INITIALIZE ORIGINAL NOVEL
終わらない鎮魂歌を歌おう
vol_4/4 墜落堕天使
なんとなく、漠然。
なんとなく、存在してはいけない。
なんとなく、空白。
なんとなく、なにもない。
一般的に言われている鬱の症状に似ているが、これはやはり鬱とはどこか違っていた。
いつか、どこかで、なんとなく、予兆も、前触れもなく、とつぜん起きる。
なんとなく、“消えてしまいたい”
全てが、もう、どうにでもなっていいと思える瞬間。
俺はその鬱と酷似している症状が現れる。“死にたがり”でもある。
「俺が、死にたがり?」
森永は相変わらず俺を見ていた。
そんなことは、あってはいけないことだった。
“生と死の仲介人”である俺が、俺自身が“死にたがり”であることなど、あってはいけないことであった。
「自覚してんでしょ? もう、さ?」
森永の言葉は、すでに女生徒を助けたときと異なり、いつもの無感情さに戻っていた。
そして、俺は、俺自身は、認めることを否定できない。
「・・・はぁーあ」
月明かりが照らす校舎の屋上で、なぜだか俺は溜息しかでない。
「いつから気付いてた?」
「最初から」
「・・・最初から、っておまえ」
「電車に飛び込もうと思ってた、あの夜から気付いてた」
俺はいったい、なにをしていたのだろうか。
“幽霊”が見える、“死神”が見える。ただ、それだけ。
「私ってさ、少しだけだけど、人の心が見えるんだよね」
そう言ったのは、森永。
月夜に照らされた屋上で、彼女は右目の眼帯をとってみせた。
「これ、・・・のせいで」
森永の右目の瞳は、黒だった。
「義眼なんだよ、私。・・・左しか見えないの」
俺はなにも言わず、森永にもう一本の新しい煙草をやった。
森永も黙って受け取り、一服してから話は再開した。
「この学校にいた頃、いじめにあってさ、私、ハーフの子供だったから、産まれたときから両目とも瞳が青だったんだ。昔から人の、周りの目が気になって、大人しくしていたんだけど、それが逆に気にくわなかったみたい。どうしようもない不良の奴らにからまれてさ、気付いたら、女子トイレの壁に背中押し付けられて、小型のナイフ、・・・バタフライナイフっていうの? それで、・・・抉られた」
※
「痛かったなぁ、そのとき。ほんと、死ぬかと思った。死んだほうが楽だったかな?」
森永の言葉に、俺は身動きひとつとれないでいた。
「・・・学校は、なんにもしてくれなかったのか?」
ようやく出てきた言葉が、こんな言葉。
「してくれたよ。ある程度なら、・・・実際、ニュースにもなってそれなりに騒ぎになったんだけどね。それ、相応の、ただ、それだけだよ」
森永のいうそれ相応とは、どれほどの代償だったのだろうか。
俺には考えもつけない。俺と、そして森永も、煙草の煙を吐き出した。
「それだけ、だったんだよ。ほんと」
夜風のなかで、森永と俺はいったいなにをしているのだろう。
語り合い、お互いを理解しようとしている。決して、片方が感じてきた同量の共感は得られないと知っていても。
「じゃあ、この学校は卒業してないんだ?」
だから、俺はこんなくだらない質問をしてしまったのだろう。
「・・・あたりまえじゃん。こんな、学校。・・・だから、今夜、あの後輩が私より先に死なせることはさせなかった。私より、不幸じゃないのに、私の死ぬはずだった所で先に死なせるなんて、させられるはずがない」
森永が、少女を止めた理由。
自殺を止めた理由。
「私の右目、見えないけど、見えるんだ。“人の心”が」
全ては、そういうことなのか?
「眼帯で隠してても、夜、寝ていても。この右目の義眼が、・・・だから、私、人の目とかちゃんと見れないし、見られたくもないし」
人は平等じゃない。
生きることも、死ぬことも。
全ては不平等で満ち溢れている。
「だから、私、・・・『消えたい』」
それこそが、現実。
※
救いのない物語。
たったひとつの物語。
先の見えない物語。
森永明音の見てきた現実は、いったいどの物語だっただろうか。
俺には、正直なところ、どれもあてはまることだと思う。
正直なところ、俺なんかには、とても救える範疇を超えていた。
だから、俺は、そうすることしかできなかった。
「だからって、俺は、絶対、おまえを死なせたりなんかできないからな」
俺ができることは同情して泣くことよりも、
答えを一緒に探すことよりも、
こうすることしかできない。
死んだら、そこまで。
それで終わりだからだ。
月夜が照らす空に煙草の煙が上っていく。
一筋のその白い道筋は蜘蛛の糸のように見えるようで、見えない。
たとえ、この見えている視界が不平等だらけだろうと、過去に縛られていようと。
生きることが許される者は、生きる意思がある奴、
それと、つらくとも、生きている人間、だけだからだ。