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クソッタレ解放区


vol_3.8   epilogue



 ながらく続いた時も刻む音が弱まった。ずっと、一緒に続くことなどありえない。
 始まった物語は、いつかは、終わりを迎える。澪さんに、お別れの表情をむけてみる。
 ほとんど泣きそうな顔をして澪さんは僕に言った。


「いつか、必ず帰ってきてくださいね。愁と、穂奈美と待ってますから」

 涙を浮かべる澪さんに、僕もつられて泣きそうになった。
 就職活動をしている間、朝夕と母さんが仕事に出かけるのと入れ替わりに家へ来て家事を手伝ってくれたのには、感謝しても、感謝しきれない。もしも、澪さんが愁の嫁さんじゃなかったら、寝起きの青年の部屋にエプロン姿で入りこまれたときなど、いろんな意味で耐え切れなかっただろう。僕は夢にまで見てしまったあの日に照れて、愁を見つけると肩を叩きながら強く断言した。


「澪さん泣かせたら、ただじゃおかないからな」

 バシバシと強く叩かれて、愁もさすがに困惑ぎみな表情で、ああ、と戸惑いぎみに認めるだけだった。
 駅まで送っていこうか、との誘いを断って、自分の足で歩いていくと言うと、愁は、「そうか」と照れた表情を浮かべた。


「そうだ」
 かなり、こじつけがましく付け加えたが、今しか言い出せない。
 勢いにまかせて、僕は、鞄をあけた一番、取出しやすい場所から一通の手紙を引き抜いた。


「これは、・・・俺に?」
「違うよ。母さんに。愁からわたしてくれないか?」
 愁が一瞬、かわいく笑ったように見えた。そして、その表情はすぐにいつもの悪ガキに戻る。

「しょうがねぇな。・・・今回だけだぞ」
 手紙をひったくるかのようにうばい取って、さっさと行けと促した。
 じゃあな。と、片手をあげて、僕も片手をあげた。気を付けてくださいね。と、なにに気を付けるのかわからないよと、失笑しつつ思いながら、声を張る澪さんに、前を向きながら、右手を掲げた。


************************

 駅のホーム。上りの電車へと向かうため、階段を駆け登った先にいたのは玲奈だった。
 目が合うと近寄ってきて、さっそく皮肉がましく言葉にした。


「こんな形で、慎也をひきこもりから抜け出させるなんてね。やっぱり、元ひきこもりの考える事はわからないよ」
 顔には笑みがこびりついている。きっと無意識にしていてもこうなってしまうのだろう。目の上のたんこぶがとれたとばかりの表情だ。

「いつかは、帰ってくるんだ。それまでの間に、その変な笑顔、直しとけよ」
 そう、皮肉を返すと、玲奈の頬肉が一瞬、ひきつった。
「ところで、肝心の慎也はどこいったんだ?」
「トイレよ。まさか、ここまできて閉じこもるほどバカじゃないと思ってひとりで行かせたんだけど、あれから五分ぐらい経ってる」
「でかいほうだろう」
「・・・女の子の前で、普通、そういうこと言う?」
「いたか?・・・女の子?」

 言葉にならない言葉をふきだして、また玲奈の笑みの表情の頬肉が一瞬ひきつった。
「まあ、いいわ。今日であんたの顔みるのも最後だし。最後ついでに言っとくけど、美夏が怒ってたわよ。あんたのこと。私を裏切って、タダで済むと思うなよって。伝言をおおしつかされてきたわ」

 ふふふ、とさきほどとは別の笑みを浮かべる玲奈だが、僕の反応がイマイチだったのか、ふふふ・・・の後で表情が固まった。


「おまえってそういうキャラだったのか・・・」
「ち、違う。本当に美夏が伝えろって言ってたんだから」
 今度は僕が笑う番だった。
「今さら美夏になにができるよ。もうすぐ俺と慎也は、電車に乗って東京へ行くんだぜ。この街に帰ってくるって言っても、当分は先の話しだ」
「本当・・・なんだってば」

 悔し泣きか。僕はいい加減、こんなふぬけた会話など、さっさと終わらせたいと思った。
 終わらせて、一刻も早く東京へ行きたいと思った。元ひきこもりの俺が慎也をつれて、一人暮らしをする。
 きっと大丈夫。慎也は今の僕のようになって帰ってくる。自分には自信があった。愁にも文太にも教わった事を慎也にも伝えよう。そして、それ以上に僕が感じたことを教えてやるのだ。きっとうまくいく。僕はそんなことを考えながら、悔し泣きを浮かべる玲奈をよそに、今いるホームに一番近い男子便所へと早足に向かっていた。慎也。のんびり糞なんかしている場合じゃないぞ。トイレへと駆け込むと、扉が閉じられている個室はひとつしかなかった。使用中の個室へ向かってノックをした。


「慎也。俺だ。早くしろ。もうすぐ、電車が迎えに来る時間だ」
 ドンドンと叩いても、一向に返事すらない。ここまで、慎也が意固地いこじだとは思わなかった。
 いくら個室とはいえ、駅の便所だ。薄いベニアの板一枚ぐらい足で蹴り破れる。
 しかし、旅立つ日に器物損害で捕まる、なんてごめんだ。そこで、僕は気付いた。

 天井がある。
 あの天井の隙間から強引に忍び込めば、さすがの慎也といえども観念するはずだ。
 僕は銀のドアノブに勢いよく跳び付き、足をかけてなかを覗き込んだ。


「慎也!!」

 声は、視線と共に凍りついた。男子便所の個室にいたのは、猿轡さるぐつわを噛まされ、手を後で縛られた見覚えのある金髪だった。




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