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最終回 「死にた狩り」



自殺ゲーム 最終回 「死にた狩り」


 渋谷のスターバックスで少し休憩するつもりだった。まさかそこにモココがいるなど思ってもいなかった。モココは制服姿のまま、ひとりで座っていた。しばらく見ていたが、なにもせずただ窓硝子ごしから見える人ごみを眺めているだけだった。俺はホットコーヒーを飲みながらモココを観察した。平日の午前中。学校はサボりなのだろうか。年齢より幼く見える童顔の目は俺が仕事でいつも見ている奴らと同じだった。

「学校は、サボりかよ?」
 都会という人ごみのなかで、誰にも声をかけてもらえない。人が人として機能していないのではまさにごみでしかない。声をかけられた。しかも相手が俺だ。モココは自分に声をかけられたことに驚いたがそれが俺だとわかり、引きつった表情に変わった。俺は少しばかり後悔した。その他大勢の人ごみに徹するべきだったかもしれない。

「ま、まつもとさん。なぜここに?」
「それはこっちの台詞。おまえ学校はどうした?」
 モココに了承を得ないで勝手に隣に座る。視線はあえてモココを見なかった。カウンター席からモココが見ていた人ごみを眺めた。
「学校はすでに卒業してます」
「制服なのに? ・・・これから、男と会うとか?」
「そうじゃないです。・・いま、暇なんです」
 モココの言っていることがいまいち分からなかった。俺はなにも言わずホットコーヒーを飲みながら、モココの言葉を待った。
「高校は卒業しました。今は進学も就職もバイトもしてないです。たまに街をうろうろしてます。今日はたまたま人ごみが見たくなったからここに来ました。私、どこか、変ですかね?」
「変? どこが?」
「あの後から、私、どこか、変なんです。友達はみんな死んじゃったし、なんで私だけ生きているのかってたまに思うんです。そう思っていたらなぜか不安が止まらなくなって制服を着て街を出歩いてるんです。もしかしたら、昔にもどれるんじゃないかって・・。すいません、私、言っていることめちゃくちゃです。すいません」


「まだ若いんだから別にそんな時期があってもいいんじゃないか? モココが死ななかったのはたまたまだよ。誰かの気まぐれ。・・・まぁ、俺がそんなこと言える立場じゃないか。ごめん、悪かった。じゃあ、な」
 俺はどういう言葉をかけていいかわからなかった。面倒だ。場所を移そう。俺は立ち上がろうとすると、横からモココが俺の服の袖を掴んでいた。
「連絡先、教えてください」

 俺はモココがなにを言っているのか分からなかった。
「俺とは関わらないほうがいい。おまえもそう思ってるんだろ?」
「最初に声をかけたのは松本さんじゃないですか?」
 俺は仕方なしにモココの隣に座る。携帯を取り出す。これも誰かの気まぐれ。そう、俺の。俺はモココに携帯のアドレスと番号を交換した。もちろん組織の携帯ではない。その日は、たまたま飛ばしの携帯をもっていたから。そう、単なる気まぐれにすぎなかった。


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「松本さん、聞いてます?」
「あ、ああ。どうしたら効率的に自殺者をつくれるか。面倒だな。収容所みたいなところに一旦、あつめてからガスで殺すっていうのはどうだ? 安上がりだし、その後の処理もし易い。場所を確保できればいけるんじゃないか?」
 俺は適当に小津に言ったつもりだった。
「・・あなたって人は。なかなかいいアイディアじゃないですか。どこかで聞いたような気もしますが、大雑把にみえて実に効率的ですね」

 クロコダイル計画は終盤を迎えていた。テレビでは連日特番が組まれいかにこのドラッグが人を無残に殺すか。俺も夕飯後に見たが、お茶の間との温度差が激しい番組だった。免疫のない人が見たらせっかく食べた夕飯がトイレを詰まらせるほどの編集内容。それが毎週流れているのだ。俺的には素晴らしい出来だが一般人はどうなのだろう。安城はクロコダイル計画の終盤に自殺オフの提案をした。アンチクロコダイルと銘を打ち、美しく死ねるを掲げるコミュニティをネットで作る。まさか、この主催者がクロコダイルを拡散させた張本人だと何人が気付くだろう。

「練炭も、そろそろ暑くなりますし終わりですからね。代理品にガス。なんかいまいちです。もうちょっと、風流がきく自殺のしかたないですかね?」
 小津がよくわからないことを口走っている。ビジネスとしての自殺はある程度手を打ち尽くした。安城も次のビジネスへ異動すると言っていた。自殺ゲームはこれで手を引く。警察がメディアに煽られているのだ。潮時という奴だろう。自殺オフの件はこちらとしては単なる延長サービスだ。コミュニティのサイトを勝手につくり後は放置する。利益率も悪い。貧困ビジネスとしては、クロコダイル以下なのは目に見えていた。


「借金の取立人にでもなるか」
 ポツリといった。独り言だった。
「松本さん、真面目に考えてくださいよ」
 安城はこの件には手を引く。別の新規開拓に行く。継続の後片付けを引き継がれたのは俺ではなく小津だった。小津はクロコダイルの通販システムの構築を担当していた。そんなことを考えていると携帯のメールが着信した。モココからだった。俺はメールに目を通すと、小津に言った。
「すまん小津。俺、帰るわ」
「え?」

 狭い事務所。小津は事務所にひとつしかないノートパソコンの画面から俺に視線を移した。
「ちょっと、なにいってるんですか?」
「小津、自殺サイトつくるんならな、表面上は出会い系を打ち出したほうがいいぞ。人間の考えることなんてみんな同じだ。死ぬまえに種を保存したい。つまり、死ぬまえにセックスしたがるもんなんだよ。死体として扱われる自殺者としてではなく、まだ生きているうちの人間としてな」
 俺はそれだけ言って事務所をあとにした。


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 絵本の壁紙。患者はそれなりにいた。待合室には水槽が置かれてあった。数匹の熱帯魚、種類はたぶんグッピーとかいうやつだろう。赤と黒の長い尾、銀色に光る胴体のグッピーが水草の間を回遊していた。名前が呼ばれ診察室に入っていく。刺激のすくないカジュアルな服装の小金井先生がいた。

「おまたせしました」
 表情が強ばっている。小金井先生が患者のように見えた。俺は黙って椅子に座ると手を出して指を上に向けた。
「ドビュッシーですよね。確か、月の光」
 俺は小金井先生をリラックスさせようとしたが逆効果だった。BGMとして流れている音楽を当ててみたが、先生は俺の行動を見て顔が青ざめていた。
「あれから、それらしい人は来てません」
 今度は、小金井先生が意味不明なことを言い出した。俺たちはここで、なぞなぞをしているんだろうか。
「それらしい人とは?」
「処方箋の、薬の、・・受取人というんですか?」
 あぁ、そういえば病室で俺は先生にそんなことを言っていた。
「いるじゃないですか。ほら、先生の目の前に」
 先生はそこで押し黙ってしまった。俺はなにか悪いことを言ったのだろうか。

「もう、結構です」
 俺は言った。
「この話はなかったことにしましょう。俺も違うクリニックに通います」
「ちょっと、まってください!」
 立ち上がろうとする俺を小金井先生が呼び止める。
「それは、どういう意味ですか?」
 薬を処方しない病院には用はない。意味は同じだが、先生は違う方の意味として受け取っていたようだった。俺は座りなおすと先生にいった。
「最近、眠れるようになりました。理由はわかっています。この仕事はもうすぐ終わります。俺は違う仕事をするでしょう。組織の使いっ走りはかわらないと思うんですけど」
 そして、俺は微笑んでいった。
「殺しは、当分しなくてもいいみたいです」


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 クソアパートへと帰る。アパートの手前で誰かが俯いて携帯をいじくっていた。制服姿のモココだった。俺には気付いていないようだった。
「なにしてるの?」

 俺は声をかけるとモココは顔を上げた。
「あの、私・・」
「どうして住所知ってるの?」
「・・診察券の。松本さんの」
 俺は溜息をついた。ここで言っておくが俺は溜息を年中つくような人間ではない。だがしかし、ここ最近なぜか溜息が後を絶たない。
「そういうのいけないんだよ?」
「すいません」

「あがりなよ。暇でしょ?」
 モココを自分の部屋へとあがらせる。
「失礼します。・・意外と綺麗な部屋ですね」
「なにもないだけ。余計なものは鬱陶しい質だから」
 俺はやかんに火をつけた。コーヒーの豆をとりだす。手挽きミルにふたり分を入れてゴリゴリと豆を挽く。モココは座るところが見つからないのか立ちっぱなしでいたが俺は適当に座るように言うと案の定、ベッドに腰を下ろした。
「今日はどうした?」
「・・メール、・・送った。その・・・」
 沸騰したお湯でゆっくりコーヒーをいれる。香ばしいコーヒーの香りが部屋を包んだ。
「自殺したいって悩み? そういうの姉さんに言ってくれないかな?」
「姉さんは、私のことなんて・・。私のせいでこんなことになったのに」

 俺はコーヒーのカップを持ってモココの隣に座った。
 熱いから気を付けて。モココにコーヒーを手渡す。湯気に息を吹きかけてモココはコーヒーを飲んだ。俺も飲む。
「おいしい」

 そうだね、と俺は言う。
 しばらくお互いに会話のないまま、コーヒーを飲んでいた。飲み終わって、モココは深呼吸してから言った。
「私、どうしたらいいでしょう?」
「なぞなぞ?」
「違います。相談です」
「俺に相談しても、ろくなことないよ」
「松本さんに答えて欲しくて、いまここにいます」

 沈黙のあと、俺は言った。
「たしか、自殺したいとか、メールでいったな? だけど、モココ。普通の人は死にたいなんて思わない。生きてきた内容がどうこうじゃない。今、精一杯生きていれば死にたいなんて思わないんだよ。まっとうに死にたいんなら、まっとうに生きろ。そうすれば今よりかは、マシな死に方ができる。安楽死? そんな方法があるとすれば、いま言ったことだ。悔いを残すな」
「でも、私。・・どうすればまっとうな生き方ができるのか・・・」
「姉さんに恩返しすればいい。助けてもらったんだからな」
 モココは黙る。俺は、また溜息をついた。
「引っ越すよ、俺」

 空のコーヒーカップを凝視していたモココが顔を上げた。
「クリニックにも、もう行かない。おまえたち姉妹は自由だ」
「そんなつもりでいったんじゃ・・」
「俺が決めたことだ。モココには関係ない。もう、帰れ。2度とここには来るな」
 俺はモココを一方的に部屋から追い出した。夜道を歩くモココに気を付けろよと声をかけた。しばらく夜道を歩くモココを見つめていた。モココが振り向き、俺と目が合った。片手をあげた。バイバイ。俺も、バイバイした。


 誰もいなくなった部屋。
 俺はやかんに再度、火をつけた。豆を挽くのが面倒になってさっきつかっていた豆で淹れた。若干、薄くなったコーヒーを飲む。半分ほど飲み干すと、ベッドに戻った。モココが座っていたベッドの下。暗闇のそこへ手を伸ばす。オートマ式P220。弾倉を抜き確かめる。1発だけ弾が入っていた。




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