NOVEL1   蒼い砂時計    1



   ボルテール、ルソー、ミネルバがカーペンタリアからプラントへと出発して3日が経つ。
 大気圏を抜けて問題なく宇宙へ出たクルー達には半舷休息が与えられていた。

  ミネルバからパイロットが来ていると報告を受けたイザークが、ブリッジから司令官室へと戻ってくると、すでに扉の前でルナマリアが待っていた。
「ああ、待たせたか。すまなかったな」
  敬礼するルナマリアに、イザークは扉のロックを解除し中へと促す。
  周りを跳ねているハロに気を取られながらも、ルナマリアは用件を簡潔に伝える。
「タリア艦長より、こちらの書類に目を通し、確認のサインを頂けましたら、自分に渡してくださるように。とのことであります」
  サインをして渡せ。ということは、今すぐ読め。ということか。
  渡された書類の束を、イザークは一瞥する。
  その厚さから全てに目を通すのには、多少時間がかかりそうだった。
「何か飲むか?といっても、紅茶かコーヒーくらいしか無いが」
「は?!」
  まさかイザークからお茶を勧められるとは思っていなかったルナマリアは大げさに驚いてしまい、慌てて口を両手で塞いだ。
「ほぉ〜、ルナマリア・ホーク、貴様はそんなに俺が茶を勧めるのが意外か?」
「あ・・・いえっ、あの」
  身長差のため、イザークを見上げると、口角を上げた笑みの額に明らかに青筋が浮かんでいる。
  ひぃ〜。
「で、飲むのか?飲まんのか?」
「あ、はい。頂きます!」
  凄まれて、咄嗟にルナマリアが返事をすると。じゃあ、勝手に入れて勝手に飲め!と言われてしまった。
  仕方なくルナマリアはカップを取り出したのだが、席に座って報告書に目を通し始めたイザークと手元のカップを見比べる。
「あのぅ〜」
  おずおずと問いかけるルナマリアに、イザークのめんどくさそうな声が返ってきた。
「何だ?」
「コーヒーを入れようかと思うのですが、ジュール隊長もいかがですか?」
  自分の分だけ入れるのも気が引けて、ルナマリアは勇気を出して聞いてみる。
「ああ、悪いな」
  良い返事に、どうやらもう怒ってないみたい。っと、安堵しながらカップをセットした。
「お砂糖とミルクはどうしますか?」
「いらん」
  イソイソと机まで運んだら、お礼まで言われてちょっと気を良くしたルナマリアは何気なく口を滑らせてしまう。
「ジュール隊長もザラ隊長と同じで、ミルクとお砂糖無しなんですね」
  が、言った途端にギロリと睨まれてしまい、小さくなった。
  すごすごとソファーに座り会話の無くなってしまった室内で、ルナマリアは近くに飛んできたハロを眺めていると、イザークからボソっと返事が返ってくる。
「あいつも、甘いものが苦手だからな・・・」
  驚いてルナマリアが振り返ると、先ほどと変わらず報告書を読み続けているイザークがいた。
  呆然とその姿を眺めながら、ふとルナマリアはシホの言葉を思い出す。
『隊長は優しい人よ』
  ふ〜ん。なるほどねぇ。
  無意識にジロジロと穴が開くほど見つめていた彼女の視線に気付いたイザークは、嫌そうに視線を上げた。
「何だ?」
  慌てたのはルナマリアだ。
「あ・・・あの!ジュール隊長は、ザラ隊長と同期なんですよね?」
  咄嗟に思いついたことを言って必死に誤魔化す。
「そうだ。不本意だが」
  ふ・・不本意って。どういう意味かしら。
「ザラ隊長のアカデミー時代ってどんな感じだったんですか?」
「・・・」
  期待を込めたまなざしを向けるルナマリアに、イザークは淡々と述べる。
「今と変わらんな」
  最近は少し可愛気が出てきたようだけれど。
  そりゃあもう、年下のくせに無駄に優秀で、あのとりすましたツラに優柔不断な性格や、異常なまでの無神経さも。
  何もかもが気に食わなかったさ。っと、煮え滾ってるイザークの心の声が聞こえるはずも無く、
「じゃあやっぱり素敵だったんですね!」
  などと、ルナマリアに両手を合わせて見当違いの発言をされて、イザークの手から報告書がバサリと落ちた。

 数分後、立ち直って再び報告書を読み始めたイザークが、アスランについて訂正を入れると、ルナマリアはキョトンとしている。
「ザラ隊長が優秀なのは、私達としては頼もしいですけど?それに優柔不断じゃないですよ。聞き分けの無い部下にはきちんと制裁も加えますし」
「制裁?奴が?」
  ルナマリアの話を聞いたイザークは酷く驚いた。 
  部下を殴っただと?あの、アスランが?!
「本当です。ザラ隊長は優しいですけど、私達の訓練も良く見てくれますし、怒るときはきちんと怒って、良い上官なんですよ」
  にっこりと微笑むルナマリアに、イザークは難しい顔をして黙り込んでしまった。
  その後、ルナマリアが延々とザラ隊長の魅力とやらを、イザークが報告書を読み終えるまで勝手に語って聞かせている間中、イザークの回りでは、
『ミトメタクナーイ!』
  と、叫びながらハロが飛び跳ねていた。



  一方、ボルテールの談話室ではアスランがシホに捕まっており、もうどこか投げやりな気分だった。
「ちゃんと聞いてます?ザラ隊長」
  話の途中で、たびたび覗き込むように問われては、引きつった笑みを浮かべながら頷く。
  シホによるジュール隊長の素晴らしさ云々というものを、延々数十分に渡り聞かされているのだ。
  それはアスランからしてみれば、曲解だろ!と言いたくもなるような賛美の数々で。
  しかし、どうやらイザークに好意を寄せているらしいシホの言動を否定するのも憚られ、アスランは、コーヒーを味わうことで気分を紛らわせながら椅子に座って耐えている。
「そういえば、ザラ隊長はジュール隊長と同期なんですよね?」
「ああ・・一応」
「ジュール隊長のアカデミー時代ってどんな感じだったんですか?」
「・・・」
  期待を込めたまなざしを向けるシホには申し訳ないけれど、アスランは正直に述べた。
「そんなに変わらない。今よりもうちょっと、騒がしくした感じかな」
  最近は少し大人になったようだけども。
  そりゃあもう、すぐ掴みかかってきて手は早いし、物を投げるわ、叩くわ、壊すわ、おまけによく怒鳴るし。
  常に矛先であった自分、ついでにディアッカは、大変だっださ。っとコーヒーを啜るアスランの横で、
「ええ!じゃあやっぱり素敵だったんですねぇ!」
  などと、シホに両手を合わせてぶっ飛んだ発言をされたアスランは、衝撃のあまりコーヒーが器官に入ってしまい、激しく咳き込んだ。

 数分後、なんとか立ち直ったアスランが、イザークについて訂正を入れると、シホはキョトンとしている。
「ジュール隊長は確かによく怒鳴りますけど、それは隊員に非があるからですし、部下を殴ったことは一度もありませんよ」
「そうなのか?」
  これに驚いたのはアスランだ。
  シホが頷いても、アスランにはなかなか信じられない。
  だって、あの、イザークが、だぞ?!
「本当ですよ。ジュール隊長は厳しい人ですけど、その分面倒見も良くて信頼されてますし、良い上官だと思います」
  にっこりと微笑むシホに、イザークを少しだけ見直したアスランは、そこでハッと気付いた。

 ・・・俺、シン殴ったよな。

 インド洋での戦闘において、シンが命令を無視し、自己判断で敵への攻撃を加えた。
  ただそれだけの理由ではなかったけれど、アスランは上官の責務としてシンへ制裁を与えたのだ。
  軍人として、上官として当然の行動であったとは思うけれど。
  イザーク以下。とでも言われたような気がして、
  俺は、あいつ以下かよ。
  っと、アスランは心の中で寂しく凹んだ。


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