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終わらない鎮魂歌を歌おう


vol_1/4   白夜に近いこの場所で。



 静かな、夜空だった。
 月明かりがとても綺麗で星が無造作にちりばめられた。
 人はいつしか、この無造作にちりばめられた光の点をつなぎ星座を夢見た。
 人は死んだら、星になる。そんな夢物語が続くと思えるほど、夜空は高く、夜風のように澄んでいた。

「ねぇ、幸助」
 香菜が俺の名前を呼ぶたびに、なにを返してやったらいいのか、
 残された時間はあと少し。この夜空を、あといくつ一緒に見られるのか。
「人はなんで生きるんだろうね?」
「・・・え?」

 車椅子に乗ったままの香菜は、自分がいつ死ぬのか、それさえも知らないはずなのに。
 香菜がいつ死ぬのかを知っている俺は、そんな香菜の質問にさえも、答えられなかった。
「きっとさぁ、・・・あたし、思うんだ」


 人はなぜ生きるのか?
 生きなければいけないのか?


 誰かがいった。
 生きることに意味なんてないと。
 でも、それは、その誰かの答えでしかない。
 生きる意味は人それぞれ、そうでなければ、生きる意味なんてない。


 車椅子に乗った香菜が、星空を普通の人たち、きっと、「生きることに意味がない」となげく誰かさんより、
 地面に近いその場所から見上げた空は、すでに答えを知っていた。

「人を好きになるためだよ」


 香菜が導き出した答えは、なに不自由なく育ってきた俺には見つけられなかった、香菜だけの生きる答えだった。


   ※


「幸助、じゃあ明日も来てよね」
 その日も見舞いに来た、最後の時間。
 俺は見てはいけない存在を見てしまったんだ。
 香菜の病室をあとにして、戸を閉めたその、瞬間。
 病室の、ボードとペンを持って香菜の名札を確かめている怪しい黒い影に。


「・・・・」
 一瞬、その黒い服装を身にまとった、そして、なぜか鎌のような物体を肩に担いだ少女は確かに戸を閉めたばかりの俺と視線が重なった。
 そして、でも、何事もなかったかのように、視線をそらしていた。・・・彼女だけが。

「・・・・」
「・・・・」

「あの?」
「・・・・」
 俺の声に、黒装束の彼女は左右を見だした。
 まるで俺が彼女ではない、誰かに声をかけていると言う風に。
「キミだって」
「・・・・!?」

「そこの、黒装束のキミ」
「・・・み、見えるんですか? 私が?」
 なにをいまさら。

「っていうか、さっき目があったじゃん」
「・・・ありえない」
「え?」
 心底、びっくりしたらしく、ボードとペンを落として俺を見ている。
 季節は夏。外ではミンミンゼミが声を嗄らすことなく鳴いている。


 ミーン、ミンミンミン・・・・。
「ああ、ボードと、ペン。落ちましたよ・・・って」


 そのボードのバインダーに綴じられた紙には確かに香菜の名前が記されてあった。
「もしかしなくても、あんた・・・・・死神?」


   ※


 季節は夏。
 そして、もういちどめぐってきた季節。
 俺は幽霊を通りこして、ついに今日、二人目になる死神を見た。


「昔から霊感っていうの? 強いらしいんだよね。・・・どうでもいいけど」
「・・・はあ」
 他人に見られると独り言に見られてしまう。
 それに、ここは病院である。見つかったら、即、精神科に連行されてしまうことも、なくはない。
 そんなことで俺と、死神は、普段は立ち入り禁止にされている病院の屋上へと侵入することになった。

「で、いつ死ぬの? 香菜は?」
「・・・は?」
 煙草のケムリを吐きつつ言った俺の言葉は、出合った頃の驚きとは違った意味でまたも驚かせてしまったようだ。
「・・・驚かないんですか?」
「驚いてるのはキミでしょ?」

「・・・そうじゃなくって。私が死神だってことや、香菜さんが死ぬってことに」
「別に」

「・・・別にって」
「人間なんて、生きてりゃいつか死ぬもんでしょ」
「な・・・」
「キミ、死神なんだよね。だったら、ついでに俺も殺してくれないかな?」
 死神は心底驚いているようだった。
 俺が香菜の死を知って、驚くとでも?
 悲しみ、嘆くとでも? それとも絶望すると、・・・でも?


 しばらくの間、死神は無言でいた。
 俺は煙草を吸って、吐いてを繰り返していた。
「でも、あなた、好きな人が死んじゃうんですよ?」
 そのときだった。俺の携帯が着信を知らせたのは。
「はい、もしもし。うん、俺。これから? いいよ、どこで遊ぶ? うん、じゃあ、これからな」
 携帯を切って、そしてまた俺と死神は無言に戻った。
 死神はどうやら、いまの俺のやりとりで全ての真実を悟ったようだった。
「つまりは、あなた。香菜さんとは“遊び”程度だったってこと、なんですか?」
「関係ないじゃん。・・・“死神”にはさ」
 そうだ、もう香菜は死ぬのだ。そして、俺は・・・。
「そういえば、名前、聞いてなかったな。死神でも名前とかってあるの?」
「・・・あなたに名乗る名前なんて、ありません」
「でも、“死神さん”っていうんじゃ、いい辛いよ」
 さきほどの驚いていた表情とはうってかわって、キリッとした目つきで俺を見返した。
 そして、死神はこういった。
「水先案内サービス日本営業部所属、死神841号。あなたに名乗る名前なんてこれで充分です。最低!!」
 来たはずの屋上へと続くドアを開けることもなく841号はすり抜けて何処かへ去っていく。
 その、見えないはずの後ろ姿をながめつつ、俺はなんとなくつぶやいた。
「841号。・・・“やよい”、か」




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