Happening Here
「ああ〜、暇だぁ〜〜」
たらふく夕食を平らげてご機嫌だった悟空が、今まで一緒に遊んでいたジープを手放して、ベッドの上に
仰向けにごろりと寝転んだ。
悟浄はそんな悟空のだらけた状態に、苦笑いしつつ反対側のベッドに腰掛けて煙草をふかしている。
「…ま、仕方ないわな、この雨じゃ」
悟浄の眺めている窓の外の町の夕景は、冷たくそぼ濡れている。
この町に入ってもう3日も降り続けている雨で足止めされているのにも加えて、大した娯楽施設もないこの町では、
悟空でなくともつい退屈を持て余してしまうのも仕方がないだろう。
退屈しのぎに散々悟空に弄り倒されていたジープは、漸く解放され、きゅう、と鳴いてばさりと羽ばたき、
丁度ドアから入って来た主人の肩に飛び移っていった。
「あ、お帰り!八戒〜」
「悪ぃな、こんな雨の中、買い出し行って貰っちまってよ」
「いいえ、構いませんよ」
八戒は濡れたマントを部屋の隅に掛け、買い足して来た品でずっしりと重いビニール袋をテーブルの上に置く。
「荷物を整理する前に先にシャワー、浴びてきますね。ちょっと身体が冷えちゃったので」
雨粒で前髪を濡らした八戒は、タオルを手にして、部屋に備え付けのバスルームに入ろうとしてふと足を止めた。
そのドアに程近い位置のベッドに、三蔵が横たわり眠っていたのだ。
八戒は彼の寝顔に数秒目を留め、ふっと優しく微笑んでからドアノブを引いたのだった。
「……ほぉ。」
当てられた、とばかりに唇を歪めた悟浄は、形の整った眉を不意にぴくりと上げ、隣のベッドでごろごろと
転がっている悟空に声を掛ける。
「なあ、あの八戒の態度。どうよ?」
「どう、って…、別にいつも通りだろ?」
「そうじゃなくて。ありゃ完全に三蔵サマが自分のモンだと思って安心しきってるカオだぜ。
幸せそうなツラしやがって」
「……どういうイミ??」
「わっかんねえかなあ。…普通、熟睡してるコイビトを、幾ら気の置けない仲間だとしても他のオトコの前に独りで
置いておくか?」
「…う〜ん…?」
思わず考え込んでしまった悟空の額を軽く指で弾いて、悟浄は悪戯な瞳で悪巧みを持ち掛けた。
「大体、八戒以外のオトコに囲まれて寝ちまえる三蔵サマにだって問題有り、なんだよ。…そこで、だ」
「うん…?」
悟浄は切れ長の紅い眼をきらん、と光らせ、ベッドの上に座り込んでいる悟空の目の前に、人差し指を突き出す。
「こいつらには緊張感ってのが必要だ。特に八戒。もっと、『三蔵を護ってやる』って自覚を持たせねえと。
だから、猿。お前も協力しろ」
「協力って、何するつもり?」
「『八戒の目の前で、三蔵サマにちょっかいを掛ける』!」
悟空の金色の瞳が真ん丸く見開かれた後。
「ええぇ?!そんな事したら…!!」
思わず大声を出しかけた悟空の口を慌てて掌で塞ぎ、悟浄は更に耳打ちする。
「勿論、八戒の鉄槌を喰らわない程度に、だよ。その辺は上手くやるんだって」
バスルームの水音が止んだのを聴いた悟浄は、悟空を放してやりながら、八戒が戻って来たらな、と遂に開始宣言を
下した。
【後編Aへ続く。】→