現代人の法話 
〜 人生に夢と希望を 〜

 最近の世相は、折からの経済不況に輪をかけて、私たちの周囲では家族の崩壊や未成年者の非行化や凶悪事件の多発などが日常茶飯事となり、世の中はどこを向いても暗い、嫌なことが多すぎます。おそらく皆さんは、こうした世相を垣間見て、これからの自分たちの生活がどうなるのやら、一抹の不安を感じておられるのではないでしょうか。
 戦前までは、日の丸親方の命令一下、国民の生活は規制され、したいことも出来ない不自由さに我慢しなけれぱならなかったものが、戦後は、したい放題、言いたい放題の利己主義がまかり通り、政府や全融機関はおろか、隣近所の人達や親戚、親兄弟ですら頼りきれない時代となりました。こうした状態にあってお互いが、ただ不満や愚痴をこぼしてフテくされ、やけ酒飲んで周囲に当たり散らしたところでどうにかなるわけではなく、半ばあきらめ顔で、手を拱ねいていたならぱ事態はますます悪化し、自分たちの人生はますます暗くなるばかりです。中にはこの世に絶望して自分の人生を絶つ人もいますが、これでは実もふたもありません。
 ではいったいどうすれぱよいのでしょうか。それにはまず、どんな時代であろうとも、周囲の風潮に振り回されることなく自立し、たった一度しかない自分自身の人生を悔いのないものにするために、夢と希望を抱くことではないかと思います。そのためには、趣味や道楽、仕事や勉強、子育てなど、自分が好きで、人に迷惑をかけないものであったなら、何であってもよいから手掛けることです。もしそういうものを自分は持ち合わせないというのなら、自分に宿題を課したらいかがでしょう。周囲をあてにして待っていないで、どんな些細なことでもよいから具体的に、たとえぱ「今週一杯でこの仕事を仕上げよう」とか「今年こそ身体をスリムにしよう」などと明日に夢と希望を託して計画し、実行に移すことをお勧めします。たとえ何かの事情で完遂できなくても、ダメで元々で、「自分にもここまでやれた」という自信と充実感がかならず得られると確信します。
 私自身のことで恐縮ですが、嫌なことに出合ってどうにもならないときには、ワープロに向かって自分のストレスをキーに叩きつけることにしています。そのお蔭か、いつのまにやら記録が溜まり、多くの本を出版させて頂きました。「そんなことに自己満足したところで、どれほど社会のためになるというのか」と反論する向きもありましょう。しかし、周囲に迷惑をかけないのであれば、何もしないよりましです。私たちが周囲に期待してその不甲斐なさを嘆き、嫌気をさして思い悩んでいるよりも、自ら行動を起こし、そうした実績を積み重ねることによって、自らも微笑み、周囲にも、良きにせよ悪しきにせよ、何らかの影響を与えるのではないでしようか。



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