本日は厳しい寒さの中、ご遠路からの方々をはじめ多くの皆さまにお越しいただきまして本当にありがとうございます。主催者の栃木県立美術館、下野新聞社に心からお礼申し上げます。そして、お二人の学芸員、木村さん、石田さんの二年近い準備とご研究に心からの敬意を抱くものです。寒い、暑い、極めて劣悪な環境の、我が如輪房で作品と資料に向き合うその姿は、賢二の仕事を今日に蘇らせ、続く時代に手渡していく作業の、ひとつの過程であろうかと、眩しく頼もしくみつめるばかりでした。

父賢二の没後30年が過ぎたわけですが、晩年のスケッチ帳に向かう姿、また父の草花スケッチの画題をもとめて探し歩き、父の作品や資料を整理し続ける母よしの姿はつい昨日のことのように見えております。

ここ展覧会場にあるすべての作品、資料は母の思いによって残されてきたと言えるでしょう。さらに母の思いを噛みしめ20年余の活動を続けてきた鈴木賢二研究会の皆さまのお力であると思っております。創立以来鈴木賢二研究会の代表をお務めくださり、一昨年亡くなられた小林吉一先生は、この展覧会を天上でどれほどにお喜び下さっていることでしょう。この場をお借りして、小林先生のご冥福をお祈りするとともに鈴木賢二研究会の皆さまに感謝の意を表したいと思います。

この展覧会は、賢二の仕事を単に回顧する展覧会ではないと思っております。お二人の研究員のお力が、賢二作品に現代の息吹を吹き込み、新たな力を与えるものだと・・・。そして、次の時代へ手渡していくことになる展覧会だと・・・。この会場には、賢二の孫、ひ孫、玄孫もおります。ひ孫、玄孫たち、次の新しい時代に繋がる機会であろうかと信じております。研究員お二人の今日までのお仕事は、今後は観覧者の皆さまの手に渡され、次の時代へつながってほしい、と心から願っております。どうぞ展覧会に皆さまのお知り合いにお出かけいただけますようお話しかけ下さいましたら幸いです。

ここに、賢二の長男・故鈴木徹の遺族、長女・故慶野日出子の遺族、次女・鈴木亜子、三女・増田美奈子、私、四女・鈴木解子から皆さまに、御礼申し上げます。ありがとうございます。
         2018年1月13日          賢二・四女 鈴木解子
 
113日(土)に栃木県立美術館「没後30年 鈴木賢二展」が開幕しました。
↓ 栃木県立美術館HPをご覧ください。
http://www.art.pref.tochigi.lg.jp/exhibition/t180113/index.html

開会式でのご挨拶文からご紹介させていただきます。

    
 

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鈴木賢二の本 
『物売りの声が聞こえる〜記憶の風景』



  
  
                                                        





じょりんぼロゴ の名前の由来 

 関東平野の真ん中にある栃木市、冬の晴れた日には南に富士山がくっきり浮かぶ。
 北には雪をかぶった那須連山、東には形よく筑波山を望む。
 街の中心部には、栃木の歴史を静かに語るうづま川、西に大平山を抱き、
 その裾に永野川が悠々と流れる。暮らしの中に、関東平野の豊かな土壌を
 いただくところ、栃木市。

 永野川から分水された用水路、恵光院川。ここに架かる恵光院橋。橋の真下は大きく
 えぐられた洞であった。これがじょりんぼ。明治・大正生まれの子どもたちはここで遊んだ。
 「じょりんぼであそんべやー(遊ぼう)」。子どもたちにはじょりんぼが一日の遊びの場所.
 橋から飛び込むもの、洞にもぐって友達の足をひっぱるもの。
 遊びづかれれると橋のらんかんに腰かけて次の遊びを企てる,遠征を企てる。
 じょりんぼは明治、大正の近在の子どもたちの広場、ひろっぱ。
 明治生まれの木版画家・鈴木賢二の創造の原点。
      
    いま、あのじょりんぼはそこにない。

 じょりんぼは1979年創業。ふれあいとかたらいのところ、友が生まれ、
 愛の育まれるところ。今、じょりんぼはここにある。

鈴木賢二・鈴木徹 作品展示室 如輪房はただ今休館中です。

      

328-0044 栃木市富士見町2−4 栃木駅より徒歩6分 
電話・fax 
0282−24−9283 / 22−1093  eメール jyorinbo-tokiko@cc9.ne.jp
  
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