…そして。
八戒がバスルームから戻って来て間もなく目を覚ました三蔵に対して、悟浄と悟空は妙に甲斐甲斐しく
世話を焼き始めた。
「三蔵サマ。喉渇いたんじゃねえ?ビールでもどうよ?」
「なあなあさんぞっ、宿のおねーさんに苺大福貰ったんだ!喰う?!」
「…何だお前ら…?」
目覚めた途端にいきなり寄って来た二人に、三蔵は寝起きでぼんやりした状態のまま、程良く冷えた缶と
小振りの大福の包みを、ほぼ無理矢理に受け取らされる。
「別にいーじゃん、たまには、さ。疲れてんだろ?日頃の感謝を込めて、俺達下僕からのささやかな
ご奉仕、ってトコだ」
「そうそう!何して欲しい?三蔵の喜ぶ事なら何でもするぜ!」
三蔵が悟浄と悟空に囲まれ困惑している様子を、少し離れた所から訝しそうに眺めているのは、誰あろう、
八戒である。風呂上りのまま先程購入してきた品々を袋から取り出しながら、その奇妙な光景をちらちらと
伺っていた。
当の三蔵の方も、しつこく付き纏っている二人に早くも辟易して、そちらに視線で、救けろと要求する。
…が。しかし、目が合った途端に八戒に視線を外されてしまい、三蔵は小さく舌打ちして、小さめの苺大福を
一口で頬張り、もう片方の手に持っていた缶ビールを一気に呷ったのだった。
「…お、いー飲みっぷりだねえ、流石は三蔵サマ!」
「……お前ら、何か企んでんじゃねえだろうな…?」
「そんな、滅相もございませ〜ん。ヒトの厚意は有難く受け取るもんだぜぇ?」
悟浄は気障に笑ってみせ、不審がる三蔵の肩に腕を掛けて耳元にこっそりと囁く。
「…昨夜も八戒に無茶させられて腰、辛いんだろ?この悟浄様が丁寧に、マッサージして差し上げましょー?」
「なっ…!」
思わず耳まで真っ赤になって三蔵が怒鳴りかけたその時、八戒の爽やか過ぎる声が投げ掛けられて来た。
「じゃあ、二人とも。三蔵のお世話はお任せしますね。僕はちょっと出て来ますから」
気味が悪いほど涼やかな表情で静かに部屋を出て行った八戒に、思わず三人の動きが固まる。
ぱたん、とドアが閉まってすぐに我に返った三蔵は、まだ纏わり付いている悟浄の邪魔な長身を押し退けて
部屋を飛び出し、足早に彼の後を追っていた。
「……おい!八戒!」
慌てて自分を追い掛けて来た三蔵の呼び声に、八戒は丁度、廊下の端の階段を降りようとしていた歩みを
ぴたりと止めた。
「…何ですか?」
八戒は振り返らず、三蔵に背を向けたまま涼しい声で応える。
「単なる奴らの気まぐれだろうが。何も、お前が出て行く事はないだろう?」
「それなら尚更、僕の出番は必要ないでしょう。二人掛かりでお世話して貰えるんですから。折角なんですから、
下僕二人から至れり尽くせりの、『お姫様気分』でも味わってみたらどうです?」
さらりとそんな事を言ってのける八戒に思わずかちん、と来た三蔵は、売り言葉に買い言葉で、つい核心を突く
台詞を吐いてしまう。
「はん。…何だお前、妬いてんのか」
にやりと笑う三蔵の方を漸く振り向いた八戒の顔は、恥ずかしさの為か、赤く染まっていた。
「妬いてなんか…!」
「図星、ってカオしてやがるじゃねえか。…ふん、良いトシして拗ねてんだろうが?」
「違いますよ!!」
嘲笑の笑みを唇に浮かべる三蔵を強く睨み付けていた八戒は、ふと、ひどく哀しそうな表情を見せて、再び三蔵に
背を向けた。
「とにかく、僕が居ちゃ邪魔でしょうから。今夜は酒場にでも行ってます。朝まで帰りませんから」
「…好きにしろ、馬鹿が」
相変わらず毒付き、吐き捨てるような言葉を投げつける三蔵。
八戒はその、冷たい恋人に深く溜め息を吐く。
そして、どんよりとした暗いオーラを背負ったまま、改めて階段を降りようと彼が一歩足を踏み出した途端。
三蔵の背後から、悟空の焦った声が八戒を呼び止めた。
「待ってよ八戒!これには訳が…!」
「訳…?」
八戒は、小走りに駆けて来る悟空を振り返る。
軽く息を切らした悟空は、二人の前に近付くと一瞬躊躇った後、意を決したように口を開いた。
「えっと、あのさ。思わず、ノッちまった俺も悪いんだけどさあ…、八戒と三蔵の為だって言うから、つい……」
そして。
悟空は、三蔵に殴られるのではないかとびくびくしながら、ついに事の真相を当人達に暴露してしまったのである。
「…なるほど」
「……小さな親切、大きなお世話、ってな」
一部始終を聞いた二人は、小さく苦笑いした後、同時に目を合わせてにやりと笑った。
「でもちょっと、過ぎた悪ふざけ、ですよね?昨夜の僕達の様子も覗いてたようですし」
「ああ。悪戯にはお仕置きが必要だな。どうする?」
「さあ、どうしましょうねえ?」
密やかに話す二人を見上げていた悟空の背筋が思わずぞくり、と寒くなっていた。
二人の間での話し合いの結果、内部告発した悟空はその賢明さを考慮して、無罪放免という事となり。
斯くして、発案三蔵・実行八戒にて、悟浄へのささやかな(?)刑罰が実行されたのだった。
「……おい、降ろせ!風邪ひいちまうだろうが!!」
「河童は濡れるのが好きなんだろう?たっぷり堪能しろ」
「心配要らないですよ〜。具合悪くなったら看病くらいはしてあげますから」
八戒と三蔵は笑いながら、窓の桟から眼下にぶら下がるその間抜けな姿を満足そうに眺めている。
哀れ、悟浄は頭から白い布を被せられ、宿の軒下に麻縄で吊るされて、丸一晩、特大てるてる坊主の姿に
されていた。
【合掌。(笑)】
※@A併せて、リクエスト下さった横縞ゆき様のみ、お持ち帰り可とさせて頂きます(文章のみ・壁紙画像は不可)。
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