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クソッタレ解放区


vol_1.1   ココはクソッタレ、クソッタレ解放区



 雨の朝。空は灰色の雲に覆われ空気がねったりとした湿気によどむ。ベッドに潜り込んだまま窓の外の灰色の空と定期的に降り注ぐ雨の軌道を眺めている。部屋には自分以外だれもいない。屋根に落ちて弾け砕ける雨音に混じり聞えてくるのは壁掛けアナログ時計のカチカチという秒針。

 あの日から愁は毎日のように僕の部屋を決まった時間にノックする。今ごろ下で母さんと仲良く喋りあっているのだろうか。
 それを考えるだけでなにか胸がムカムカとしてくる。しかし、それを除けば今日の朝は僕にとって居心地がいい。
 ポツポツと響く日曜の朝。社会に出て働いている父親たちにとってはこれほどまでに残念なことはないだろう。せっかくの家族サービスの日よりを台無しにされてはパパも辛いはずだ。
 例外として寝転んでテレビを見ているどうしようもない親父もいるだろうがそんなことは僕には関係ない。
 喜ぶ幼年の子供。そのなんの曇りも無い笑顔が僕は嫌いだ。それに緑の芝生の上で楽しくピクニックする家族の顔。
 その笑顔が少しでも僕の心から消えていくだけでも気が落ち着く。

 雨の日曜。僕はベッドの中から窓を見る。見えるのは灰色の空がどんぐりと広がるつまらない世界。そこに規則正しく降り注ぐ雨。僕はこの景色が好きだ。日曜の朝。遅く目覚めると空は灰色の曇りがかかり、いくつもの雨粒が屋根を打つ。
 この音。この一定のリズムで永遠と続く果てしない空虚なリズム。どうしてか僕はこのリズムが好きだ。
 太陽がサンサンと降り注ぐ朝など僕にとっては最悪。あの暑いほどの陽射しは人の好奇心をわきただせる。僕にはそんな無駄な感情など必要ないのだ。必要なときでも僕は雨の日がいい。こういう日は無駄に感情が高まらず落ち着いて頭が冴える。感情も高揚しないでいつもより落ち着く。

“トントン”

 雨音に混じり昨日と同じ時間にノックが聞えた。扉は僕が蹴り破ったせいで鍵もろとも根元から折れてしまっている。
 部屋に入ろうと思えば入れる。

“トントン”

 ノックは一定のリズムで2回ほど。いちいち癪にさわる。ムカツク音だ。
 僕は耐えられなくなってなんのようかと訊く。
 返ってくるのは愁の声だ。

「せっかくの日曜なのに雨なんてな」
「・・・で?」

 会話が続かない。他の人が聞けば変な会話なのだろうが、僕にとっては用件だけ伝えてくれればそれでいい。
 僕は話しをつづけるのが苦手なタイプなのだ。
 月に数回、少ない月などは一度も喋らない。

「今日は物をなげないんだな」
 愁は顔を半分出して昨日のように僕を見ているのだろうか。僕の顔は窓の外を向いているのでドアの方向とは反対側を見ている。

「・・・」

 シンと静まり返った部屋に男がふたり。いったいこれからなにが始まるんだ。僕の心はドキドキする代わりにグラグラと萎えていった。
「邪魔だから部屋から消えてくれ」
「おいおい、今日はスケジュールが決まったんだぜ」
「嫌だ。外に出たくない」

 僕は布団の中で身を縮めた。
 雨は行き良いを増し屋根を弾く雨粒の音がレベル1アップした。
 だいたいこんな雨の降る中など歩きたくも無い。
 このまま布団のなかで暗くなるのを待つのだ。

「はー、やれやれ」

 愁が近づいてくる。雨音に混じり静かな足音。
 僕の背後に愁が立つ。僕は顔だけ愁に向けた。

「なにか用?」

 愁は僕を見下して眺めている。珍しい動物でもみているのか?
「いつまで布団のなかで丸まってるつもりだ? いい加減に外に出ろ」

「・・・」

 僕は仕方なくベットから降りた。

「今日はやけに素直だな」

 僕は冗談じゃないという顔をする。愁が来てからというもの毎日のようにたたき起こされているからだ。
 どうせ今日も言うことを飲まないとむりやり力づくで起こされるのがわかっている。
 愁の馬鹿力のせいで僕はまともに寝坊できなくなった。


 ***************************

 またもや愁の後をおう俺。いったいなんなんだこいつは。
 平日の道路には愁と外に出てから顔なじみになった犬を散歩につれるおっさんぐらいしかいないのに雨の中だと人っ子ひとりもいない。
 車の通りも今日は少ない。夜に近い暗さの昼の空、男2人で歩くとさらにテンションがねいる。
 僕には友達もいないからひとりで歩くよりは幾分マシかもしれないが・・・。

「なぁ、どこへ連れて行く気だ?」

 愁は黒い雨傘の端から眼を半分ほど覗かせ僕をみた。
 その眼はいつも以上にクールで、それでいて強さを感じる眼だ。
 僕は愁と再会して以来、この眼を見るとなぜだかこいつと喧嘩しても勝てる気がしない。
 昔を思い返してみるとあのときはなぜだかこの眼をみてもなにも感じなかったと思うのだが、いったい何故だろう。
 とにかくいつみてもビビるほどではないがこいつの眼には底知れぬ力。しかし、人の心を引付けるなにかの力がある。

「正登に会いたいってやつがいるんだ。まぁ、おまえとは相性がいいと思うから会ってみろよ」

 愁はそれだけ言うとパシャパシャと雨水を弾きながら前を向いて再び歩き出した。


 ***************************

 愁の足を止めた先には古びた家が一軒。ブリキの屋根に雨粒が激しく音を立てている。そのブリキなのかよくわからないが金属性だと思われる屋根も端の方が錆びてめくり上がっている。
 第一印象、・・・ボロ。

 愁は勝手にそのボロ家の玄関をきつそうに開く。実際にきついのだ。開くと同時に耳障りな音までする。木で囲まれた玄関のガラスはヒビと穴のふさがれたガムテープ。
 第二印象、さらにボロ。

 愁が入り、僕が中へ入るとその中に愁以前にさらに変な生き物がみえた。金髪にピアス。細眉のチャラチャラした男。
 頬もこけて骸骨のようだ。
 そいつをみた第一印象、金髪の骸骨。

「お、やっと来たか不良少年」

 金髪の骸骨は愁と僕をみるとにこやかに微笑んだ。しかし眉がない分、笑っているのかは口元を見ないとよくわからない。
 そのまえに不良少年はおまえのほうだろう。

 ***************************

「しかし、なんだな。不良っていってもちゃんと表歩けるんだな。俺はてっきりヒッキーといったら出ないもんだと思ってたよ」
 丸いちゃぶ台。その上に一升瓶とコップが2つ。愁は愁でひとり、窓際でタバコをふかしている。
 あいかわらず金髪の骸骨はにこやかだ。

「あの、誰?」

 金髪の骸骨は悪い悪いといいながらもちっとも悪びれずに自己紹介をはじめた。

「俺は有名小説家の宮 文太」
「無名の自称、小説家だろ」

 タバコをふかしている愁が雨の降る外をみながらつっこみをいれる。
 片足を窓の端にかけてタバコを吸う姿はドラマとかでみるような破天荒な刑事か、もしくは追われる犯人のようだった。
 愁は絵になる。
 文太という金髪は僕の顔を覗き込み僕はすこしだけビビった。

「君のことは愁から聞いてるよ。ヒッキーなんだって?」
「ヒッキー・・・?」
「あれ、知らないかな。ひきこもりの略だよ。2ちゃんねるとかで聞かない?」

 なに言ってんだこいつ。

「驚いちゃったよ。現役のヒッキーがわざわざ出向いてくれるなんて」

 僕はイマイチよくわからずに金髪の顔色を伺う。雨の臭いでわからなかったがこの金髪から男用の香水のような香りというよりも臭いがしてくる。僕は男用の香水の臭いは嫌いだ。
 生きた生ゴミがその臭いを生ゴミで強化させているようにしかおもえない。

「・・・僕に、なんの用ですか?」

 文太とかいうふざけた名前の金髪をみながら僕は訊いた。
「あれ、愁から聞いてなかったっけ。・・・実はさ、ペンが止まっちゃってさ。小説のネタさがしてて。・・・だから、取材させて!!」

「・・・はぁ」

 声にならない声。ふざけるなよ。愁が僕に近づいてきた目的はこんなへんてこな骸骨金髪の小説対象として近づいてきただけなのか?
 僕のなかでこの目の前にいる金髪への怒りがふつふつと湧き上がってきた。それ以前に愁への怒りのほうが強い。

「ふざけんな!!」

 僕は立ち上がって叫びだしていた。金髪骸骨は後ろへと姿勢を崩し、呆気にとられた様子になった。愁は相変わらずタバコをふかしている。

「てめぇらいったいなんなんだ。俺に用がないならかまわないでくれ!!」
「わ、わるかったよ」

 焦点がさだまらない無名の小説家を通りすぎて窓際の愁へと向っていく。

「なんなんだよテメェは」
「黙れ、ヒッキー」

 僕の中でひっぱり続けてきた線が切れた。
「テメェ、殺す!!」

 出したはずの右手を交わし愁は手首を回転させて僕を畳の上へと叩きつけた。膝を僕の背中で押し付けて手首をしめる。
 僕はというと薄汚れた畳に顔を押し付けられて横で呼吸をすることしかできない。あっという間の出来事でわけがわからなかった。
「おいおい、なにやってんだよ愁!?」
 慌てている金髪の声が後方から聞える。かなり動揺している。
 そんなことが変に敏感に感じとれるのに、今の自分の状況が理解できない。

「殺すって言って手をだしたのはおまえのほうだろ? だったらこれは正当防衛だろ?」
「なにいってんだよ愁!! そのへんで止めとけよ!!」

 愁はさらに手を締め上げる。僕はそのたびになさけない声を漏らした。さらになさけないことに横から呼吸するごとに薄汚れた畳の上を滑りホコリまみれの空気が口に吸い寄せられてくる。

「人に向って殺すって言うことは、殺されても文句は言えないってことだぞ」

 背中に馬乗りになりながら愁が雨音にまじり、消えそうなほどの声でつぶやいた。僕はその消えそうな声を聞き逃さなかった。

 ***************************

 雨の行きよいはさらに増し、それに比例してブリキ製の屋根を叩く音も行きよいを増す。
 混沌と化した僕の心は宙を舞う。気がついたときには陽は暮れていた。畳部屋は裸電球の淡いオレンジ色に染まり、狭い畳部屋をさらに狭く感じさせる。文太とかいう無名の自称、小説家もどきは、裸電球の真下でひたすら僕に質問を投げかけてくる。僕は適当に返事を返す。丸ちゃぶ台は裸電球のやわらかい光に照らされて、ただでさえ傷だらけの黒い色をさらにみっともなくさせる。

 カチカチ・・・。

 雨音に混じり聞えてくるのは文太の質問と文太が打つキーボードのかろやかなリズム。ちゃぶ台を占領するIBM製の黒いノートパソコンは、よくみるとかなり使い古された形跡がある。
 僕は退屈にあきて口から声を漏らした。

「なあ、そろそろ帰っていいかな?」

 淡いオレンジに照らされた金髪は黄色を通り越して夕日のように赤っぽい。

「おまえ、愁から本当になにも聞かされてないのか?」

 文太は愁を眼で探すがいない。愁は僕をひねりあげて何処かへ行ってしまったらしい。

 ひとつ咳払いをして文太が口を開いた。

 ***************************

 暗くなった空の下を僕は走る。
 来たときに持ってきたはずの雨傘もなぜかなくなっていた。
 僕はひとしきり降りさる雨の中を何も持たずに走っているのだ。
 足元のジーンズはすでに跳ね返る雨に濡れていく。息もすでに絶え絶えだ。
 髪の毛をふりはらい、それでも僕は走りつづけた。自然と僕の拳に力が入る。
 あの馬鹿野郎をこの手で潰すために。

 ***************************

 家へとたどり着く頃には雨の勢いもさらに強くなってきた。流石に立春といっても夜になれば肌寒い。
 ただでさえ肌寒い夜なのに雨に打たれて全身びしょ濡れに見舞われると背骨まで凍える。
 銀のドアノブを回す手も自然と震えがくる。しかし、僕にとってこの震えは寒さによる震えよりも文太が言ったことの意味の方が強いのかもしれない。

 灯が消えた暗い家。僕は覚悟を決めてドアノブを引いた。
 目の前には僕のイメージどおりの暗闇が広がっていた。
 文太の言うことが本当なのか、それともただ単に愁とくるんで僕をビビらせるためなのか。
 愁の常識外れな部分を考えると後者の方が強く心に残る。
 居間に体ごと突っ込むように入り、次に母の寝室にもいないことを確認すると今度は2階へと駆け上がる。
 文太の言ったことは正解なのかもしれない。
 壊れたドアに足の指をぶつけたがそれでも僕は何事も無いような顔をして部屋へと乗り込んだ。
 朝見ていた小さな窓からは、朝見たとき以上の流線を描いて雨が線になり、ながれている。
 その下で誰かがうつ伏せになりベットに身を沈めていた。
 愁。僕はベッドに身をまかす愁へと小走りに近づいていった。

「愁。どいうことだ?」

 愁はゆっくりと半身を起こし僕を眺め見る。

「君の母親に頼まれた」
「・・・」

 愁は僕の動揺した顔を見たのか視線を向けたまま微笑んだ。
 半身を起こしているだけの愁を見下す。愁の眼にはなにごとにも揺るがせないといってるようなモノが光っている。
 言い換えればナイフのような鋭く尖った眼。もっと言い換えれば蛇のような眼。
 冷たく、しかし奥深くになにか得体の知れない魔物をかっている眼だ。
 瞬間、僕の体は金縛りにあったかのように動けなくなる。蛇に睨まれたカエル。
 滴り落ちる水滴が前髪を伝い眼の前を通り過ぎて床へと落ちた。




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