DREAM Princess mermaid 9 |
『ZAFT』 食品・電子機器機器など様々な事業品目で枝葉を伸ばした、プラント屈指の巨大貿易企業。現社長の一代で財を成した一見、人畜無害を装っているこの会社が、裏では軍需産業にも手を伸ばし、巨額の利益を得ていることは業界では有名な話らしい。 それらがもたらす利益の一部は軍の上層部や政治家へと流れており、例え非合法な取引であったとしても一切の口出しをしないのだという。 「汚いよね、エラい人ってさ」 カチカチとマウスを鳴らし、『Tolle』から送られてきたメールに目を通していたキラが、ポツリと呟いた。 しかし、こんな状況はおそらくプラントだけでは無いのだろう。 多かれ少なかれ一つの国家を成り立たせるために、彼等は同じような企業が存在することをある程度黙認し、それによって背負うことになるリスクをも凌駕する利益を得ているに違いないのだ。 そうして守られている平和な国家で暮らす国民にとっては、裏の実情などどうでも良いことだし、実際キラだってそう思う。 そんなことより、この企業の真の顔。プラントのアンダーグランウンドで暗躍する影の軍団。秘密結社『ZAFT』の方に、キラの関心は向けられていた。 政治、宗教、儀式、序列、法に頼らない独自の善と悪の価値観を持ち、秘められた集団だけの秩序を守っている彼等には不思議な力があり、どんな望みでも叶えることが出来るのだという。 しかし、実際に契約成立が成される確立はほんの1%にも満たない。 その理由としては、提示される代償が厳しいことにあるらしい。 「ふぅん・・・どんな望みでも、か」 だったら、彼に選ばれるべき女性体を、ニコルからやキラに変えることも出来るのだろうか?本当なら女性になるのは僕かのはずだったのに・・・。 「・・・・」 だが、キラは静かに頭を横に振った。 やめよう。 もうニコルは選ばれてしまったのだ。 今更キラやが女性になったところで、イザークはきっと混乱するだけだろうし、それにはキラと来ることを承諾してくれた。 別に彼に選ばれなかったとしても、と生きていけるなら、それでいいじゃないか。 ご丁寧に、ZAFTとの連絡方法まで調べてくれた『Tolle』には申し訳ないが、この件は忘れることにしよう。メールを閉じて椅子の背もたれに重心を移動しながら、一つ大きく伸びをした。 「気分転換に、コーヒーでも飲もうかな」 そのままPCの電源を落として立ち上がったキラは、まっすぐキッチンへと向かう。 ニコルは相変わらず朝からデートで留守にしているし、はバイトだ。 「あ、お湯出来てる」 キッチンの電気ポットにはお湯が満タン入っていた。おそらく、が用意したものだろう。インスタントのコーヒーを手早く作りながら、こういうところマメなんだよね。とキラは宵闇の髪の麗人を思う。 ここのところ顔色が悪いので、今朝もバイトは休んだら?というキラの意見も聞かずに出かけて行った。一度言い出したら梃子でも動かない頑固者だということが分かっているから無理には止めなかったけれど、やはり心配だった。 「生真面目だから・・融通も利かないんだよね、って」 体かキツイからといって仕事で手を抜くなんてこと絶対にしそうにない。 そもそも家事でさえ、毎日の部屋の掃除も欠かさないし、料理だってインスタントやレトルト食品は使わないという徹底振りなのだから。 「どうしよう・・・」 無理しているのではないかと思うと、やはり様子を見に行きたくなる。けれど、もしそれがにバレたら、大丈夫だと言っただろう!と、怒られるのは必死だ。 基本的に温厚で優しいけど、変なところで意地っ張りというか、へそ曲がりだしね。 う〜ん。と唸りながら何か良い口実は無いものかと考えを巡らせていたキラは、窓に見えた雲の厚さに注目する。 「あれ?いつの間に降りだしたんだろう?」 外は、しとしとと雨が降っていた。 「そういえば、今日は天気予定見てなかった・・・あ!」 小さく叫ぶと、玄関へと小走りに移動する。 やっぱり! 靴が6足入るか入らないかという小さな下駄箱が置かれたすぐ横に、傘がキッチリ3本立てかけてあった。 「、傘忘れてる」 体調も良くないあの体で雨に当たれば、きっとまた熱を出して寝込んでしまうだろう。 「理由もできたし・・・行ってもいいよね?」 そうと決まったら善は急げ。 すぐに身支度を整えて傘を手に取ると、キラは足取りも軽やかに外へと飛び出した。 * * * まったく、なんだってこんなことになったのか。 けれど理由はどうあれ大の男が二人、肩を並べて。しかも一つの傘をさしながら街を歩いているこの状態は、誰がどう考えても普通におかしいだろう。 「あの・・・」 歩き続けているイザークの横から、遠慮がちな声がかかる。 「なんだ!」 「あ、いや・・・」 周囲への気恥ずかしさもあって苛立たしく短い返事を返せば、相手は少し躊躇った末に、結局何か言おうとしたことを諦めたようだ。 そういう態度が更にイザークの神経を逆撫でしていることには全く気付いていない。 「貴様、言いたいことがあるなら、ハッキリ言え。そんなだからああいう輩に絡まれた挙句、ろくな対処も出来ないんだ」 「なっ・・・そんな言い方!」 「事実だろう?」 ふんっ。と鼻で笑うイザークに、悔しそうに瞳を揺らして眉を寄せたが、まともに反撃する言葉も気力もなかったは、そのまま俯いてしまう。 講義が午前中で終わったイザークは、その足でまっすぐニコルの元へ向かっていた。 ここのところイザーク自身も忙しかったし、どういうわけか全くといっていいほど連絡の取れない彼女とは、ろくに会うことすら出来ていない。ほんの僅かな時間でも良いから、今日こそは彼女を捕まえようと家路を急いでいたところで、妙な事態に出くわしてしまった。 傘を持っていないことから、おそらく雨宿りでもしていたのだろうが、本屋の軒下で数人の男に絡まれていたのだ。 特に注意して様子を見ずとも分かるくらい露骨なナンパ劇に、幼馴染のピーマンが頭同様、見かけが綺麗であれば、それが例え男であっても気にしないような奴らは結構いるものなのだと認識を改めながらも、イザークはそのまま通りすぎた。 あれほどの容姿を持っていれば、おそらく初めてのことでは無いだろうし、この場を切り抜ける処世術くらい持ち合わせているはずだと判断してのことだったが、もしやと思って振り向いたのがマズかった。 予想に反してずるずると連れて行かれそうになっている姿を視界に納めてしまえば、クールな外見とは正反対に、曲がったことが大嫌いな熱血漢のイザークが、これを黙って見過ごせるはずもなく、そのまま踵を返し突進する羽目になったというわけだ。 ・・・・まぁ、相手はニ〜三日もすれば通常の生活に戻れることだろう。 その後、傘が無いという彼をその場で待たせて、近くのコンビニまで傘を買いにいこうとした。 しかし、その隙をついてまた同じような輩に絡まれやがったのだ、コイツは! 「で?」 「・・・え?」 すぐに気付いて戻ってきたから良かったものの・・・。 イザークは一つ大きな溜息をついて、怒鳴りつけたい気持ちを必死で落ち着かせた。 「言いたい事があるんだろう?何だ?」 「あ、ああ。その、できればもう少しゆっくり・・・」 「なに!?」 先にも述べたように、イザークは家路を急いでいる。恋しい彼女に会うためにだ。 それをこの男は諮らずとも邪魔しているというのに、更にゆっくり歩けと言い出しやがった。 見た目にも分かるくらい跳ね上がったイザークの眉尻に、は首を竦める。 「無理なら・・いいんだ」 「・・・・」 イザークは先程からずっとの二の腕を掴み、かなり早い速度で歩き続けていた。 ずっと強引に引っ張られるように連れてこられただが、全身がだるくて足が鉛のように重いこの状態では、正直辛かった。ペースを緩めてもらえないなら、置いていってくれたほうがマシだとさえ思えるのだが、それを言えばまたこの男の逆鱗に触れる気がする。 諦めたように重く、そして熱い息を吐いたの様子がおかしいことに、イザークはこのときになってようやく気が付いた。 「おい!」 「あ」 いきなり強く腕を引かれ、感覚の鈍くなっている体では咄嗟に反応も出来なかったは、そのままイザークへと倒れ込む。 慌てて離れようとした些細な抵抗を押さえ込みながら、イザークはその額に自分の手を当てた。 「!」 の額は尋常じゃない熱さだった。 しかし、顔色は赤いというより青ざめていて・・・それがより深刻さを物語っているようでもあった。 「この馬鹿!熱があるなら、早くそう言え!子供か、貴様は!」 「あ・・うぅ・・・・」 が何かを言おうとするよりも早く、イザークは周囲を見渡すと、さっと手を上げてエレカを止めて、有無を言わさずを押し込んだ。自らも乗り込み目的地を設定すると、エレカは静かに移動を開始する。 これほどの高熱を出している体で、歩いて帰ることは無謀だと判断したからだ。 そもそも、何故こんな体で傘も持たずにふらふら出歩いてるんだ、コイツは! 挙句の果てに、ろくでもない輩に絡まれ・・・こんな隙だらけで、今までよく無事でやっていられたものだ。 もはや自力で起きていることすら出来ないらしく、いつの間にか己の肩にもたれて目を閉じているをチラリと横目で見ながら、まさか病人を怒鳴りつけるわけにもいかなくて、イザークは心の中で思いつく限りの悪態を吐き続けた。 しかし、ひとしきり悪態をついて気が済めば、今度はすることが何もなくなってしまった。 は人形のように目を閉じてピクリとも動かない。おそらく眠っているのだろう。 無人のエレカの中、話し相手もいない状態で時間を持て余したイザークは、気付けばいつの間にかを観察していた。 別に疚しい気持ちがあったわけではない。 エレカの中に娯楽など無いし、外の景色を見ても見慣れた風景以外には何もなければ、やはり普段あまり見慣れていないものに視線が向くのはごく自然なことだった。 雨にしっとりと濡れた艶やかな髪は、己のプラチナとは趣が異なれど、めずらしい綺麗な宵闇色をしている。白く透き通った白磁器の肌は、その辺の女性よりもきめ細かく、先程少しだけ触れた額も驚くほど滑らかだった。今は閉じられているその双眸は、深みのある翡翠で、まるで宝石のような輝きを放つ。 まぁ、お世辞ではなく、確かにノンケのディアッカが騒ぐのも、さきほどのような輩に狙われる理由は十分すぎるほど納得できる容貌を持っていると思う。 だいいち、は野菜じゃない。 自分と母以外の、世の中の人間全てが野菜に見えたイザークにとって、これは重要なポイントだった。 母の言葉を信じるならば、イザークの運命の相手は野菜では無いらしい。 ニコルは美しい女性で、当然野菜には見えないのだが、それだけを考えるとするなら、もその対象になるということなのだろうか? ああ、そうすると・・・奴もか? イザークの脳裏にもう一人、ニコルの兄だという男の姿が浮かぶ。 「・・・ありえんな」 ニコルに対し、とても兄弟とは思えないほどの冷たい言動を浴びせる光景を幾度か見てきたイザークにとって、例え男だという概念が無かったとしても、すでにキラは恋愛対象から外れていた。 しかし、現実問題として、子を成すための相手は、女性でなくてはならない。 だからイザークの相手はニコルということで間違いないのだろう。 ふと横を見ると、がぼんやりとイザークを見上げていた。 その焦点はどこか定まっておらず、彼が未だに現実と夢の合間を彷徨っていることが窺い知れる。 「、着くまでまだ少し時間がある。もう少し寝ていろ」 「ん・・・」 病人相手なのだと意識して、幾分普段よりトーンを柔らかくしたイザークの口調に安心したが再び目を閉じる様子を見守りながら、思いつく。 もし、ニコルと自分が結婚したら、はイザークの義理の兄ということか。 イザークはしばらく眠る麗人の姿を見ていたが、やがてゆっくりと視線を窓の外に向けてからポツリと呟いた。 「・・・ありえんな」 * * * お店の場所は知っていたけれど、が働いているのをキラが実際に見るのは初めてだ。 、驚くかな? ちょっとした悪戯心を刺激され緩む頬もそのままに、アパートの階段を軽やかに降りていくキラの足元でかさりと何かが蠢いた。 「ん?」 思わず足を止めたキラは、すぐにそれが青い生き物であることを理解する。 特別に珍しくもない、どこにでもいる子猫だったのだが、それは紺色一色の綺麗な毛並に、翡翠の瞳をしていた。 「この猫って、まるで・・・」 キラがしゃがんでそっと手を差し伸べると、子猫は疑いもせずに擦り寄ってくる。 「人懐っこいね、お前」 頭を撫でてやれば、綺麗な翡翠をパチクリさせて見上げてくる子猫が、嬉しそうにみぃ〜っと鳴いた。 かわいいな。どこの猫だろう? このアパートは動物を飼うことは禁止されているはずだし、この近所の猫だろうか。 それにしてもこの毛の色に、この瞳。 これはどう見ても・・・。 「あ・・・」 「え?」 小さな声に顔を上げると、そこに一人の青年が立っていた。 年はおそらく同じくらいだろうか?短めに刈られたキラよりも少し色素が薄い茶色の髪に、僅かに色のついた眼鏡が良く似合う、優しそうな人だった。 「君の猫?」 キラは躊躇いもせずに話しかける。 「あ、うん」 「そうなんだ。可愛いね、この子」 キラは子猫を抱え上げると、そのまま落とさないようにそっと彼に手渡した。 「ありがとう」 受け取る彼の笑顔に、キラも自然と笑み浮かべる。 「その子の名前、なんていうの?」 「ああ、えっと・・・」 問いかけに答えようとした彼の声に混じって、どこからか別の声がした。 「いましたか?サイ」 え? 「あ、うん。こっちだよ」 建物の角から折れた向こう側にいるのだろうか?その位置から聞こえてくる女性の声。 この声・・・なんで? パタパタと此方に向かって駆けてくる足音に対して、まさかと思うその気持ちが、キラをその場から動けなくした。 次の瞬間その女性は現れ、言った。 「あすらん!」 サイと呼ばれた青年が抱いている子猫の元に嬉しそうに駆け寄る女性は、キラも良く知っている人物。 声も出せずに立ち尽くすキラに、ようやく気付いた女性がゆっくりと視線を移してくる。 途端に彼女の表情は、喜びから驚愕へと変化した。 「き・・・・キラ・・・・!」 まるで信じられないものを見るかのように口元を両手で隠し、青ざめながら言葉も無くキラを見つめている、若草色の長く美しい髪を持つこの女性。 見間違えるはずもない。 彼女はキラとの妹・・・ニコルだった。 2006.06.28 |