現代人の法話
〜 仏教の信心とは? 〜
ふつう私たちは「仏」は自分以外のところにあると考え勝ちですが、大乗仏教の教え(特に自力を説く聖道門)によれば、自分の中の仏性(仏となるべき本来の自己)があり、それが自分の外なる仏性と同一化したとき、悟りが開かれるといいます。
それは他力を説く浄土門でも同様で、人格的な仏(たとえば阿弥陀如来)に願いを託して仏心が芽生えたときに、救いが得られるといわれています。
この境地を鎌倉時代の道元禅師はその著『正法眼蔵』で次のように詠んでいます。
仏道をならふといふは、自己をならふなり
自己をならふといふは、自己をわするるなり
自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり
万法に証せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。