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終わらない鎮魂歌を歌おう


vol_2/4   青春挽歌



 もう、過去のことだ。
 祖母が死んで、その祖母の葬式が執り行われたのは、祖母が昔、若かれし頃に修道女として神に仕えていたという古い教会だった。祖母が死んでからというもの、俺に祖母の幽霊がみえてしまうことを相談できるのは、唯一、この教会に勤める神父様だけだった。神父様、吉崎観音(よしざきみね)と名乗るその神父様だけが、当時、たったひとりだけの、俺の死神でさえもみえてしまうという特異体質を相談できる相手だった。時として、特異体質以外のことでも相談に乗ってくれた神父様に、俺は祖母に昔、訊いたこととおなじことを神父様にも質問したことがある。



「ねぇ、神父様。なんで、俺たちは生きてるのかな?」
 短い白髪で眼鏡をかけた神父様に俺はその当時、心から尊敬の念を込めていた。現在では到底、信じられないほどに。
 神父様は唐突に訊いてきた唐突なる餓鬼である俺に、わざわざ膝をついて学校から下校したての俺に視線をあわせてもくれた。
「んー、難しい質問だね幸助くん」
 にっこりと微笑む神父様をみつめて、当時の俺はなにを感じただろう。
 神々しいまでに神父様を信じ、尊敬をしていたのかもしれない。
 だからこそ、こんな答えさえあやふやな質問を訊いたのかもしれない。


「人は、皆、しあわせに生きるために産まれてきたんじゃないかな。誰一人、不幸せになることがないように」
 俺は、その頃、恥ずかしながら神父様の言うことを本気で信じていた。
「でも、神父様。世の中には、不幸せな人はいっぱいいるよ。戦争だってまだ遠い国で続いてる」
 そして、神父様も、そんな俺をみて微笑んでもいた。
「そうだね。不幸せな人がいっぱいいるね」
 俺は、どうしてかと尋ねた。なぜ、そんなことをするのかと神父様に尋ねた。
 同じ人間同士、傷つけあい、なぜ、知りながら不幸を選ぶのか。
 神父様は一瞬、言葉につまりながらも、俺の両肩を両手でしっかりと抱きながら言ってもいた。


「いいかい、幸助くん。大人になるっていうことは、いろんなことを失くしてしまうことなんだ」
「・・・え!? そんなこと、ないよ。大人になればいろんなこと、できるようになるじゃん。大人になれば、いろんなところにひとりでいけるようになるし、いろんなこと、わかるようになるじゃん」
 神父様は無知なるそんな俺をやはり、微笑ましく言って諭してくれた。
「だからこそ、失くしてしまうんだよ」


 俺は、やはりその頃は純粋だった。
 まだなにも知らないでいた無知なる子供でもあった。
 神父様のいう言葉の意味。現在ならわかる。だが、無知なる俺はその頃、神父様のいうことが理解できないでいた。
「わからないよ、神父様のいっていること」


   ※


 夏の夕暮れ、縁側で祖母と一緒に食べた淡い西瓜の味。
 祖母は俺の無茶苦茶とも言えるこの質問になんと答えたのだったか。

「ねぇ、ばあちゃん」
「ん? どうしたんだい?」
「人はなんで生きるんだろうか?」
「人はなんで生きるか。・・・なんでだろうね?」
「・・・こたえになってないよ、ばあちゃん」
 祖母は、そんな俺に、現在までに一番近い答えを言ってくれた。
「幸助、いいかい。人はなんで生きるのか。そんなもんに答えなんて、ないんだよ」
 当然ながら、過去の俺はそんなことでは納得するはずがなかった。

「なんで?」
「なんでも」
 微笑む祖母に、俺はきっと困った顔を返していたのだ。
「でもね、幸助。今はわからなくても、大人になれば、わかることなんだよ」
「こたえがないことが、こたえってことに?」
 祖母は、その時、俺の質問にはなぜか答えてはくれなかった。
 俺の方をみて微笑み、そして一言、付け加えた。
「逆に、大人になってわからなくなってしまうことがある」
「うそ!? それ、ホント!?」
「幸助もいつかきっと、嫌でも大人になればわかってしまうことなんだよ」
「ばあちゃん、じゃあ、俺、今なにをすればいいかな?」
 祖母は微笑み、そして一番正しい答えを導き出した。
「宿題やんな」


   ※


「本当に、いいの? 幸助?」
「・・・あ?」

 平日のドッ昼間。
 マクドでバーガーを口に運んでいた俺は森永のこの問いの意味がわからないでいた。

「なにがぁ?」
 随分と、いや、そうとうに間の抜けた問いである。
 森永は苦笑いを隠しきれないでいた。

「いや、だから、その、私をバイトに誘ってくれるっていう・・・」
「ああ、そのこと」
「・・・そのことしかないんだけどね」
「いいよ、別に。店長に紹介してやるぐらい」
「ホント、ホントに!?」
 なにがそんなにうれしいのか、俺にとってはまったくの謎だ。
「森永って俺より年上のくせして“無職”だったんだな」
 俺の不用意なる一言で、森永が言葉どおりズーンと重く落ち込んでいく。
「う、うそうそ。森永。冗談だっつーの」
 まったくもって、いまだわからないでいることが多々ありすぎる。
 大人になれば、わかることがあるだぁ?

 まぁ、確かに大人になれば見失ってしまうことがあることは認めようではないか。
 しかし、・・・しかしだ。わかることがあることなど、本質的にはなにひとつないのだ。
「森永、なぁ、そんなに気に詰めるなよ」
 眼帯をとって街中を歩くことができるようになった森永は、右目は義眼の黒で、左目は空の色とおなじ蒼い色の瞳というコントラストの差でより一層、落ち込むと雰囲気で普段との落差がわかるようになった。
「俺をみてみろよ。バカでなんの取り得もなくて、そんな俺でも、バイトのひとつやふたつ、やってこれたんだぜ。森永になんの不安があるというのだね?」
 そのときだ。パァァァァ・・・、と曇天の隙間から太陽の射光が差し込むがごとく、森永の表情が晴々しくなっていく様をみたのは。
「そうだよね、よくよく考えてみたら、幸助にできて私にできないなんてありえないよね」


 正直、かなり失礼である。
「そうだぜ、俺にできて、森永にできないことなんてない」
「だよねー。そう、思うよね幸助も。幸助にできて私にできないことなんてないんだよ」
「そうだぜ、さあ、もう一度復唱してみよう!」

「幸助にできて、森永にできないことはない」
「幸助にできて、私にできないことはない」

「さぁ、もう一度! 幸助にできて、森永にできないことはない」
「幸助にできて、私にできないことはない」


 ・・・なんだ、これ?
 今という時間帯が平日のドッ昼間であることに感謝したいくらいだ。
「ありがとう、幸助。なんか勇気が出てきたよ」
 勇気ときたか、勇気と・・・。
「だろう? 俺に比べりゃ、森永なんて全然、まともだよ。全然」
「当然だよね!」
「・・・もちのロン!!」
 微笑みを取り戻した森永に俺はなんとなく自分という存在が惨めになりさがっていくのを自覚せずにはいられない。




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