現代人の法話 
〜 公共施設の活用を 〜

 最近、どこの市町村でも地方の活性化のために「ふるさと創生」のスローガンの下に、多額の公金をかけて博物館、美術館、資料館、研究施設、国民宿舎、森林公園など、各種公共施設を新設している。
 たしかにその趣旨には大賛成であり、その予算獲得や施設の整備のための公共団体関係者の努力を多とする。ところが一つ気にかかることがある。それは、施設が出来上がった当初はフルに活用されるが、数年経ち、ほとぼりが次第に冷めると、施設の維持管理・運営への配慮がとかくなおざりにされ、中には閑古鳥が鳴いてほとんど遊休施設と化しているところもあると聞く点だ。これではせっかく、私たちの血税で作ったものが宝の持ち腐れになってしまう。本当にもったいない話だ。
 地方文化の向上や社会福祉の充実は欠かせないが、不景気の折に、もしこうした形がい化した施設を、多額の運営費や多数の職員を擁して維持運営し、それが、身銭を切って運営している民間施設を、結果的に圧迫するとしたならぱ、何のための公益事業なのか疑念を抱かざるをえない。政府や地方自治体は経済の挽回策として多額の税金を投入し、公共事業への先行投資や減税をうたっている。が、せっかく使う公金なのであるから、税金の無駄遣いにならないよう、その効果のほどを追跡調査し、はたして国民のために本当に役立っているかどうかをチェックする必要があろう。
 また、その責任の一端は私たちにもあり、そうした施設を持つことに誇りを抱くだけで活用しなかったならぱ、それこそ施設はほこりだらけになってしまうことを銘記すべきであろう。(12月11日付「読売新聞」掲載)



Back