−−明日、午前十時に迎えに行く。
なに?!
アスランは慌てて時計を見る。
時計が9時をまわったところなのを確認して、ひとまず安堵したものの、いったい何事なのかと不安に表情を曇らせた。
ザフト軍特務隊FAITHとしてここのところ任務に追われ、ろくに休みも取れずにいたが、議長の計らいでようやくミネルバクルー共々休暇が与えられることになり、昨日プラントへと戻ったところだった。
しかし、まとめなければならない資料や、やりのこした雑務を片付けていたら昨夜は宿舎へと戻るのが深夜になってしった。
疲れた体では何もする気にはなれず、シャワーも浴びずにベットに滑り込んだのだ。
彼にしては遅い時間に目が覚めて何気なくメールチェックを行ったら、こんなメッセージが届いていた。
日付は昨日のもので・・。
こういうことは、もう少し前もって連絡して欲しいものだが、相手が相手なので言っても無駄だろう。
時間に遅れでもすれば、なおさら厄介なので、アスランは一つため息をついてから、手早くシャワーを浴び準備をすませることにした。
迎えにくる。というのだから、部屋で待っていても良いのだが、それはそれでまた文句を言われそうな気もしたので、アスランは階下に降りて待つことにした。
自室の扉を出たところで不意に聞きなれた女性の声がアスランを呼び止める。
「あれ、ザラ隊長ー!」
「ルナマリア?」
丁度出かけるところだったらしく、彼女の両脇には私服のシンとレイも立っていた。
「これからお出かけですか?」
「ああ・・まぁ、そうだな」
「どこ行かれるんです?」
ニコニコと嬉しそうに話しかけてくるルナマリアを見て、彼女はいつも元気だなぁ。っとそんなことをぼんやり考える。
「さぁ、どこだろうな・・」
「えー、なんですか?教えてくださいよぅ」
曖昧に微笑みながらも、アスランはエレベーターへと歩き出した。
それはアスランが聞きたいくらいなのだが。
尚もしつこく聞いてくるルナマリアに、困ったな。と微笑みながらもどんどん進んでいくアスランを見て、シンとレイは流石だ。と関心していた。
当初は押し切られてただただ困っていたアスランだが、最近はルナマリアの押せ押せ攻撃もやんわりとあしらうことが出来るようになっていた。
慣れとは恐ろしいものである。
しかし、階下へと到着するころには流石に機嫌が悪くなっているようで、ぷくーっと頬を膨らませているルナマリアに、ごまかしがきかなくなってきた。
けれど、実のところアスランにもどこへ行くのか分かっていない。
どうしたものか・・・とその時。
「おい!」
少し怒ったような口調で突然声を発した人物に振り返って、シンたち3人があ!っと息を呑んだ。
揺れる白銀の髪に薄氷の眸をもつ端正なその顔を知らぬものはザフトにはいない。
「イザーク」
「貴様・・俺との約束を反故にして、そいつらと出かけようとでも言うんじゃないだろうな?」
「いや、シン達とは上で偶然会ったんだよ」
ふんっ。と怒ったようなイザークに、アスランは苦笑する。
「まぁいい。用意は出来ているようだから、いくぞ」
アスランの服装を見てから、イザークは踵を返し、スタスタと出て行こうとする。
相変わらずマイペースな奴だ。
しかしいつものことなので、とくに何も言わずアスランも後を追いかけた。
「あれ、車できたのか?」
外に止めてあった車両に向かって迷うことなく歩いていくイザーク。
「ああ。少し遠いからな」
「俺が運転しようか?」
軽く提案したアスランを、ジロッとイザークは睨みつける。
「行き先も知らない奴が、どうやって運転するんだ」
「あ・・そうか」
確かに。それもそうだと、アスランは行き先を聞いてみることにした。
「えと、今日はどこへ行くんだ?イザーク」
「内緒だ」
おいおい。内緒って・・。
「いいから乗れ」
そういってイザークは助手席を指し示した。
また逆らって怒鳴られても面倒なので、アスランは素直に乗り込もうとしたが、
「で、そいつらはどうするんだ?」
「え?」
そう言われて振り向くと、シンとレイ、そしてルナマリアがついて来ていた。
「ああ・・おまえたち。3人でどこかに出かけるんじゃなかったのか?」
3人に向き直って問いかけるアスラン。
「そうなんですが、どこにいくかはまだ決まってなくて・・」
これから決めるところだったんです。というシンの横でレイも頷いている。
「あのぅ〜」
「ん?」
「隊長、私達も一緒に行ってはいけませんか?」
チャンス!とばかりに、ルナマリアは明るい声で提案した。
「え!?あ・・いや、それは」
突然の提案に、アスランは咄嗟にイザークを振り返る。
俺が良くてもイザークが・・。
しかし、イザークからの返答は予想外のものだった。
「なんだ?貴様が構わないなら、俺は構わんぞ」
へ・・?
眉を吊り上げて思いっきり不機嫌な顔をするかと思えば、無表情でそう言った。
なんか今日のイザークは変だ。
『戻ってこい。アスラン・・いろいろあるだろうが俺がなんとかしてやる』
ふと、先日のイザークの言葉を思い出した。
以前の彼なら、絶対に言わなかったであろうセリフ。
ああ、そうか。アスランは少しだけ納得した。
プラントに戻ってからも、忙しくてなかなかゆっくり会う機会もなかったから(もともとそういう仲ではなかったし)気づかなかったが、離れていた2年という歳月が、彼を少しだけ大人にしたのかもしれない。
「やったぁ!じゃあ私達、後ろに乗りますねー!」
ルナマリアは嬉しそうに、さっさと後部座席に滑り込んだ。
シンとレイは一瞬お互いに視線を絡ませ、諦めたようにルナマリアに続く。
そんな様子を呆然と見ていたアスランだが、ジロッとイザークに睨まれたので、慌てて自分も助手席乗り込んだ。
「お・・おい、ルナ」
後部座席でシンがルナマリアを肘でつつき、ヒソヒソと小声で呼ぶ。
「なによ?」
「どうすんだよ、勝手についてきて」
「どうって・・なにが?」
キョトンと答えるが、シンは気が気じゃない。
「なにが・・って」
今、3人の前にいる二人は、ザフトでも超有名人のヤキン・ドゥーエを生き抜いた英雄達。
アスランは自分達の隊長である程度慣れてはいるものの、もう一人。
イザーク・ジュール。現ジュール隊隊長である彼とは、まったく面識が無いのだ。
無論見たことはある。しかし、それは遠目から一方的にであり・・こんな近くで、しかも一緒に外出などと、まったく考えられない相手なのだ。
それでも、和気藹々とした雰囲気であればまだ助かるのだが、決してそうではなかった。
車は現在。海岸線(海に似せた人口の湖だが)を軽快に走り抜けている。
イザークは前を見て運転したまま無言だし、アスランはアスランで海を見ながらぼーっとして・・・レイが無口なのはいつものことで既にあきらめているが、会話が全く無いのは辛い。かといって、話題を提供しようにも、何を話したらいいのかがわからない。
普段からアスランとプライベートな話はしないし、イザークなんて遠目から見かけたことしかなく、部下思いではあるが、厳格で、優秀ではあるが、気難しい。と評判だ。
そんな相手と今日一日どう過ごせというんだ・・。
アスランと一緒に休日を過ごせるというだけでルンルン気分のルナマリアの横で、シンは途方に暮れていた。
「・・イザーク」
しばらくして、ポツリとアスランが呟いた。
「なんだ?」
「この道は・・」
「そうだ」
無表情のまま肯定したイザーク。車の向かっている場所に思い当たって、アスランは困惑した表情を隠せない。
気になっていなかったわけじゃない。けれど、自分で来ることが出来るほど心の整理もついていなかった。
静かに車が止まる。
一目でかなり上流階級だと思われる立派な格子の門構えの大邸宅。
「ついたな」
短く呟いたイザークの言葉と同時に、シン・レイ・ルナマリアの3人は、はっとする。
『ZARA』と書かれた表札。
そこはパトリック・ザラの私邸であった。つまり・・・アスラン自身の家である。
「・・まだ、残っていたのか」
抑揚の無い声でアスランは呟いた。
2年前にオーブでやり直そうと決めプラントを出たとき、アスランは全てを捨てた。プラントも家も、思い出も・・自身の名前すらも。
「どうして・・」
「・・」
イザークはそれには答えず、呼び鈴を鳴らし認識番号氏名を言うと最後に『主人を連れてきた』と告げた。
すると門はゆっくりと開き、アスラン達を招き入れる。
それにあわせてイザークは再び車を走らせる。門を過ぎてからもしばらく車で走らねばならぬほど、この家はかなり広かった。
通り過ぎる庭園を見ると、それは2年前とほぼ変わらず・・よく手入れされ緑の木々や美しい花々が咲き乱れている。
「あ・・」
あと少しで玄関に着くというところで、アスランが小さく声を上げた。
「止めてくれ!」
言われるままに、イザークが車を止めると、アスランは無言で車から降りて足早に歩いていく。
「ザラ隊長?」
「・・?」
後部座席の3人が不思議そうにしているのに対し、イザークは一つため息をつくと、自らも運転席から降り、ゆっくりとアスランの後を追った。
慌てて3人もその後を追う。
アスランが向かった先には、美しい菫色の薔薇園が広がっていた。
2年前。そのままの・・美しい薔薇。アスランの母、レノアが造った・・ここにしか咲かない薔薇だった。
その薔薇の中に埋もれるように立ち尽くし、翡翠の眸には、ただ薔薇だけが写されている。
近すぎず、遠すぎず・・少し離れた場所に立ち、その様子を見ていたイザークが頃合を見計らって声をかける。
「母が、やったことだ・・」
「・・」
「レノア殿の生きていた証だと。2年間、母が枯らさずに守ってきた」
「エザリア様・・?」
「そうだ」
「・・」
3人はイザークの後ろでただ話を聞いていた。
レノアとは誰だろう?疑問は浮かんだものの、なんとなく・・割り込んではいけない気がして。黙ってそこに立っていた。
「来い、アスラン。お前に渡さねばならんものがある」
「・・」
イザークはそう言って、とっとと玄関へと向かった。
もう一度菫色の花を見てから、名残惜しそうにアスランもイザークの後へ続いた。
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