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終わらない鎮魂歌を歌おう


vol_3/4   墜落堕天使



 一歩間違えば、自殺幇助。
 自殺者を止めるということは、この罪と紙一重になる。
 死にたいから死ぬ、生きたいから生きる。
 生きることは本来、これほどまでに単純であってはいけないはずだ。
 生きたくても、生きられなかった人間もいる。
 それと同等で、死にたくても死ねない人間もいる。
 たとえば、いまここに立ちすくむ俺のように。


「こないでってば!!」
 そして今夜もおおとりものである。
「幸助、さぁ、どうする?」
 のん気に構える背後の人影は森永であった。
「ったくさ、おまえの学校は自殺者のファームか?」
「・・・知らないよ。先客がいたんだから」
 いつもの校舎の屋上にいたのは、森永と、もうひとりの投身自殺予定者だった。

「ねぇ、そこの後輩」
 森永が俺が来るまでこの女生徒をとめてくれたところまでは感謝する。
 だが、感謝するのは、そこまでだった。
「死にたいなら、さっさと死になよ。この人、キミの晴れ舞台、邪魔する気だよ」
 女生徒はすばやく俺に一瞥をくれた。そして、それをみて笑い声をあげた森永にも。
「あは、あははははははは・・・」
 なぜ、女子高の校舎屋上に男である俺がこの時間にいるのか。なぜ、卒業をはたしたはずであろう森永が笑っているのか。彼女には理解できていないはずだ。
「な、なにがおかしいんです」
 女生徒は俺を通り越して森永に先手を打った。
「あ、ああ、ごめん。だって、キミあまりにも真剣だったからさ。笑っちゃったんだよ。・・・で、原因はなんだっけ?」
 少女は睨む。その先にいるのは俺ではなく森永だ。
「イ、イジメだ。そうだ、イジメだよね?」
 少女の視線はさらに一段と強張ったかたちとなった。
「なんで、・・・なんで」
「・・・は?」

 森永と名も知らない少女との会話がつづく。
「さっきまで止めてくれたのに、どうしてあなたも私を傷つけるんですか?」
 俺は黙って会話を聞くことにした。森永が次に発する言葉を、俺も知りたかったからだ。
「だって、馬鹿らしいじゃん。まじめに死ぬ奴、見送るのって。みててムカツクんだよね。つらいのが自分ただひとりだと思ってんでしょ?」
 俺は唖然としていた。森永がこれほどまでに感情を出して喋っているのははじめてだったからだ。
「生きることが許される者は、生きる意思がある奴だけだ」


 次の瞬間、俺の横を風が吹いた。いや、森永が俺の横を走り抜けただけだった。
 森永は俺より先に彼女を羽交い締めにして抱きついた。
「幸助!!」

 森永の声に一拍遅れて俺も少女に駆け寄る。
「放してよ!!」
 少女が叫んだ。
「放したらどうする? 飛び降りるのか?」
 俺はなにもできずにいた。ただ、その一部始終を見届けるだけで。
「死なせて、死なせてよ!!」

 俺と、森永はなにも言い返すことはできなかった。
 これから死ぬ人間。それを止めるはずだった人間。
 ただ沈黙することだけが、肯定も否定も意味していた。
 なぜ、死んではいけないのか、誰が死ぬべきだと決めたのか。
 ・・・そんなことは誰も決めてはいない。

「自分が決めているだけだろ」
 俺は森永の言葉を確かに聞いた。
「死にたいなんて、そんなこと勝手に決めるな!!」


   ※


「なんだったんだろうな、あれ」
 そして、今夜も俺は煙草に火をつける。
 俺が吸う隣から森永は俺の口から煙草を取ると、自分の口へと咥えてしまった。
「慢性的な自殺志願者をとめるには、同じく死のうとしている自殺者をとめることで精神の安定が保たれる」
 森永の発した一連の言葉は一部を除き、全て俺の言葉だった。
「わざと遅刻しただろ、幸助?」
「・・・さぁ?」
 俺はあらたな煙草に火をつける。
 ちりちりと先端の煙が空にあがっていく。
「まえまえから訊きたかったんだけど、なんで、幸助は死にたい奴がわかるんだ?」
 俺は煙を胸いっぱいまで溜め込み、一気に吐いた。
「死神が見えるんだよ、俺」


 女生徒はあれから、なんとか落ち着きを取り戻し家へと帰っていった。
 本当に家へと帰っていったかは知り得ないが、それでも俺はともかく森永は今夜はじめて自殺者を止めた。
「気分はどうだ?」
「・・・悪く、・・・なくない」
 どっちなんだ、と思いつつ俺は森永を見やる。
 森永は俺を見ていた。眼帯の右目の先で蒼い瞳の左目が覗く。
「“死にたがり”だからだろ、幸助もさ?」




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