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クソッタレ解放区
vol_1.0 ココはクソッタレ、クソッタレ解放区
この世に住む人々は皆、平等で平和です。誰一人、不幸せな人なんていません。だから誰も傷つかない・・・。
「クソだな・・・吐き気がする・・・」
ガクラン姿の不良。足を机に放り投げ椅子をななめに座る。
ガムをクチャクチャ噛んでいる。
「・・・」
「・・・」
「なに見てんだ?」
「・・・いうな」
「あ?」
「テメェみたいなクソが他人の書いた本をクソっていうな」
「・・・あ!?、ぶっ殺すぞ」
「本当に殺すことなんてできないくせに」
僕は笑った。奴も笑った。
「テメェ一回、死んだほうがいいようだな?」
クソは僕の胸倉を掴んだ。腕に薄く血管が浮き出た。その瞬間、なにかが弾け飛んだ。
「触るな!!」
僕はそいつの手を殴り払った。
クチャクチャクチャ・・・。ふたりしかいない教室で奴がガムを噛む音だけが響く。
「なにがしてぇんだよ、おまえは」
「・・・わからない」
少年はガムを噛むのを止めた。さきほどまでの無気力な表情とはうってかわって苦虫を噛殺したような顔をした。
「だったら流されてろよ、クソが」
「・・・」
僕は何も言えない。なにを言えばいいのかわからない。
「なあ、テメェの名前なんていうんだっけ?」
「・・・西崎正登」
「そうか。俺の名前は・・・」
「知ってる。藍沢愁だろ?」
「なんだ、しってんじゃん。なあ、おまえって死んでんのか?」
愁は僕を見た。
その眼はみんなが僕を見るあの眼とは違う。その眼にはなにか不思議な魅力があった。
「死んでる・・・」
「ああ、死んでる。おまえはすでに死んでいる!!」
ケンシロウの真似をしている。
「・・・死ね」
「おいおい、友達に向ってそれは無いだろ」
「・・いつから友達になんてなった?」
「貴様と俺を一緒にするなって顔してんぜ、今のテメェの顔」
「一緒にするな」
「・・・」
「・・・」
「殺すぞ」
「殺せよ」
「・・・」
「・・・」
「あぁ、こんなんじゃ体育にいってたほうがマシだったな」
「じゃあ、今からいけよ」
僕は笑った。えらく奴を馬鹿にしたような笑顔を奴に向ける。
「・・・テメェ、ダチいねぇだろ?」
「テメェもな」
「・・・」
「・・・」
「殺すぞ」
「殺せよ」
「・・・」
「・・・」
「この世には・・・」
「あ?」
「この世には、テメェみたいに人生を無駄に過ごしてる奴なんざクソって言われるんだぜ」
「・・・勉強だけできる誰かさんと俺を比べるのかい?」
「黙れ負け犬」
「おまえ、そんなんじゃまともな人生おくれねぇぞ」
「じゃあ、テメェはまっとうな人生、送れるのかよ。ふんぞりかえって偉そうにしてっけど本当にまっとうな人生、送れるってのかよ。テメェなんざクソだ。クソッタレだ。人間のクズなんだよ」
僕はまたあの眼をした。人を馬鹿にするような。
奴は笑った。その眼にはなんの迷いもない透き通った綺麗な眼だ。
「人の人生なんて最初からねぇんだよ。アレをやったから幸せだとか、ソレ持ってるから幸せだとか、そんなこといってるやつなんてたいしたことねぇ。本当に大切なのは・・・」
愁は握り締めた拳を僕の胸の前で寸止めした。
「心臓?」
「違う。心意気だ」
僕は笑った。この世で一番、おかしなものをみたかのように笑った。
「サイコー。サイコーだよ。あんた。そんな馬鹿げたこというやつ初めてだ」
大声で笑ってみせた。僕は愁のマジで切れた顔を見たかった。
愁は切れなかった。それどころかすがすがしい顔をしている。
「面白かったか?」
僕の笑いは冷めてしまった。
「そんなことないと思ってるだろ?」
僕は頷いた。
「そのうちわかるさ。クソッタレになればな」
愁が学校を退学したのはそれから間もなくのことだった。
***************************
「正登、正登!!、出てきなさい!!」
誰かが強くドアを叩く音が響く。この部屋に閉じこもって何年たつだろう。
高校では成績がよかった。あの時までは自信に満ちていた。
僕は天才だと思ってた。
「出てきなさい!!」
「・・・うるせー!!、殺すぞババァ!!」
「・・・」
無言の沈黙の中から誰かが泣いている声がする。この薄っぺらなドア一枚隔てた向こう側から。
「・・おねがいだから」
それが最後の言葉。僕はなにも言えない。なぜだか自然に涙がこぼれ落ちる。別に哀しいなんて感情は無い。
それなのになぜだか涙がこぼれ落ち止まらない。僕はベットにうつぶせになり涙で濡れた顔を枕に沈めた。
・・・
・・
・・・
・
寝てしまった。空はすでに赤く照らされている。
僕は薄っぺらなドアを開けた。階段を下りていく。
誰もいない。僕はほっとしながらいつもの場所からカップ麺をとりだしポットの湯を入れた。
箸とカップ麺を手に部屋へと戻る。テレビを付けてまだ時間のたたないカップ麺の蓋を開けた。
平日のこの時間ではニュースぐらいしかやっていない。しかたなくニュースを見る。
部屋には麺をすする自分の音と時計のカチッカチッという秒針の音がやけに耳につく。
テレビの音量を上げよう。するとこんどはテレビの声が耳につきうるさい。
「・・・」
僕は食べるのを止めた。まだ半分しか口に入れてない。
「ただいま」
誰かの声が聞こえた。母さんだろうか。ここしばらくまともに顔さえ見てない。
直行で僕のドアをノックした。
「正登ちゃん。いるのね。今日は・・・」
「うるさい!!」
叫んでいた。何故、叫んだのかよくわからない。でも、イライラしているのはわかる。
「・・・ごめんね。でもね、今日、正登ちゃんのお友達に逢ったのよ」
「俺に友達なんていない」
「・・・でも、相手は正登ちゃんのこと知ってるみたいだったし私のことも覚えてくれてたの。話し込んじゃってね。今、お家に招待したの」
カチン。スイッチが入った。
「ふざけんな!!」
頭に血が上るのがわかる。イライラのタコメーターの針が一気に右へぶっ飛んだ。
「誰だか知らない奴を家に入れるな!!」
ドアを蹴り飛ばす。
「キャッ」っと向こう側にから悲鳴のような声が上がった。
「こんど変な奴つれてきたらテメェら全員、ぶっ殺すぞ!!」
「・・・正登?」
どこかで聞いたことがある声が聞こえた。
「愁だ」
「愁?」
「高校んとき退学した不良」
思い出した。あのときの・・・
「なんの用だ」
「・・・クズになったおまえを見に来た」
「・・・殺すぞ」
「殺せよ」
「・・・」
「・・・」
「帰れ」
「帰るか帰らないかは俺の自由だ」
僕はもう一度、ドアを蹴り飛ばした。
幾つもの鍵が“ガチガチガチン”と大きな音をたてる。
「じゃあ、さ・・・このままここにいても無駄だから・・・死ねよ」
「な、・・・」
僕は声が出ない。いきなり同級生がきて死ねよと言われた。
「なんなら俺が殺してやろうか?」
“バガンッ”
僕はドアを蹴り破ってしまった。
「よお、正登」
普通だ。友達が普通に部屋に尋ねるように何年ものギャップを奴は「よお、正登」の一言で消し飛ばした。
「愁?」
「よお、しばらく見ないうちにほどよくクソッタレになったな」
怒り。いや、それとは違った激情が僕の胸を焼いた。その手は胸倉に伸びていた。
「テメェ、・・・」
「やめなさい!!」
隣で母さんが怒鳴った。
「愁さんは私のお客様よ!! 勝手な事しないで!!」
なんなんだろう、この母親は。愁を紹介しといてそれはないだろう。僕の頭は恐ろしく冷静だ。
実の母親が泣いている理由を考えていた。
顔もひさしぶりにまともに見た。
老けていた。
シワだらけになっていた。
目頭にこぼれ落ちるほどの涙を溜めている。
愁は僕の手を殴り払った。
「あんときと逆だな」
「・・・」
声が出ない。なんでだろう・・・。
「おいおい、お客さまだぞ。節度はわきまえろよ」
愁は僕に笑ってみせた。その眼はあのときとなんらかわっていない。透き通り力強い眼だった。
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敷かれたばかりのような黒い道。白い線がまん中を区切る。僕はその線に唾を吐いた。
前で歩くクソを後ろから殴り飛ばしたらどんな気分になるだろう。試してみたい。
顔面打って痛そうな顔をするのだろうか。この石油のような黒いアスファルトにキスをして歯を折ってしまうかもしれない。
きっと血だらけの顔をして泣き叫ぶだろう。ママー、ママーと叫ぶだろうか。・・・もしくはキレるか。
僕の好奇心はかってに空気ボンベを突っ込まれてふくらまされていく風船のように一気にでかくなった。
これはすでに暴走といってもいい。脳味噌がふくらんでいく。破裂しそうだ。
そうだ、やってみよう。きっと面白いはずだ・・・
「生まれ変わったらノミがいい、生まれ変わるならノミにしてくれ、もっと広くくらしたいぜ 」
「・・・」
「テメェはノミだ」
愁は振り返って僕を見た。しかも笑顔でみやがってる。僕はその眼からそらした。
「大学受験落ちた」
僕は愁を睨んだ。
「・・・俺がだよ」
「・・・」
「ノミならノミらしく生きろ。なぜなら君はノミだからだ。君はノミか?」
「人間だ。だから人間らしく生きろ。・・・か?」
愁は笑った。また前に向き直して歩き始めた。
「何処につれていくんだ?」
「地獄・・・と、いいたいところだが、そんなことしたら俺が正登ママに地獄へ落とされる」
「・・・」
「おまえは何処へ行きたい?」
「・・・誰もいない所へ行きたい」
「天国か地獄?」
「・・死んだら負けだ」
「おまえの口からそんなこと聞かされるとは思ってもみなかったよ」
愁はまた笑った。
僕は嘘をついた。本当は死にたい。こんな腐った世界など息をするのもムカつく。僕はこの世界に住む全員を殺したい。
「死にたいって言うかと思ったよ」
「・・俺をなにかと勘違いしてないか?テレビとかでやってる連続殺人鬼とか・・・」
「違うのか?」
「違う」
違う。本当だ。僕をそんなゲス野郎と一緒にするな。
テレビでやってるような安っぽいクズとは違う。
「天才ってどんなんだろうな。おまえみたいなのいうんだろうな」
「・・・」
こいつは何を考えているのだろう。僕のまえに突然あらわれて、こうして外にでたのも何週間ぶりだ。愁のことなど忘れていたはずなのにドアを蹴り破ったドアの先に愁がいた。記憶のゴミ箱からこうして僕の目の前に飛び出してきて一緒に平日の青空の下を歩いている。