げるぞ。」

「なっ貴様ら!」

タックとクロツがブティックの裏口から脱出した頃、店内からは轟音とコグネリーの悲鳴が同時に響き渡った。


 タックとクロツは相も変わらず逃げていた。しかしただ逃げている訳ではない。今の彼らはある計算があって逃げているのだ。二人は裏通りにある自動販売機設置所に向けて走っていた。その自動販売機の前には軍服姿の長身の男が一人。タックとクロツはその男の前を全力で駆け抜ける。

「むっ、あれはわが部下のタック大尉とクロツ少尉ではないか。こんな所で何をやっているというのだ!」

そう、今自動販売機からたばこを一箱買ったこの男こそはSABの鬼教官、ヨシュア・ナッツイ教官である。

「SAAAAB!」

その直後、ANIKIが駆けつけたが、教官を目にして急ブレーキをかける。ANIKIは教官をにらみつけた。

「何だ、こいつは…。」

教官は突如現れたANIKIに微塵も動揺する素振りを見せずにANIKIへと歩み寄る。タックとクロツはクズカゴとポリバケツに隠れながらその光景を見ていた。

「(よし、誘導成功っス。教官にも反応したっスね。)」

「(しかしANIKIに教官が倒せるかが問題だ…。)」

「(隊長、逆じゃないっスか!ANIKIを教官に倒させるためにここまでおびき寄せたんでしょ!?)」

「SA〜B!」

ANIKIのAIは教官を目標と認識し、教官へと襲いかかる。しかし教官はANIKIの攻撃が繰り出されるよりも早く、全てを切り裂く手刀を振り下ろしていた。

「サッ!」

教官の手刀はANIKIを左肩から袈裟懸けに切り裂いた。ANIKIの体をきれいに両断するかと思われたその瞬間、手刀はANIKIの胸部で止まった。

「何!?」

「MUNOOOHHHHH!!!」

ANIKIは右の拳を繰り出し、身動きのとれない教官を激しく殴りつける。その衝撃で吹き飛ぶ教官。

「(ああっ!やばいっスよ!)」

「(いや、よしいいぞANIKI…!)」

「(教官に恨みがあるからって何を言ってるっスか!)」

そんな二人のやり取りも知らず教官は起き上がる。

「油断したぞ。今度は全力で行く。」

そんな教官とANIKIの光景をタック達以外に見ていた者がいた。

「ああ何て事だ、ANIKIが教官と対峙しているじゃあないか…これは少しまずいぞ。」

裏通りの上空高くをヘリコプターが飛んでいる。その中にANIKIの開発者である細身の科学者、ドクター・モゲが双眼鏡を覗きながら立っていた。

「いくらAI・ANIKIでもあの教官とまともに戦っては勝ち目はない。仕方ない、あの手で行くか…。」

モゲはヘリを降下させ、釣り竿を用意する。

「知ってるぜ。あの教官は○○キャラマニアだって事は…!」

モゲは釣り糸の先端にブロマイドらしきものをくくりつけ、ヘリから釣り糸と『エサ』を垂らす。

「な…あれはまさか…ヨコセエエエエ!」

「反応したぞ!ヘリを全力で飛ばせ!」

モゲはヘリを全速力で発進させた。しかしそれにも関わらず教官はヘリに走って食らいついていく。

「ヨコセエエエエエエエエエェェェェェ…」

「くっ…このままじゃ追いつかれる!支部にジェット戦闘機を要請しろ!この役割を交代させる!」

モゲの乗るヘリと教官はそうして視界から消えていった。その一部始終を見つめるタックとクロツ。一方、教官によってダメージを負わされたANIKIはと言うと。

「HUN!HUN!HUN!HUN…」

…シェイプアップダンスをしていた。するとどういう訳か、大きく裂けていた左肩が次第に修復されていく。

「説明しよう。AI・ANIKIはそのAIによる自己診断機能によって自分のダメージ部位を正確に判断し、修復のためのエネルギーを供給するとともに部位を鍛え、さらに強靱な筋肉へとビルドアップさせていくのだ!」

モゲの録音テープが誰に向かう訳でもなく流れる。ANIKIの傷はあっという間に修復され、さらに強靱な筋肉へと変貌していく。

「(どうするんスか隊長!教官が…消えてしまったっス!それどころか余計にパワーアップして…!)」

動揺するクロツを尻目に、タックは黙っていた。すると何を思ったか、隠れていたクズカゴから身を乗り出す。

「隊長!何考えてるっスか!?」

「クロツ、ひらめいたぞ!こいつを何とかする方法を!」

残ったプロテインを全てオレに渡せ!」

「どっどういう事っスか!?」

クロツは困惑しながらも残りのプロテインを全てタックへと渡した。タックはプロテインを手にすると、シェイプアップダンス中のANIKIの背中へと飛び乗った。

「隊長!?何考えてるっスか!?」

「こうするんだよ!」

タックは拾った木の棒と糸を取り出し、ANIKIへとくくりつけていく。糸の先端にプロテインを結ぶと、ANIKIの頭にビニールテープで固定する。

「こ…これは…!」

その光景は、ANIKIの頭に釣り竿がつけられ、釣り糸の先端にはプロテインがぶら下げられている様だった。調度プロテインはANIKIの目前に位置している。

「これぞ『ロバの前にニンジンぶら下げ作戦』ならぬ『ビルダーにプロテインぶら下げ作戦』だ!」

ANIKIは目の前にプロテインがぶら下げられているのを見て、大喜びでプロテインをつかもうとするが届かない。近づいて取ろうとするが、ANIKIの動きに合わせてプロテインも遠ざかり、いつまでたってもプロテインを取る事はできない。

「完璧と思われたAIにも思わぬ欠点があったなあ!」

飛び降りたタックは勝ち誇った様に叫ぶ。ANIKIはいくら取ろうとしてもプロテインを取れずに、段々イライラし始めてきた。ムキになり周囲の物や壁を殴って破壊している。

「今なら簡単に逃げられるっスよ!」

「いや…それはダメだ。今の状態なら、たった一つだけこいつを倒せる方法がある!」

「こんな怪物を倒せる方法があるんスか!?」

「そうだ!こいつをある場所におびき寄せる!」

タックは駆け出すとANIKIに向かって叫ぶ。

「ANIKI!オレはここだ!ついて来い!」

「SAA……B…!」

ANIKIはAIの命令と、ビルダーとしての本能が葛藤しながらもタックの声に反応して困惑しながらも追いかけていった。タックとクロツの逃げる方向には、製鉄工場があった。ラストステージは近い。


 製鉄工場。鉄鉱を熔かし銑鉄を作るための煮えたぎる溶鉱炉の熱気沸き立つこの工場は、まさに最終決戦の場にふさわしい雰囲気を漂わせていた。鉄をも熔かす溶鉱炉に落ちれば人間など骨も残らず消えてしまうだろう。そんな製鉄工場に、タック達はいた。

「お前ら!命が惜しければとっとと消えやがれー!」

タックはマグナムを上空に乱射して従業員達を追い出す。

「隊長…昔の漫画の警官みたいっスよ。」

「この事態に四の五の言ってる場合か。…来たな。」

「SAA……B…!」

ANIKIは確かに追ってきた。しかし目の前にあるプロテインが気になるのか、チラチラとプロテインの方を見やりかなり注意は散漫になっていた。

「いいか、打ち合わせ通りにやるんだぞ!」

「了解(ラジャー)っス!」

タックは従業員から脅して奪い取った工場内の鍵を使い、溶鉱炉へと向かっていく。それを追いかけるANIKI。

タックは、ついに溶鉱炉の前にたどり着いた。しかし、後ろにはANIKIが立っており、ゆっくりとにじり寄ってくる。後ろには溶鉱炉。逃げ道はない。熱気の突き上げる狭い足場を一歩、一歩と後退していく。

「くらえ!」

タックはマグナムをANIKIに撃ち込むも、やはりANIKIは後退だにしない。ついに、タックは溶鉱炉に落ちるまであと一歩の所まで追いつめられた。

「SAA…B〜!」

ANIKIは両腕を振りかざしタックへと襲いかかる。しかしその瞬間、タックは笑った。

「オレ達の勝ちだ!ANIKI!」

その直後だった。クロツがバズーカを片手にANIKIの背後に躍り出る。

「とっとと失せな、ベイビー!」

クロツのセリフと同時に、バズーカの砲弾は発射された。

「UGU!」

バズーカの砲弾はANIKIに炸裂した。ANIKIは爆風で大きくよろめいた。
一歩。
二歩。
すさまじい水音が響き渡る。
体勢を崩したその勢いで溶鉱炉へと突き落とされ、超高温のプールへと身をうずめる事となった。

「OGOOAHHHHHA〜!!!」

溶鉱炉の飛沫が激しく空を切るANIKIの腕とともに激しく飛び散る。
ANIKIは溶鉱炉の中で激しくもがき続けた。

「鋼鉄が熔けてるんスよ!いい加減、くたばりやがれっス!」

クロツは苛立ちとも取れる声を上げながら、地獄の淵でもがくANIKIの姿を見つめる。
ANIKIの体は次第に沈んでいき、腕の動きも弱まっていった。
やがて叫び声も途絶え、その姿も見えなくなった。

「や…やった!ついにANIKIをやっつけたっス!」

クロツは叫んだ。しかし、タックの姿はない。

「隊長!まさか、爆風で溶鉱炉に落ちたんスか!?」

「い…いや…落ちちゃいない…早く引き上げてくれ…。」

タックは今にも崩れそうな足場にしがみついていた。

「タック隊長!」

涙目のクロツの顔が途端に笑みに変わっていく。


 タックとクロツは製鉄工場を後にしていた。歩く二人。

「いやあ、あの時はどうなるかと思ったっスよ。」

「フッ、オレ達にかかれば誰だろうがザコだぜ!」

「「うわっはっはっはっはっはっ!」」

顔を見合わせ大笑いするタックとクロツ。

「ああそう。言い忘れたがお前の家メチャクチャだぞ。」

「ハッ?どういう事っスか?」

そんなやり取りを続けていた時の事であった。製鉄工場の溶鉱炉から声の様なものが響く。溶鉱炉の淵から、何かが飛び出してきた。

「SAAA〜B…!」

それは…火傷を負ったANIKIの腕だった。そう、ANIKIは死んでいなかったのだ!

「ん?工場の方で何か物音がしなかったか?」

「さあ、何の音っスかねえ…。」

クロツがつぶやいたその瞬間だった。製鉄工場の天井を破り、轟音とともに巨大な何かが姿を現した。

「SAAAA〜B…!」

それは、全長百メートルほどまでに巨大化したANIKIだった。全身の所々に火傷を負い、頭部の機械装置、つまりAIは完全に溶けてなくなっている。だが、たった一つ身につけていたビキニパンツだけは健在だった。

「何なんだこれはああああああ!!!」

もちろんタックとクロツは事態が飲み込めず叫び声を上げる。その声に反応したのか、巨大ANIKIはタックとクロツをにらみ、足で踏みつぶそうとする。

「クロツ、逃げろ!」

ANIKIの踏みつけで地割れが起き、タックとクロツは分断される。その衝撃で付近の建物が崩壊し、火の手が上がる

「タック隊長〜〜〜ッ!」

クロツはタックに呼びかけるも、黒煙に視界を遮られタックの行方は知れない。そして巨大ANIKIはオタークゥシティ中心部に向かって地響きをたてながら向かっていく。もはやAIの制御も何も関係はない。ANIKIは溶鉱炉に落とされた事により、制御を行っていたAIが完全に破壊された。そのため命令系統が混乱し、過度のダメージでANIKIの鍛錬本能が完全にリミッターを外して巨大化し、制御不能の暴走状態になったのだ。

「クロツーーーーッ!」

タックはクロツの名を叫ぶも、その返事はない。タックはオタークゥシティ全体を破壊しながら暴れ回るANIKIを眺めていた。タックは叫んだ。

「何て事だ…オタークゥシティが、燃えている!」

そしてその光景を眺めている者は他にもいた。ヘリに乗るドクター・モゲである。

「何て事だ…私のAI・ANIKIが…暴走した。」

「ドクター・モゲ!ANIKIがこちらに接近します!」

ANIKIはモゲの乗るヘリへと近づいていく。

「バ…バカな…ANIKIのAIが完全に破壊されている。AIはどこにやったんだ…?」

顔を青くしながらモゲはANIKIを見やった。直後、ANIKIの巨大な腕が迫りヘリを握りつぶそうとする。

「AI(アイ)、おぼえていますかあぁぁあ!?」

その叫びを悲鳴に、モゲの乗るヘリは爆発した。


 オタークゥシティが燃えている。出版・印刷業を中心産業とするこの都市は、火にはすこぶる弱かった。…などと言っている場合ではない。巨大化したANIKIは完全に暴走し、造物主さえも再びその手にかけた。ANIKIはオタークゥシティを好き放題に破壊していく。もはや、ANIKIを止められる者はいないのか。

「タック隊長っ〜!」

叫ぶクロツの前に、一台のトラックが突如としてやって来る。そのトラックから降りてきたのはタックだった。

「クロツ、無事だったか?」

「隊長こそ、無事だったんスね!」

トラックの荷台からは数人の海兵隊が降りてくる。

「タック隊長、これはどういう事なんスか?」

タックはクロツの問いかけに沈んだ顔をして答える。

「クロツ…よく聞け。合衆国政府が、オタークゥシティへのミサイル発射を決定した。」

「な…何でスって!?」

「もう地図上からもオタークゥシティの名前が消されている。大統領は本気でオタークゥシティごとANIKIを消す気だ。…よほどあのマッチョ野郎が嫌なんだろうな…一時間後にでもミサイルが発射される。」

「そ…そんな…そりゃないっスよ!」

「その通りだ。オタークゥシティの住民の避難もほとんど済んではいない。このままじゃあ多くの人達も巻き込まれて死ぬ。だが、そんな事は決してさせない!」

「隊長…それはどういう事っスか!?」

「いいか、オレ達二人であいつを倒すんだ!決してオタークゥシティを消させはしない。」

「本気っスか!?あんな奴にかないっこないっスよ!」

「クロツ…オレ達は何だ?オレ達はSABなんだ。もうオレとお前のたった二人になったが、ああいうバケモノ退治こそオレ達の役目なんだ。…オレ達はSABなんだ。アイアムSABだ!」

「た、隊長…。」

「そのためにある物を用意してもらった。」

タックが海兵隊の方を見やると、海兵隊はトラックの荷台から段ボール箱と巨大な大砲を降ろした。段ボール箱の中にはギッシリとプロテインが詰まっている。

「そうか、プロテインを大砲で発射してANIKIを海まで誘導しようって訳っスね!それならオタークゥシティにミサイルが落とされずに済むっス!」

タックは目を閉じて静かに首を振った。

「…違う。オレ達自身が囮になるんだ。これからプロテインを背負い、その大砲で発射する。そのままの勢いで太平洋沖までおびき寄せる。その先に待機してもらっている戦闘機に回収してもらったら…あとは気化爆弾でケリをつける。そうしてくれる様に話をつけておいた。」

「そ、そんな。もしANIKIに途中で捕まったら…。」

「…間違いなく死ぬだろうな。」

クロツの顔が青ざめる。そんなクロツの不安を感じたのか、タックはクロツの手を握る。

「いいか。勘違いするんじゃないぞ!オレ達は死にに行くんじゃない。必ず生きて帰るんだ!わかったか!?」

「隊長…生きて帰ったらハンバーガーおごって下さい。」

「ああ、約束だ。いくらでも食べさせてやる。」

「約束っスよ!ハンバーガー…リッチすぎるよ〜!」

クロツの顔が笑顔にあふれる。タックは大きくうなずき、クロツと強い握手をかわす。

「よし、行こう!」

クロツはプロテインを背負い大砲の中に身を滑らせた。

一方、タックは大砲がなかったので巨大パチンコで射出する事になった。

「もっと強く引くんだ、海兵隊の皆さん!」

大砲に着火する海兵隊、パチンコを引く海兵隊ともに思い切り正気の沙汰じゃあないという顔をしていた。

「行くぞ…!三,二,一…ファイヤーッ!」

合図とともにクロツの入った大砲が内部から大爆発した。

「ギャアアアアアアァアアア!!!!!」

クロツの体が炎に包まれながらあらぬ方向に飛んでいく。そのクロツの悲鳴と同時に、タックの体はANIKIめがけて発射された。

「クロツゥ〜〜〜〜〜ッッ!!!!!」

叫ぶタック。しかし悲しんではいられない。あとはこのまま、ANIKIめがけて突っ込んでいくだけなのだ。そのまま空を切り飛翔するタック。ついに、ANIKIを目前にとらえた。

「SAAA〜B…!」

ANIKIはタックを認識し、その手に捕らえようと飛翔するタックを地響きを立てながら追いかける。

「よし、いいぞ!このまま海まで一直線だ!」

しかしタックはまずい事に気がついた。だんだん自分の飛行速度が失速していく。このままでは、海に至るよりも早くANIKIに捕まってしまう。
疾走するANIKI。
後ろを見やれば、ANIKIの手が今まさに数メートルの距離まで自分に迫っている。

「SAA〜〜〜B!!」

何と、ANIKIが跳躍した。タックめがけ、十メートルはある巨大な手が迫る。

「クロツ達、死んだSABのみんな!オラにちょっとずつ元気を分けてくれ!」

タックは叫びながら両腕をプロペラの様に激しく回転させた。
その気合いが届いたのか、ほんわずかにタックの飛行速度が伸びた。

空を切るANIKIの手!
ANIKIはそのまま地面へと倒れこみ、百メートルの巨体が地響きとともに地面に熱烈なキスをした。

「やった!海が見えたぞ!」

タックの体は海上にまで飛来した。あと少し。あと、ほんの少しだ。

「タック大尉…!」

その光景を静かに見守っていたのは、墜落したジェット戦闘機の前にたたずむ教官であった。

 タックは、もう充分なまでに太平洋沖に飛来していた。その後に、しっかりANIKIもついて来ている。

「やった!ここまで来ればもう充分だ!さあ、戦闘機よ、オレを回収してくれ!」

タックの目の前には確かに戦闘機が飛来していた。しかし妙な事に縄ばしごは下ろされていない。代わりに、巨大なミサイルの様なものがついているではないか。

「そっ…そりゃねえだろおおおおお……!!!!!」

案の定、戦闘機はミサイルをタックとANIKIめがけて発射すると、旋回して消えた。ミサイルがANIKIに命中した瞬間、すさまじい閃光と爆発が辺りを包んだ。

「隊っ長〜っ!!!」

沿岸部で包帯ぐるぐる巻きになったクロツが叫ぶ。

光と音がやんだ時、そこには何も残ってはいなかった。


 沿岸部には、クロツと教官が立っていた。

「おーいおいおいおい…タック隊長、結局俺だけが生き残ってしまって…オロロ〜ン、オロロ〜ン…。」

泣きじゃくるクロツを尻目に、教官は静かに立っていた。手にはちゃっかりとブロマイドを握りしめて。

「タック…よくぞオタークゥシティを救ってくれた…。」

どんなに彼の死を惜しむ者がいようとも、タックは帰ってこない。ただ、青い空だけが広がっていた。

「あっ、あれは!?」

クロツの叫び声が聞こえる。クロツは空の一点を指さす。

「鳥か!?」

確かに黒い点が空にある。その黒い点は、次第にこちらに近づいてくる。

「ち、違う…あれは…!」

「タック隊長っス!」

クロツは叫んだ。確かにそこには、ボロボロになったタックがハングライダーに乗りこちらにやって来る。

「SUMO…よくもやってくれたな。もう逃げるのはこれで終わりだ。
 今度は、こちらから攻める番だ。覚悟しろ、SUMO!」

太陽の光が、彼のすすけた顔を明るく照らしていた。

「あ…あれ…!?」

タックのハングライダーは急速に失速した。一気に急降下し、落下する。落下点にはなぜか…ドブだまりが!

「な…なぜ!?ゲフゥ!」

タックは、ドブだまりへと沈んでいく。

「た、隊長がいきなり落ちた!」

クロツの叫びを尻目にタックはドブだまりに沈んでいく。
沈んでいく彼の手は、親指を立て握りしめられていた…。

たとえどんなに下品でも、荒ぶる魂は男の生きる道だ。

(おはり)
















…五分後、タックはドブからサルベージされた。

「うわっクサッ!隊長、ちゃんと洗って下さいよ!」

「やかましい!わざわざ最後に言う事かあ!」

たとえどんなに泥にまみれても…バカを貫く男は…

かくも美しい!?


(今度こそ終わり)

もうたくさんなので戻る