INITIALIZE ORIGINAL NOVEL


menuindexbacknext


終わらない鎮魂歌を歌おう


vol_4/4   白夜に近いこの場所で。



「なおりませんな」
「・・・な」
「なおらないものは、なおらないっていってるでしょ」
「な、馬鹿な。・・・そんな、馬鹿な。あんた、俺と会って何分経った? たかが、5分程度だろ? なのに治らないって・・・」
「なおらんものは、なおらんのです。・・・だいたいあなた、・・・」
 白衣を翻し、眼鏡をかけた香菜の担当医は、少し押し迫った声で俺に問いただした。
「何処で、それを知ったんです? こまりますな、患者ひとりひとりの情報漏洩は病院自体の信用に関わる。看護婦か誰か、
 ・・・香菜さんの父兄に聞かされたのなら、なんら問題ないのですが。・・・その、情報はどこから?」


「・・・・」
 治らない。・・・香菜が治らない?
 そんな、馬鹿な話があるものか。
「ちょっと、君、きいてるのかね?」
「・・・なんで、なんでもっと早く俺にも教えてくれなかったんです?」
 白衣の医者は確かにそのとき、俺を見下していた。
 そして、こうもいった。


「君には関係ないことでしょ? 家族でも、親戚でもない、・・・部外者なんですから」


   ※


「ありえねぇー。ありえねぇよ、ヤヨイ。これが世に言う不条理ってやつなのかな?」
 俺は死神のヤヨイに訊いた。香菜の死期は、もうあと一ヵ月後に押し迫っていた。
 ヤヨイはヤヨイで、ただ一緒に屋上へとあがってきたものの、ただ押し黙っているだけだった。
 ただ、死を待つ存在。そして、その死の、自分がいつ死ぬかという事実だけが残り、
 自身は知らず、まわりの人間だけがそのことを知っている。
 香菜はいったい、なんのために産まれてきたのか、
 ・・・これじゃあ、まるで、死ぬために産まれてきたようなものじゃないか。


「・・・ごめんね」
 突然、ヤヨイが詫びてきた。
 俺は突然の出来事に混乱さえした。
 俺の目に映ったのは、・・・ヤヨイの泣き顔だった。

「死神でも泣くんだな」
 最低だ、俺は。本当に、最低だ。
 ヤヨイは泣きながら俺に言った。
「あんた、・・・わたしのこと見えてるしさ、香菜さん、あんたのこと好きでしょ? めったにないんだよ? こういうこと、・・・死神の規律でもダメなことなんだ。でも、あたし・・・。あたしの意思で決めたんだ。死神の規律とか、関係なく。私が“見える”あんたに伝えるって。・・・死神ってさ、なにもできないんだよ。ただ、死ぬところを見守るだけ。・・・だから、私、・・・あたしは・・・・・」


 俺は自然と胸が苦しくなった。
 ふざけるな、泣きたいのは俺の方だ。
 なぜ、ヤヨイが泣く必要がある。
 おまえは、なにひとつ悪いことなどしていない。
 悪いのは、仲介人のくせしてなにひとつ運命を変えられない、・・・・俺だ。
 俺は、ジーパンのポケットから煙草を取り出した。
 潰れた箱から一本抜き取り、安物のライターで豆粒ほどの火をつける。
 チリチリと、焼ける音。身体に悪い煙を肺の奥まで届ける。
 しゃがんでいた姿勢から、一気に立ち上がる。
 一瞬、眩暈がした。立ち眩みだ。
 そんな、・・・こんなどうしようもない21才、コンビニ店員の俺は、
 認めることでしか、運命を、そして不条理とやらを、どうやら受け止めることしかできない。


「心配するなよ、ヤヨイ」
 俺は素直になるべきだ。
「少なくてもあの、白衣の馬鹿医者野郎よりかは、死神のヤヨイの方が俺には天使にみえるぜ」
 煙と一緒に、全てを吐き出せばいい。


   ※


 人はなぜ生きるのか?
 生きなければいけないのか?


 誰かがいった。
 生きることに意味なんてないと。
 でも、それは、その誰かの答えでしかない。
 生きる意味は人それぞれ、そうでなければ、生きる意味なんてない。


 生きることに躓いたのなら、もしも、間違った道へと進んでしまったのなら、
 そんなときは、少しでいい、その場所から立ち止まり、空を見上げる。
 答えはきっと、見上げた瞬間。今、感じたその空にあるはずだから。


 香菜は一ヵ月後の今日、旅に出た。
 思い返せば、俺たちの関係はそれほどまで深くはなかった。
 俺と香菜は都心の養護専門学校に通うクラスメイトで、そのときは香菜は歩いていけた。
 ちょっぴり、その時から気になってはいた。・・・いや、正直、タイプだったかもしれない。
 亡くなってしまった今、・・・どうでもいいことだけど、
 香菜は在学中に病気にかかり、車椅子の生活がはじまり、卒業間際に入院した。
 だから、香菜は実際には卒業証書を受け取ってはいない。つまりは、中退ということになる。
 俺は、入院したその日から、香菜に毎日のように会いにでかけた。

「わざわざ、見舞いなんて、こなくていいのに」
「うざったいな!! あたしのことなんか、放っておいてよ」
「看護する側の人間が、看護されるって、笑っちゃうよね」
「・・・治るのかな? 本当に、あたしの病気って」


 でも、それでも、香菜は最後。
 自分なりの生きた答えを導き出してくれた。


「きっとさぁ、・・・あたし、思うんだ」


 人はなぜ生きるのか?
 生きなければいけないのか?


「人を好きになるためだよ」


   ※


「生きることに、意味なんてねーよ」
 パコン。突然、俺の後頭部をなにかが打った。
 振り返ることもない。この痛さは、いつものアレだ。
「なにすんだよ、ヤヨイ!! いい加減、カマの背で殴るのやめろ、危ないから」
 そう、こんなことをするのは、あいつぐらいしかいない。
「なに、しけた顔してんのよ、幸助。“生と死の仲介人”として、ちゃんと今日も仕事やってもらうからね。
 っていうか、いまの今まで知らせてくれなかったってどういうことよ、これ!?」
「しょうがねーだろ、仲介人は他人に知らせることはできない。死神の規律にも、そう書いてあるだろが」
「・・・・・え?」

 知らずにいままでいたのか、こいつは。
「し、知るか!? そんなチイセェこと。・・・ったく、あんたがチヨ先輩の孫じゃなかったら、とっくに・・・」
「とっくに、なんだよ?」
「・・・なんでもネェよ」

 俺はニタニタと笑いながらヤヨイの表情を盗み見た。
「・・・なによ?」
 俺は、この新米の死神に、死神としての規律をいろいろとおしえてやらなければいけなくなった。
 それは家の祖母。ヤヨイが言うチヨ先輩の命令である。
「死神も他言無用は常識だぞ」
「う、うるせーよ」

 後日談だが、香菜が旅立つその2週間前、香菜の命があとわずかだということを香菜の両親は俺に伝えてくれた。
 神妙な面持ちのご両親には悪かったが、俺は2ヶ月前にそのことを知っていた。
 何処かのお節介な死神さんのおかげで。
「ありがとな」

「え、なに? 声、小さくて聞こえない」
「・・・なんでもねーよ。なんでも」


 人はなぜ生きるのか?
 生きなければいけないのか?
 答えはきっと、今、見上げた空に映って見えるはずだ。




fin


menuindexbacknext
+ INITIALIZE -
Copyright warning All Rights Reserved.