現代人の法話 
〜 仏教的経済活動とは 〜

 最近、アメリカの低所得者向けの、「サブプライム住宅ローン」の焦げつきに端を発し、先物取引を手掛ける世界の金融業界はドル安などの悪影響で、巨額の損失を被っています。しかしながら、これは独り金融業界に留まらず私たちの生活にも、石油や食料などの物価の高騰で悪影響を及ぼしつつあります。
 こうしたことも元をただせば、先頃の「ライブドア」事件のように、一攫千金を夢見て投機マネーに翻弄された人のように、所詮「あぶく銭」ばうたかたのように消え去るものです。
 ところで、お金儲けはふつう卑しいとされますが、けっしてそうではありません。問題なのはお金を如何に儲け、如何に使われるかなのです。私たちの欲望には限りなく、それを正しい手段で儲け、使うことは決してやましいことではありません。その正しい手段とは、次の三点をクリアにすることです。すなわち(一)お金をむさばり、(二)不正に儲け、(三)人を困らせることです。これを仏教では「三毒」(貧・瞋・痴)といって、固く戒めています。そうした不正に儲けたお金は「お足」といって、どんどん逃げて行きます。
 その反対に、(一)お金儲けを自分の享楽に使わず、人生に役立たせること、(二)一攫千金を夢見ず、正当な手段で働いて儲けること、(三)儲けることによって人や社会に還元し、役立たせることです。こうした人をかつては「旦那=施す人」といい、「経済」とは仏教語で、人を救う手段という意味なのです。




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