INITIALIZE ORIGINAL NOVEL
夢見草
vol_1.0 片恋襤褸
外国人が日本へ観光する場合、ある程度の予想はつく。
それは、例えるまでもなく日本国内で有名な土地だったりする。
田舎から出てきた俺がいままでろくに外国人を見てきてこなかったのだからその辺は、はっきりと断言できる。
観光地でありながら、さらりと路地を歩くリュックを背負った背の高いアメリカ人や、
やたらと軽装で、肩のひきしまった筋肉を露出しながらステップを踏む黒人を、
それこそ目の前にしたときなど、はじめて動物園で像を見た瞬間と同じ瞳で眺めていた。
すげぇと声に漏らすほど街中の超高層ビルは天に聳え建ち、
田舎とは比べ物にならないほどの歩道は車道ではないのかと疑ったりもした。
そんな、俺が今、一番、度肝を抜かされている事といえば・・・・。
1
「・・・俺は、捕まった宇宙人か?」
両脇を美夏と玲奈にはさまれた金髪が、またくだらんことを喋ったか。
ふたりの似ていないようで、その視線は限りなく差別に近い瞳で答えた。
まあ、このふたりの事だ。両脇を美女にはさまれた金髪が、またくだらないことを口走ったか、
とでも思っているのだろう。
「それにしても、だ」
立ち止まると、一歩前へ踏み出した美夏と玲奈が、ほぼ同時にふりむいた。
いぶかしげに向ける視線を見つめることができず、
俺はたまらず背けてしまってから訊いた。
「なんで、・・・秋葉原?」
なんでって・・・
「パソコンのパーツ買いに」
「探偵用具買いに」
「・・・さいですか」
なにが怖いって、俺に訊かれてから、一瞬、微笑んではかったように声をそろえて答えたのが怖い。
玲奈に関しては、容姿から考えて今の答えに違和感があるのは目をつぶるとしよう。
問題は、美夏だ。なにが探偵用具だ。筆記用具じゃねぇんだぞ。
そもそも俺はこいつに拉致られてたし。
気付いたら正登に助けられていたし。
まったく、わけがわからない。
再び歩き出す。
歩き出すと口が軽くなる。
「なあ、おい」
「おいって名前の人はあいにくここにはいないよ」
美夏がふりむきもせずに答えた。一歩後を行くだけで、そのことが見えてしまう。
一歩後を歩く人間は、最前線こそ見えないが、前をいく人間の背中はきっちりと見えているのだ。
・・・などと哲学的な事はよそう。気付いただけで、どうってことはないんだから。
まあ、なにかの文章を書くときには役に立つかもしれないけれど、俺がこいつらと秋葉原の電気街を歩く事を小説に書くなんて、まずありえないだろう。美夏の背中を見ながら、俺は、呼んだ。
「なあ、美夏」
立ち止まりふりむく美夏。
一歩、遅れて立ち止まる玲奈。
すでに立ち止まり、見ていた俺は、またくだらない哲学を理論した。
※
「冗談じゃない」
「やけに、はっきりとものを言うのね」
あやしい笑顔が貼り付いた美夏に俺の表情は変わらないままだ。
表情は取って付けたような笑顔なのに、喫茶店のアイスコーヒーを啜る口元に視線が行くのはなぜだろう。
ホットドッグを手に取り、頬張る美夏。俺はホットコーヒーをしゃじでかきまわしてから、ひとくち啜る。
「また、正登を驚かせよう」美夏が言う言葉に、
「今度は俺が、手前を縛り上げてやる」と、答えると、
「冗談」と返ってきた。
白いちゃちいスプーンを、コーヒーカップから取り出して、美夏に突き出す。
ホットドッグが、美夏の口の奥へと吸い込まれる。だから、なんてことはないんだけど、・・・。
俺は気付いた時には、喋っていた。
「おまえって結構、エロいんだな」
やばい、口元が歪む。
ホットドッグを口の奥へと入れた直後で、動作がピタリと止まった。
目線だけが俺を捉えた。美夏の瞳に金髪が映っている。
「残念でした。俺は正登みたく、会話に気をつかわないよ。訊きたいことは、その場で訊く性質なんだ」
ちっとも悪びれもなしの俺に、美夏はとりあえず口に入れたぶんだけのホットドッグを噛み千切った。
ソーセージのはじけるような音がした。ちょっとつまらない顔をして租借の後を、コーヒーでながした。
そして、ひとこと顔に貼り付いた言葉を呟いた。
「つまらないの」
それっきり、そっぽをむく。
俺は美夏のいつもの行動とそれの扱いになれているので、
いつものように言葉を返す。
「そういうこと、言うかね?」
「だってつまらないし」
「・・・正登の方が、おもしろいとか言うなよな。香月にも、久しぶりに会ったら、それ、言われたんだから」
「正登の方がおもしろい」
「・・・いうな」
「なにげに香月って呼び捨てにしてるし」
「・・・ここだけ」
「金髪だし」
「関係ねぇ」
「ほんと。なんで、あんなやつ好きになったのか、イマイチわからないのにね」
語尾に“ね”を付けるな。同意を求めるな。
訊かれても、知らん。
「恋ってやつじゃねーの。それとも、本気で正登のこと、好きになっちゃったとか?」
悪ふざけに訊いたつもりだったのだが、
「・・・そうかもね」
おいおい、認めちゃったよ。
「本気と書いて、マジ?」
返ってきたのは、きつい視線。
「本気だったら、あたしは、どんなことだってするよ」
「・・・そうだな」
そうだな。こいつは、正登を困らすためだけに、俺を探しだし、連れ帰って不器用ながらも正登にあわせた奴だった。
探偵といえど、本気でなかったら、こんなことできるわけなかったな。