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vol.05 「偽物の正義」



自殺ゲーム vol.05 「偽物の正義」


「身体の調子はどうですか?」

 携帯から聞こえてくるのは安城の声だ。もう、この世で俺のことを気遣ってくれる人間は残念だがこいつしかいなかった。病室のベッドに横たわっている俺はまだ薬の後遺症が残っていた。慢性的なダルさ。吐き気。居心地の悪い嫌悪感は、また薬を使えという甘い囁きでしかない。そして薬の効果が切れるにつれ全身を覆う痣の痛み。点滴を受けるハメになった鎮痛剤。俺は近況を報告すると、電話を切った。寝ようとしたとき小津が病室に来た。


「大丈夫ですか? 具合悪そうですね」
 気遣ってくれる人間。今はこいつもいた。安城が今回の件の始末をするために動けない俺の代わりとして寄越した情報屋だ。小津の言葉をそのまま返してやりたかった。小津は目付きが異様に悪く肌の血色も俺より全然悪い。死体と話しているようだった。

「しかし、あの女子高生たちにフルボッコにされるなんて、本当に羨ましい限りです」
「うるせーよ、馬鹿。取り調べ終わった頃だろ。出所は分かったのか?」
 俺を拉致した女たち。俺が薬を撒いたという情報の出所。小津はつまらなそうに言った。
「あいつらはクロコダイルで最初に死んだ兵隊の女だったそうです。情報の出所は兵隊です。どうします?」
 溜息をついて、俺は言う。
「女の病状は?」
「末期が3人。初期が1人。3人はまず助かりませんが、1人は摂取量が少ないためか、病態は安定してます。確か、モココとかいう奴です。それと、あの女医ですが薬は使っていないようです」

 小金井姉妹は無事。
「末期の3人は薬を使った事故死に見せかける。モココは保留。女医は、そうだな、明日か明後日ここに連れてこい」
 小津が不思議そうな顔を向ける。
「殺さないんですか?」
 俺は無感情に小津に言った。

「殺すにも金がかかるんだよ」


   ¥


 翌日、小金井先生が病室に現れた。小津も一緒だ。
「・・やっぱり。あのときの人は、松本さんだったんですね」

 疲れきった表情の小金井先生が言った。精神科医でも人間なのだ。目元にはクマができていた。留置所に入っているためまともに風呂にも入っていないのだろう。俺はわざと自分の素性から今までの経緯を全て話した。そして、小金井先生に言った。


「先生には今後、組織に協力してもらいます。事情を話した理由は分かっていますね。この件は、断れません。先生は誰であろうと他言することはできない。了承していただければ妹さんは返します」
 俺は喋るのが鬱陶しくなった。できるだけ早く終わらせたかった。
「うちから数名、あなたのクリニックへ出向かせます。そこで毎週、先生は診断書を書いてください。処方される精神薬は我々が指定します。今はそれだけで十分です」
 精神安定剤は少なからず需要がある。正規のルートで手に入れる準備をしておきたい。そういうことを言いたかった。先生は黙て俺の話を聞いているだけだった。
「なにか質問は?」
「いえ、・・ありません」

「小津、あとは任せた。モココは開放しろ。もちろん今回のことは他言するなと言え」
 小津は小金井先生と共に病室を後にした。先生は終始うつむいていた。本当にこれでよかったのか、正直なところ分からない。精神安定剤などなくてもうちには代わりになる薬は他にいくらでもある。でも、こうするしかない。殺さないでいられる方法は。


   ¥


 本当にあの2人を開放してよかったのか? その後、安城にいろいろ探られたが俺はそれらしい理由をつけて返事を返した。もし、先生が内情を誰かに話したら、もし、モココが組織の息のかかっていない警察へ駆け込んだら。たぶん、俺は終わりだ。一方的にリスクの高い賭だった。俺にはなにも美味いところがない。なぜこんな面倒くさいことをしているのか自分でも分からなかった。口封じのために殺しておけば、なんの問題も起こらないはずだ。殺すにも金がかかる? 冗談はよせ、自分が死ぬかもしれないんだぞ。

 病院のベッドでふて寝した。1ヶ月ほどが経ち、だいぶ身体は良くなってきていた。日常生活に支障がでないレベルまでもう少しだ。クロコダイルの解毒剤の代わりに防腐剤を点滴されたこともあった。あのときはさすがに驚いたが対処法らしき対処法はそれぐらいしかないとのことだった。モココも小津の話ではほとんど毒が抜けているようだった。少量とはいえ摂取すると取り返しがつかなくなる。依存症が出たとしても姉が精神科医なのだ、問題はないだろう。残念ながら重度の3人は中毒死という形で片付けられた。元はといえば全て俺が悪いのだが。


 今更、まともな道へ進むことなどできない。犯罪を重ね続ける人生。死にたがる自殺者よりも死ぬべきなのは俺のような人間だろう。自覚はあるが俺は生きている。俺はまだ死にたくないという意志があるからだ。いや、もしかしたら俺は自殺する勇気がないだけかもしれない。小金井姉妹のことを考えると心の隅で俺は誰かに殺されたいと願っているのかもしれない。もしかしたら、一ノ瀬も・・・。思い出してしまった。まさかな。死にたいがためにわざと薬を横流しした。ありえない。俺は考えることを止めてしばらく寝ることにした。休めるうちに休んでおこう。そう思った。



最終回 「死にた狩り」


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