INITIALIZE ORIGINAL NOVEL
終わらない鎮魂歌を歌おう
vol_1/4 青春挽歌
傾きかけた日常という日々のなかで、俺は、思っていた。
人はなぜ生きるのか、生きつづけなければいけないのか。
例えばそれは、夕焼けに染まった空をみた、子供の頃。
例えばそれは、将来になんの不安もなく希望だけがあった頃。
「ねぇ、ばあちゃん。なんで、俺たちは生きてるのかな?」
それは誰もが一度は思ったこと。
傾きかけた夏の夕日をながめながら俺とばあちゃんは縁側で三角山にカットされた西瓜を食べていた。
赤いシャクシャクとした食感。色と同じで淡い甘さが口のなかをいっぱいにした。
夏休みの宿題が終わってない。自由研究の朝顔の観察日記も途中までしか書いていない。
漠然としながら、他人事のように感じてしまう。「あしたがあるさ」そんなかんたんな言い訳ですます俺だった。
傾きかけた夕焼けを見ながら、俺とばあちゃんはいつまでも、一緒にいて、いつまでも、こんな淡い西瓜をたべていられるものだと信じていた。
だけど俺は知ってしまった。自由な時間というものは人生にとってほんのひとときでしかなく、だからこそ、たのしかったのだと。
ばあちゃんが息を引き取った夏の朝。夏休みが終わることのように俺の日常は途切れてしまった。
最初にみた幽霊という存在。葬式が終わってから、俺はいつもの縁側で座っていた。
決して戻らない、昨日のように。
「ねぇ、ばあちゃん。なんで、俺は生きてるのかな?」
喪服姿の俺は、ばあちゃんと縁側で座り、夕焼けをながめながら言った。三角山の西瓜はもう、そこにはない。
沈む夕日だけがいつもとおなじ淡い西瓜色でそこからみえた。
あの日から、俺は自分が実物の幽霊というものを見えてしまうことを知った。
そして、一度終わってしまった日々は決して戻らないことも知った。
生きる意味があるとしたならば、それが人それぞれ意味を為すことならば、
俺にも欲しかった。
生きる意味。
※
雨が降っていた。
まるで夜のように暗い昼下がりのトンネルに俺は足を踏み入れていた。
季節は夏、トンネルの外の道端には雑草がアスファルトの裂け目から根をみえない場所へと拡げているのが視線の端で見てとれた。雨のつゆに深緑のちいさな葉をぬらしながら、ひっそりとその身を隠すように。トンネルのなかは暗くて、どこか夏の湿気がここだけ風にながされずたたずんでいる。コンビニでのバイトの帰り道、俺は傘を忘れてこんな場所で雨宿りをすることになった。まぁ、これもたいして高くはないバイトの一環としてだが。
「今日こそ、本当に出るんでしょうね?」
死神、ヤヨイの問い掛けに俺はまたも適当に言葉を返す。
「出るんでネェの?」
死神との生活をはじめたのは、俺に霊がみえるようになった頃からだった。
幼い頃、祖母が死んで、たぶんその頃からだ。
「無駄に霊感なんてものだけが強いから、こんなことやってんだろうな、俺」
降りしきる止む気配がない雨。空模様は依然として変わらずどんよりと重い雲が視界いっぱいに広がっていた。見渡す限りの灰色の空。
「まったく、損よね、無駄に霊感があるだけで、除霊法のひとつもつかえないなんて」
「つかえてないよな、俺って」
「ほんとつかえないね、幸助」
だから、俺は“生と死の仲介人”なんて仕事をまかされてもしまったのだが。
損得勘定で言えば、まったくもって、“損”なだけのこの仕事なのだが、俺には仲介人を辞めることができない理由があった。
「昔っからなんだよな、霊が憑きやすい体質」
ふとした瞬間に感じるこの悪寒。そして、ただ瞼を閉じることだけしかできやしない俺は、死神なんぞに祈ることしかできない。ゆっくりと、そう、瞼を閉じて。視界が閉ざされて、普通の人間では感じることのできない気配が近づく。
「そろそろだ、ヤヨイ」
ひゅん、と一度の空気を裂く音。
ただ、それだけ。たったそれだけで終わった。
「もう、見ていいよ、幸助」
瞼を開くまえに、ひとつの俺へと近づいてきた悪寒、気配がさっぱりと消えていることを感じながら、俺はいつもとおなじように瞼を開いた。そこにいたのは、死神、ヤヨイただひとり。
「除霊終わり」
ヤヨイの放った言葉に俺は思わず笑ってしまった。
「な、なによ!?」
「死神が“除霊”だなんて、やっぱり変だ」
「しかたないでしょ、あんたが仲介人のくせにその除霊もできやしないんだから」
「・・・まぁ、そりゃそうだが」
“生と死の仲介人”である俺は、世にも珍しい死神でさえもみえてしまう一般人。そして、一般人だからこそ、みえるだけで除霊法のひとつですら使えない仲介人でもある。死神、ヤヨイに霊感体質が強いゆえに近づく悪霊から守られてもいるというなんとも情けなくも悲しい仲介人、それがこの俺、西園幸助である。
「あんたさぁ、ちょっとは除霊法のひとつも身につけなさいよ、他の仲介人からなんて呼ばれてるか知ってるでしょ?」
死神に守られて、しかも説教までされる俺っていったい・・・。
「知ってるよ、うっせーな。ヤヨイまで神父のオッサンみたいなこというなよな」
「な、なにぃ!?」
そうとも、俺は仲介人でありながら、ただの普通な一般人。
他の祓魔師(ふつまし)とか呼ばれるような除霊法を扱える人間とは違うのだ。
そんな俺につけられた渾名は皮肉にも哀しくも虚しい。
「そんなんだから、あんたはいつまでたっても“死神憑きの幸助”なんて呼ばれてるのよ」
俺をなんと呼ぼうが好きにするといい、だって俺はただの普通な一般人なのだから。