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終わらない鎮魂歌を歌おう


vol_2/4   墜落堕天使



「森永明音(モリナガアカネ)、享年“二十四才七ヵ月”、死亡時期“本日、午前三時四十六分”、死因“リストカットによる出血過多”」
 死神、ヤヨイの読み上げたリストにまたしても、森永の名があがった。
 一拍置いて、溜息まじりにヤヨイが続ける。
「慢性的な、“死にたがり”だね。すくっても、すくっても、らちがあかない」
 俺は自室のベッドを背もたれにして灰皿に山とつまれたシケモクから一本を抜き取り火をつけた。
 折れ曲がったシケモクのフィルターを噛みつつ、寝ぼけ眼のまま、気付けばシケモクの根元まで吸い込んでいる。
 口元に迫る火の熱と、根元に近づくにつれ強烈に喉に沁みるニコチンとタールの刺激。
 時刻は深夜、三時手前。最近の“仲介人”としての俺の仕事はこんなことからはじまる。


「ねぇ、幸助。・・・大丈夫?」
 最近、俺は半分、廃人のような顔をしているそうだ。
 ヤヨイの言いたいこともわからなくはない。
 俺はこれでも慢性的なヘビースモーカーだ。煙草なしでは生きていけない。
 当然ながら、煙草は人体に毒であり、ましてやシケモクなど、なおさら身体に毒だ。
 それでも、俺は吸う。吸わなければ、生きた心地がしないからだ。
 慢性的な喫煙者が、慢性的な自殺志願者を止める。
 世の中、まだまだ捨てたもんじゃない。


 俺は手近にある携帯に手をのばし、煙を吐きつつ、森永の番号を発信した。
 そして、いつものように受信する森永は、死ぬ間際にあらわれる“ロー”か、“ハイ”のどちらかのテンションで俺をむかいいれてくれる。
「ヤァ、まってたよ、幸助」

 ・・・今日は、“ハイ”だ。
 俺はあらたなシケモクの煙を肺から吐き出す。
 吐息が受話器をつたって森永にまで聞こえてしまったようだ。
「なに、幸助。また煙草吸ってんの? 身体に悪いんだよ、煙草は。いい加減、禁煙しなって!?」
「・・・ごめん。煙草だけはやめられないから、俺」
「まったく、私が注意すれば、これだから」
 森永の声がする。とてもこれから自殺をする人間の声とは思えない明るくハキハキとした明瞭な声だ。
「おまえ、今度はリストカットしようとしてただろ?」

 そして、突然、途切れる会話。
 ・・・ブツ。ツー、ツー、ツー・・・。
 俺は黙って、その音を、途切れた音を聞いているはめになる。
 それが俺と森永との仲であり、全てなのかもしれない。


 死神、ヤヨイと共に、その場で止まる時間。
 俺はそのまま受話器を耳にあて、シケモクが根元まで灰になるまでまっている。
 ツー、ツー、ツー・・・。聞こえる音は、いまだ途切れたまま。


   ※


 この世界に神様がいるとしたら、どこにいるだろう。
 ある小説家はいったものだ。神は反復する瞬間にいると。
 それは、例えば海の反復を繰り返す波だったり、心臓の鼓動であり、人と人とが結ばれる瞬間だったりするのだろうか。
 ・・・まあ、俺には縁のない話だが。

 チャッチャラッチャチャー。
 神様がいるかもしれない瞬間。俺にとっては、それはパチンコのエンドレスにながれる電子音だったりする。
 それも、もう、残りの球がすくないときている。
「神は、いないのか?」

 反復する世界。
 それは、即ち、この退屈で、なんの希望もない世界と重なる。
 日々の退屈な労働。日々の変わりばえのしない現実。
 それが俺を生かしている。生活の鼓動でもある。
 止めれば死ぬ。止めてはいけない。
 生きることは、生き続けることで、それもやはり“反復”といえる。
 神は間違いなく、反復の瞬間に存在する。

「いらっしゃいませー」
 そんな、俺の生活の鼓動に終止符を打つ存在。
 だから、俺は、終止符を打たせてはならない。
 俺自身が生き延びるために。


 死神、ヤヨイ。
「ハイ。じゃあ、今週の自殺者のリスト。ちゃんとわたしたかんね」
 こんなこと、本来ならば、ありえないことなのに。
「なあ、ところで、おまえさぁ」
「ん? なに?」
 俺の平凡だが平和だった“反復”の過去に終止符を打った存在。
「死神、だよな?」
「・・・なにを、いまさら」
 これが、今の俺の現実。


 終わらせてはならない。
 なぜならば、終わらせてしまえば終わってしまうからだ。
 だから、俺のような奴は終わらない鎮魂歌をうたわなければいけない。
 まったく、・・・どこまでもつづく終わらないうたを。




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