
2001/ 10月12日(金) 晴れ 夜になって一時 雨
僕の勤める会社は、プラスチック射出成型品の金型の製作を主な業務としている。
で、僕の仕事は、その金型のCAD設計と、切削のためのCAMを担当している。
今日も僕は、ふたりの若い同僚と共に、設計室でマウスを操っていた。
その設計室に、午後3時半頃(正確な時刻は忘れた)、
事務担当の社長の奥様が、電話機の子機を片手に飛び込んできた。
「奥さんから電話。なんか、お子さんが大変みたいよ。」
ん?なんだ?いつになく真剣な表情の奥様の顔を見て、不安を感じつつ電話に出る僕。
保留状態の電話を耳に押しあて、外線につないだ途端、
耳に飛び込んできたのは、大声で泣き叫ぶ子どもの大声。
「もしもしっ、どうしたっ?」
「○○ちゃんが、車にはねられちゃったのぉ〜。」
泣き声は男の子。この時、泣き声が大きすぎてよく聴き取れず、
『こう』ちゃん(航・長男6歳)なのか、『りょう』ちゃん(諒・次男3歳)なのか、
この時点ではわからなかった。
「え?なんだって?どこでっ?」
「ウチの前ぇ〜〜。」
妻の言葉も泣きべそ状態で、状況もわからない。
バックに聞こえる泣き声の子供も、事故に遭った本人の泣き声なのか、
事故を目撃したためパニクっているだけの、もう片方なのかも判別不能。
「救急車は?」
「呼んだぁ〜。早く帰って来てぇ〜。」
「わかった。すぐに帰るっ。」
目の前に立って待っていた奥様に、受話器を手渡しながら、頭を下げる。
「すいません。息子が事故に遭ったみたいなんです。帰ります。」
一度、設計室に戻り、同僚にも声をかけていく。
「悪い。息子が交通事故に遭ったらしいんだ。帰るわ。あと、よろしくっ。」
我が家は会社から、車で7〜8分の距離。すいていれば、5分ほどで帰ることも可能。
そしてこの時間、道路はすいていたが、焦るあまり自分が事故を起こしたら大馬鹿だと考え、
いつにもまして安全運転を心がけている自分に気づく。
なんかの間違いかもしれない。事故としても、大したことはないさっ。
やがて我が家が見えてくる。
沿道には、ご近所の方々が何人も立っていて、我が家の方を見つめている。
我が家の前には、黄色い幼稚園送迎バスが停まっていた。
うわ、やばっ。事故はホントだったんだ。まさか幼稚園バスに、はねられた?
いや、よく見ると、その隣りに見たことのない軽のワゴン車もあり、
その横の方に人だかりがある。あれかっ。
我が家の隣の空き地の前に車を止め、すぐに軽のワゴン車に近づく。
「ほら、リョウちゃん。パパが来てくれたよっ。」
3歳の諒(りょう)が、不安な顔で駆け寄ってきて、興奮気味に叫ぶ。
「コウちゃんがね。車にね。ひかれちゃったの。」
そうか。兄の航(こう)のほうか。
ワゴン車の方からは、「痛いよぉ〜、痛い〜。」とひたすら泣き叫ぶ、航の声が聞こえる。
近寄ると、四つん這いで伏せる妻の下で、顔中血まみれで泣き叫ぶ航が横たわっていた。
「どうしたっ。救急車は?」
「呼んだけど、まだ来ないのぉ〜。
あのね、幼稚園バスから降りて、道路に飛び出しちゃったの。そしたらはねられちゃって。」
我が家の隣りと、お向かいも空き地になっていて、その向かいの空き地の前に幼稚園バスが停まる。
我が家の前の道路は、大人の大またで3歩程度の狭い道。
狭いとは言っても、チョクチョク車が通るから、普段から遊びに使っているわけでもないが、
横断にはそれほど神経を使う必要はないような道なのである。
それでも、いつもなら、車の陰からは絶対に飛び出さないようにシツケていたつもりだが。
実は前日、年長組の航は、幼稚園でお泊まり会があったのである。
幼稚園児のお泊まり会となると、お友だち同士で夜を過ごす、とっても楽しいイベント。
もちろん、遅くまではしゃぎまくって、なかなか眠れなかった夜を過ごしていた。
つまり、ハイテンションの夜を過ごした翌日、2日ぶりの我が家に戻ってきたという、
まさにその瞬間だったわけだ。
ママは弟の諒の方を押さえていた。航は、一刻も早く家に入りたかった。
バスの後ろを回って、一目散に我が家に向かって駈けだした。
そこを、バスの前の方向から通過しようとしてきた軽のワゴン車に、ど〜んと、はねられちゃったわけだ。
「はねられて、お腹の上に車が乗っかっちゃったの。
それを、男の人たちが持ち上げて助けてくれて...。」
なに?お腹の上に乗っかった?ええっ?
「お腹って、どこ。どのあたり?足のところじゃなくて?」
「ここ。この辺。下腹のあたり。足じゃない。」
要するに、胃のあたりじゃなくて、下腹部。腎臓か膀胱が危ないかな?というあたりだ。
「足は痛くないって言うのよぉ〜。どうしよぉ〜。」
げげっ。つまり、内臓も心配だが、脊髄をやられて、足が無反応になっているかも、ってことか?
「痛い、痛い」と泣き叫ぶ航を見おろすと、顔の右半分が血だらけで、
鼻からも血が流れ出て、口からも血があふれ出している。
よく見ると泣き叫ぶだけで、手足でじたばたと暴れるどころか、さっきからずっと顔以外ほとんど動かしていない。
状況を知って、状態を自分の目で見て、
思わず最悪の事態を想像してしまい、親として覚悟を決めそうになった。
今にも突然泣き叫ぶのをやめて、「ママぁ〜。」とかつぶやいて、カクッと息絶えちゃうんじゃないかと。
ここで改めて強調しておくが、実際には顔は、擦り傷程度の軽傷であった。
まあ、しばらく跡が残るくらい強く、道路に擦られたのは確かだが、
肉がそげてるほどでもなく、あくまでもダメージは皮膚だけであり、そして内臓も無事。
鼻血に見えたのは、顔の傷の血が、涙と共に鼻の回りにも流れてきたからであり、
ただし、口の中にだけは5針も縫うほどの裂傷ができたようで、
この時血を吐いていたように見えたのは、その裂傷から出た血であった。
そして「足は痛くない」というのは、つまり足にはなんの傷もなかったから、というだけであった。
以下、次号『診察編』へと続く。(*^^*)


