「人権センターとちぎ」を訪ねて
平成12年11月20日(月),あいにくの雨模様の中,私たちは前年7月
に,小山市にオ−プンしたばかりの「人権センタ−とちぎ」を初訪問した。到
着後,若干の説明を受けた後,早速和田先生の案内で,小山市内を視察に出
かけた。新幹線が通り,高架橋をたくさんの乗用車が走る。県南の中心都市
とも言える賑いを見せる小山市。その中心部に,ポッカリと袋小路のように
取り残された地域があった。そこは,主要な幹線道路からわずかに奥に入っ
た閑静な住宅地。しかし,気をつけて見ると,住宅地の東側は線路に阻まれ
て,小山駅の西口方面への道がなく商店と呼べる店舗は一軒も見当らない。
整然と建てられた家並みと,よく手入れされた畑,そして不自然に残された
空き地とが,11月の冷たい雨の中に浮かんでいた。
和田先生の説明によれば,小山駅西口方面へ抜ける道がないため,店舗も
進出せず,人通りも少ない。夜ともなれば,あたり一面真っ暗になってしま
うということだった。
その後,再びセンタ−に戻り,和田先生を囲んでの研修となった。研修は
現在の部落差別について政治起源説を前提に質疑応答の形式で進められた。
その中で,次のようなことが話題になった。被差別部落民は,決して貧困な
者ばかりではなかったということ。かつては,それぞれの役目に対する権益
が備わっていて,それ相当の社会秩序が成立していたということ。そして,
それらの権益が明治維新の解放令により失われてしまったということ。 「人
権センタ−とちぎ」では,こうした同和問題,更には民族問題や性差別など人
権に関わる団体・個人の活動を全面的に支援しているという。
何かにつけ,地縁・血縁というしがらみに縛られている日本社会。しかし
そうした地縁・血縁に代表される日本社会の持つ共同体の論理を,真っ向か
ら否定しなければ本当の意味での人権教育は進まないのではないだろうか。
なぜなら,真の人権教育とは,個人の尊厳に光を当てていくべきものなのだ
から。
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