NOVEL1   蒼い砂時計    2



  「レーダーに反応。22時方向に熱源多数。これは・・・地球軍艦隊です!」

 ボルテールのブリッジで、乳白色のハロを聊か乱暴に突付きながら呆けてたイザークは、突然響いたクルーの声に浮いていたハロを掴んだ。
「敵はこちらに気付いているか?数は?」
「いえ、まだ気付いていないようです。戦艦8に母艦2です」
「ふんっ、結構な数じゃないか」
  冷静な口調でクルーと応対するイザークをチラリと横目で見て、艦長はやはりっと溜息をつく。
「気付かれないように追尾。それと、アスランを呼んでくれ」
「はっ!」
  このところ艦長に言わせると平穏な。そして、この上官に言わせると退屈な宇宙の旅が続いている。
  普段は冷たいアイスブルーの瞳に、誰が見ても分かるであろう、きらりと楽しげな色が浮かんでいた。
  まだ若く、もともとモビルスーツのエースパイロットであるこの上官にしてみれば、戦艦の中で大人しく座っているよりも、外で暴れまわる方が性にあうのだろう。

 まもなくしてブリッジへ入ってきたアスランに、イザークは状況を説明する。
「戦闘は回避できない・・・か」
  モニターを見つめながらコンソールを叩き、進路を模索しているアスランの横で、イザークは腕を組みそれを眺めている。
  ボルテール、ルソー、ミネルバに積んである物資、燃料それから日程を加味し、あらゆる進路をシュミレートしていく。
  凄まじいスピードで行われていくそれを、ブリッジクルーは羨望の眼差しを含めて呆然と見守っていたが、想定されるルートの進軍結果は全て不可能であった。
「で、どうする?アスラン」
  モニターを見つめているアスランに、イザークが問いかける。
  現段階で、3艦の艦隊総指揮権は出発前にイザークが宣言した通りアスランにある。従って、決定権もアスランが持っていた。
「地球軍の狙いはプラントか」
  軌道上から想定される攻撃目標はそれ以外には考えられなかった。
  ここで戦闘を回避したとしても、それはプラントを危険に晒すことになる。
  少し考えてからアスランはモニターから顔を上げた。
「撃破する」
  その答えに満足したかのように口角を上げたイザークは、すぐに艦長に指示を出す。
「コンディションイエロー発令だ。パイロットはボルテールのブリーフィングルームに集合!」
「はっ!」
「それで、作戦は?」
  決まっているのか?と向き直るイザークに、アスランは、ああ。と答える。
「デブリ帯を使って、陽動作戦を展開する」
「囮を使うのか?」
  イザークはその作戦に眉を顰めた。
  彼の性分上、卑怯な作戦は好まないからだ。
  イザークの心情も分からないでもないが、今回はそうも言ってられない。
「質はどうあれ、数は俺達の3倍だ。真正面からの消耗戦なんて愚策極まりないだろう?」
「そうだが・・・」
  卑怯であることに変わりない。と、渋るイザークを宥めるためにアスランはさらに続けたのだが、
「安心しろ、俺達は背後から撃つわけじゃない」
「どういうことだ?」
「撃つのは横からだ」
「・・・」
  失敗して拳が飛んできた。
  寸前で避けたアスランに、イザークが怒鳴る。
「貴様、避けるな!」
「嫌だ。当れば痛いじゃないか」
  戦闘前に怪我させないでくれ。っと主張するアスランに、
「貴様は、どーせ椅子に座ってるだけだろうが!」
  ガーっとイザークが噛み付く。
  ギャーギャーと言い合いをしながら、アスランはシホに対して、イザークはルナマリアに対して、これのどこが素敵な上官なんだ!それぞれ思っていた。
  それでも、日ごろの躾の成果もあって、優秀なボルテールクルーは戦闘に向け、着々と自分達の仕事をこなしていた。



  ブリーフィングルームには、すでにアスランを除いた全てのモビルスーツパイロットが集結していた。
  正面のモニターには戦闘予定宙域図が表示されており、パイロット達は、壇上に立つイザークのブリーフィングを黙って聞いている。
  だが、淡々と続けられていたその声がふいに止まる。
  不審に思ったパイロット達がイザークに注目すると、その視線はある一箇所に向けられており、そのまま固まっていた。

 イザークがそれに気付いたのは、ほんの偶然だった。
  宇宙の様々な塵が、自然に集まって出来たデブリ帯。
  普段なら気にも留めずに通りすぎたのであろうが、なぜか今日は気になったその存在。
  これは、ゴミにしては・・大きすぎやしないか?
「イザーク?」
「あ・・ああ」
  最前列に座っているディアッカから訝しげに問いかけられて、イザークは意識を戻し曖昧に返事をする。
  しかし、やはり気になって、イザークは壇上にある通信機へと手を伸ばし、ブリッジへとつないだ。
「アスラン、聞こえるか?」
『どうした?』
「今から言う座標の、光学映像を出してくれ」
『?・・・・分かった。少し待ってくれ』
  作戦開始までそれほど時間があるわけではない。
  悠長に光学映像なんて取り寄せてる場合じゃないだろう。と誰もが思ったものの、イザークの真剣な表情を見てそれぞれが言葉を飲み込んだ。
『これは・・・!』
  ほどなくして、つなぎっぱなしだった通信機からアスランが息を呑む気配が伝わってくる。
「どうした?」
『・・・』
「アスラン、おい!映像をこちらへまわせ!」
  叫ぶイザークの声に、鈍い反応を示しながらも、正面のモニターに光学映像が表示された。
  その映像が映し出された瞬間、イザークは大きく目を見開き、ディアッカは荒々しく椅子から立ち上がる。
「「エターナル!!」」
  隊長と副隊長、それぞれから発せられた言葉に、室内は騒然とした雰囲気に包まれた。
  先の大戦においてアークエンジェルと共に第三勢力として戦った艦、エターナル。
  大戦後、退役者の多かったザフトで、その姿を実際に見たことのある者はボルテールに数名いる程度であったが、その名前だけは未だに色濃く語り継がれていた。
  当事者である、隊長と副隊長が認めているのだから、もはや間違いは無いのだろう。
  隊員たちは、初めて見るピンクの優美な戦艦を、それぞれの思いを込めて見つめていた。
「どういう・・ことだ?何故あの艦がここにある!ディアッカ!」
「お、俺にもわからないさ!」
  ディアッカは、戦後すぐにプラントに戻ったため、エターナルはもとよりアークエンジェルについての所在すら知らされていなかった。
『あの艦は彼女の艦だ。戦後のことは彼女にしか分からないだろう』
  通信機ごしのアスランの声に、イザークは舌打ちする。
  どうやらエターナルはメインエンジンを停止させ、漂泊しているようだった。
  そのため周囲の塵程度の微量の熱源しか発しておらず、センサーで感知することが出来なかったのだ。
「だが、どうする?」
  こんな場所にいられては・・・。
  エターナルの居る場所は、明らかに戦闘予定宙域である。
「巻き込んじまう・・よな」
  イザークに呼応するかのように、ポリポリと頬をかきながらディアッカが呟く。
  いっそ気付かなかった振りして、一緒に討っちまえば。などという考えがディアッカの頭の中に一瞬掠めたが、あの艦自体は戦艦であっても、中の人間は現在民間人であるはずだ。っと頭を横に振り、それを消し去った。
『アンノウン艦には、どいてもらう』
  静かな、それでいて冷静な声が室内に響く。
「どうやって?」
『通信をする』
  国際救難チャンネル?
「馬鹿な!そんなもの使ったら、地球軍にこちらの位置がばれてしまうじゃないか!」
  作戦はどうなるんだ!
  だが、イザークの叫びにもアスランは冷静だった。
『直接回線を繋ぐので問題ない』
「直接?だが・・・」
  戦艦同士が直接通信を行うためには、識別コードが無ければ不可能だ。
  アンノウン艦であるエターナルの識別コードは、ボルテールでは分からない。
『あの艦はジャスティスの母艦でもある』
「!」
  かつてのアスランの愛機ジャステス。その識別コードを知っているアスランは、当然エターナルの識別コードも知っていた。
『作戦は定刻通り決行する。変更はない』
  ブリーフィングを続けてくれ。と言ってアスランは通信を切った。
  だが、イザークとて、はいそうですか。っと引き下がるわけにはいかない。
  エターナル・・・あの艦は、あの女の艦。
  あの艦がここにあるというなら、あの女はどこにいる?
「ディアッカ・・」
「へいへい。了解、隊長!」
  イザークの心情をいち早く理解したディアッカは、後は任せて早く行けと手振りで示す。
  しかし、そのまま扉を出ようとしたイザークを、ディアッカは思いついたように呼び止めた。
「あの艦はアンノウン艦だぜ、イザーク」
  アンノウンは、エネミーではない。
  エターナルなどという存在ではなく、単なるアンノウン艦だと強調される。
「今はな・・・」
  苦々しく呟いて、イザークは扉を出て行った。


 ブリッジでエターナルとの交信準備をしていたアスランの腕を掴み、イザークは無理矢理通路へと引きずり出した。
「どうしたんだ?イザーク」
「どうしたじゃない!分かってるのか?」
  あの船には、あの女が乗っているかもしれないんだぞ?
  アスランを信用していないわけではない。
  けれど、2年前アスランと共に歩んだあの女、ラクス・クラインとの通信に不安がないわけでもないのだ。
  平和を訴えるラクス・クライン。
  その思想は尊いものなのかもしれない。
  だが、今のザフトにとって、いや戦闘を前にした俺達軍人にとっては単なる邪魔でしかない。
  あの女がもしこの戦闘を止めたとしたら?
  お前はあの女の言葉に揺らぎはしないのか?
  司令官が迷えば、それは全軍の死へと直結しかねない。
  イザークはそれを危惧しているのだ。

「アスラン、俺達は一緒に・・帰るのだろう?」

 どこへ。とまではイザークは言わない。
  言う必要がないからだ。

 強い光を宿したそのアイスブルーの瞳に見つめられ、アスランは前触れも無く、ああ、そうか。と納得した。
  ストンっと頭に何かが落ちてきたような。
  まるで欠けていたピースが、隙間なく埋まった。そんな不思議な感覚だった。

 いつからだったろうか。
  いや・・初めて出会ったときから今までずっとそうだったのだ。
  イザークの瞳はいつも曇りが無く、真っ直ぐで。
  悩みながら何度も立ち止まり、悔やんでばかりいる愚かな自分とは違い、迷うことなく自らの意思で、前を見上げ進む彼を、いつもどこかで羨ましく思っていた。
  以前、誰かに言われたが、俺は本当に馬鹿なんだな。
  こんな簡単な答えにたどり着くまでに、こんなにも時間がかかるなんて。
  彼には、いつも見えていたというのに。
  やはりイザークは、俺よりずっと大人なのかもしれないな。

「ああ、そのつもりだ」

 目の前の銀髪の青年に、アスランはふっと微笑んだ。
  翡翠の瞳に今までにない色が浮かんでいるのに、一瞬目を見開いたイザークは、すぐにいつも通りの口角を上げた不敵な笑みを見せた。

「ならいい」

 イザークが腕を放すと、アスランは向きを変え、黙って再びブリッジへと入って行く。
  だが、扉が閉まるまえに振り向き、イザークをブリッジへと招きいれた。
  少し躊躇いながらもそのままブリッジに入ったイザークは、腕を組んで後方の壁背を預ける。
  アスランは司令官席へと向かい、静かに通信を開始させた。


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