NOVEL1 蒼い砂時計 3 |
『こちらはザフト軍艦ボルテール司令官、アスラン・ザラです。アンノウン艦聞こえますか?貴艦の停艦場所は、これより開始される我が軍及び連合軍との戦闘宙域です。速やかに艦を移動し、退避されるよう警告します』 感情の篭らない事務的な口調で淡々と述べられた通信に対し、暫くしてから映像と音声の回線が開かれる。 正面モニターに映し出されたその応答者の姿に、クルーは息を飲んだ。 『お久しぶりですわ。アスラン』 「・・・」 やはり・・・。 イザークの表情が険しいものへと変わる。 映し出されたのは、コーディネイターでも珍しい長いピンクの髪を揺らす美しい少女。 そしてプラント国民であれば知らぬ者などいない、ラクス・クラインその人であった。 『ザフトに戻ったと・・キラから聞きました』 「・・・」 『何故・・と、お伺いしてもよろしいですか?』 穏やかなその口調とは裏腹に、彼女の瞳には逃げることを許さない光があった。 アスランに答える義務はない。 だが、アスランは彼女の問いにあえて答えた。 己のけじめとして。 「2年前、私は貴方の選んだ道を戦った。それが、私の信じた道でもあったからです。ですが、人は変わる。想いも変わる。今、私が望むこと。それはアークエンジェルにもオーブにも無いのです」 『それは・・・ザフトにあると?』 「ザフトにある。というより、ザフトにしかありえないと言うべきでしょう」 『どういうことですか?』 「ラクス・・・私は貴方が好きでした」 貴方と出会い、共有した時間。そして曇りの無い笑顔は、俺に安らぎを与えてくれた。 しかしそれは、母を失った喪失感や、父との確執が俺に見せた錯覚にすぎなかった。 「けれど、貴方に必要だったのは私ではなく、私にとって必要だったのも貴方ではない」 時の流れと共に貴方は変わり、そして俺は貴方のようになれなかったから。 「貴方は言った。我々コーディネイターに未来など無いと」 だからこそ、ナチュラルとの共存の道を歩むべきだと。そう諭し、2年前に起った。 貴方の言うことは正しいのかもしれない。けれど、俺は・・。 「2年前も、そして今も・・・私は、貴方の言うように世界を救うなどという大仰な目的のために戦っているわけじゃない」 そう、単純なことなのだ。 こんな簡単な答えにたどり着くまで2年もかかるなんて。 「私はただ、プラントを守りたいのです」 プラントに未来が無いのなら、作り出すための努力を。 プラントに希望が無いのなら、生み出すために足掻こう。 「プラントは、俺の故郷ですから」 ラクスは、弾かれたようにモニターに映るアスランを見上げた。 それまで感情のみられなかったアスランに、僅かに微笑が浮かぶその顔は、今までラクスが見てきた彼の中で一番の、迷いの無いものだった。 『アスラン。わたくし達を、ここで見逃してくださるのですか?』 「アンノウン艦と貴方に、現在追撃命令は出ておりません」 再び表情が消え、アスランの口調は事務的なものに戻る。 追撃しないのは、貴方の優しさ?それとも・・・。 『それは・・・命令であれば、わたくし達を討つ。ということですか?』 「私は、ザフトですから」 ああ、この人は自分の道を見つけたのだ。 『そう・・ですか』 ラクスの瞳に、微かに悲しみの色が浮かぶ。 ラクスではもう彼を動かすことは出来ないだろう。 彼とラクスの道は、いま完全に二つに分かれたのだ。 「ラクス、私はプラントを守るために戦う。今までも、そしてこれからもです。もし、この先私達の望むべき道が交わることがあるとするなら、そのときはまた共に戦うこともあるでしょう」 アスランは淡々と続ける。 「だが、今はその時ではない」 ザフトに入隊したのは、母を失ったため。 かつて敵と戦ったのは仲間を守るため。 そして、再び戦場に立つのは、プラントを守るためなのだから。 「30分後に戦闘が開始されます。それまでにご避難を」 お別れです。ラクス。 アスランはモニターに向かい、敬礼する。 『ありがとうございます、アスラン・・・ご武運を。どうかご無事で』 深く頭を下げるラクスの映像を最後に、通信は途絶えた。 ゆっくりと移動を開始するピンクの機影を見つめているアスランに、イザークは床を蹴って近付き呼びかける。 「アスラン」 振り向いたアスランの眸には、今もなお強い光が宿っていた。 「イザーク、早く準備しろよ。時間が無いぞ」 聞いての通り、30分後に作戦開始だ。っと何事も無かったかのように告げるアスランに、イザークは肩眉を上げる。 「分かっている!」 なんだ、人がせっかくちょっと心配してやったのに!っと、憤然として出て行こうとしたその背を、アスランは呼び止めた。 「イザーク」 「何だ!」 勢い良く振り向いてみれば、アスランはもうこちらを向いてはおらず、すでに視線を前に向けていた。 「落とされるなよ・・」 しかし、小さく呟かれたその言葉はしっかりと耳に届き、イザークは頬を緩ませる。 「ふんっ、誰に言っている!俺はそんなヘマはしない」 貴様こそ、しっかり指揮を取れ。そんな捨て台詞を残し、イザークはブリッジを出て行った。 イザークらしいそのセリフに緩んでいた頬をこちらも引き締めると、アスランはクルー全員に力強く宣言する。 「さぁ、行こうか」 「「「はっ!」」」 デブリ帯宙域での地球軍との戦闘が開始された。 一陣の閃光が走る。 その瞬間、全ての決着がついた。 奇襲に成功したミネルバのローエングリン砲が敵母艦を貫き、辺りは瞬間的に膨大な熱量を発しながら光で包まれた。 母艦の爆発に巻き込まれた敵戦艦が次々と誘爆を起こし、一気に壊滅したのだ。 無論、それは幸運ではなく、アスランの手腕によって意図的に仕組まれたものであった。 こちらも無傷というわけにはいかなかったが、3倍以上の敵を相手にこれだけの成果を上げられれば、十分過ぎる結果と言えるだろう。 その後、地球軍が撤退し半舷休息が与えられている艦内は、先ほどまでとは打って変わった静寂に満ちていた。 皆、疲れて休んでいるのであろう。通路にもほとんど兵士の姿は無い。 そんな中、アスランは一人で展望室から宇宙を眺めていた。 戦闘は勝利で終わったものの、その気分は晴れない。 戦いの裏で、一体どれだけの人が死んでいったことか。 なんとも言えない後味の悪さ。この不快感に慣れることは一生無いだろうな。っと、アスランは溜息をつく。 シュンっと小さく扉が開いた音と共に、空気が振動する。 そこから現れた人物に、アスランは苦笑を隠せない。 戦闘に出撃したパイロットには休息が与えられることになっている。 「休まなくてもいいのか?イザーク」 「そうも言っていられなくなった」 元気な奴だな。 アスランが呆れたような声を投げかけるのに、いつも通り白い軍服の襟元までキッチリ締めたイザークは、厳しい顔をして隣へと降り立つ。 「?」 「司令部より入電があった」 地球駐留のザフト軍によって、アークエンジェル及びフリーダムが撃破された。 告げるイザークに、アスランは驚愕の表情を浮かべる。 だが、少し間を置いてから視線を窓の外に向けると、そうか。っと小さく呟いた。 アークエンジェルの乗員やフリーダムのパイロットの生死は不明。 ほぼ絶望的だと。 そう告げるイザークの言葉も、アスランはただ静かに聞いていた。 宇宙を見つめる翡翠の瞳は幾分曇ってはいるものの、その奥底には数刻前と変わらない光が宿っているのを見てイザークは安堵する。 「いくのか?アスラン」 答えなど、分かっているのに。 それでもイザークは確かめずにはいられなかった。 「いや」 「・・・」 「言っただろ?」 今はその時ではないと。 その横顔に、我ながら愚問だったな。っと、イザークは自嘲する。 『一緒に来るか?』 そう聞かれたら、自分は否。と答えるだろう。 『行ってもいいか?』 そう聞かれても、否。と答えたい自分がいるのが酷く滑稽だ。 時が来れば、貴様は自らの意思で選んだ道を進むのだろう。 そして、その道に俺が従うことはない。 俺は、俺の意思で道を選び、歩むのだから。 その道が例え違えたとしても、望む未来が同じなら。 きっとまたいつか・・・。 「イザーク、プラントだ」 広大な宇宙にぼんやりと小さな蒼い光が見える。 光は次第に大きくなり、その美しい形状が浮かび上がる。 「ああ」 帰ってきた。 俺達の故郷へ。 宇宙に浮かぶ。 いくつもの。 美しい、蒼い砂時計。 俺達は、命ある限り、プラントを守るために戦おう。 それはコーディネイターとしてこの世に生を受けた俺達の、誇りでもあるのだから。 そのために俺達は、こうして出会ったのだから。 プラントのために。 そして。 ザフトのために・・・。 Fin 2005.06.18 |
■□■ あとがき ■□□ |
一応、三部作として「慟哭」「櫻」の続編です。 ちるるん |