NOVEL1     慟哭      3



  「あ・・これ、もしかして」
  シンがその隣の子供の写真を指差した。
「ああああ!!これ、隊長!?」
  可愛いぃぃいい!!ルナマリアは大喜びだ。
「女の子みたい!」
  その感想にはシンとレイも同意した。
  今のアスランからは想像できないくらい、本当に女の子のように可愛いのだ。
「誰が女の子みたいだって?」
「え!あ、隊長!」
  振り返ると扉のところにアスランが苦笑しながら立っていた。
  流石に恥ずかしいのだろう。そのまま歩み寄るとルナマリアの手から少し乱暴気味に写真を抜き取ってイザークの隣に座った。
「あー!見せてくださいよぅ」
  ぷーっと頬を膨らませてルナマリアが言っても、アスランは写真を渡さず、伏せて手元においてしまった。
「隊長・・俺もちょっと見たいかも」
  シンがポリポリと頬をかきながら言うのに、レイも便乗して首を縦に振る。
  断固として渡そうとしないアスランの横から、イザークはひょいっと写真を抜き取ってルナマリアの方にぽいっと投げてしまった。
「イザーク!なにす・・」
「構わんじゃないか。どうせお前の見かけが女みたいだったのはもう周知の事実だ。いまさら減るもんでもなかろう」
「う・・」
  落ち着いて、茶でも飲め。と言われ、渋々紅茶を飲みだしたアスランと、楽しげに写真を見ている3人を交互にみやりながら、それまで無表情だったアイスブルーの眸がキラリと揺らめいた。
「そういえば、アスラン。面白い話を聞いた」
「ん?」
  っとイザークの方を見て、アスランは思いっきり顔をしかめた。
  イザークの眸の色が、なにか企んでいるときのそれだったからだ。
「聞きたくない」
「聞け!」
「嫌だ」
「・・」
  ふんっ。ならいい。
  そう言ってまた無表情になり、紅茶を飲んでいるイザークに対し、しばらくして根負けしたのはアスランの方だった。
「それでなんだ?」
  大きくため息をつきながら、アスランは諦めたように吐き出した。
「貴様、さきほど聞きたくないと言っただろう?」
「気になるじゃないか」
「もういい」
「よくない」
「・・」
  そしてまた無言になる。
  3人は2人のやりとりを黙って見つめていた。
  というより、割ってはいる勇気が無かった。
  なんとなく・・・どうしてなのか分からないけれど、割り込めない雰囲気のようなものがあるのだ。この2人には。
「母が、この前言っていたのを思い出しただけだ」
  イザークのアイスブルーの眸は手元の紅茶が作りだす波紋を見つめているままだったが、どことなく楽しげに揺れているのはシン達の気のせいだろうか。
「エザリア様が?」
  何も思い当たることの無いアスランは、不思議そうな表情でイザークの横顔を見つめている。
「昔、貴様が生まれる前に、母はレノア殿とある約束をした」
「?」
「2人は仲がよかったからな」
「それは知ってるけど、約束って?」
「もし、生まれてくる子供が女の子だったら、その娘を俺の婚約者にする。というものだ」
「な!」
『えええぇぇーー!!』
  アスランが驚愕の声を上げたのと、3人が驚きの声を上げるなか、イザークは平然と紅茶を飲んでいる。
「ば、馬鹿な。そんな話誰が信じると・・」
「だから母が言っていた。と言ってるだろう?」
  アスランの驚きようにイザークの眸はしてやったり。とばかりに楽しげに揺れた。
「まぁ実際に生まれてきたのは貴様で、そうはならなかったがな」
「当たり前だ!って・・ちょっと待て!もし俺が女だったら、イザークは婚約したのか?」
  イザークが素直に好きでもない女と婚約するとは思えないが・・。
  チラリっとイザークはアスランを見て、
「貴様に言ったことは無かったが、俺の初恋の相手はレノア殿だ」
「へ?」
「もし女だったら、俺に依存があるわけなかろう」
「・・」
「だからこそ、貴様が気に食わん!」
「なに?」
「なんでそこまでレノア殿に生き写しで、性別が男なんだ!しかも無駄に優秀ときて可愛げがない!」
「な・・」
  なんだかとても理不尽なことを言われた気がする。
  母に生き写しなのも男に生まれたのはアスランのせいではないし、ましてや無駄に優秀って・・可愛げが無いというのも余計なお世話というものだ。
  それに、性別に関しては、
「それなら、逆だって良かったはずだろう?イザークが女に生まれればよかったじゃないか」
「逆?ありえん!」
「ありえないって・・なぜ?」
「俺のが年上だからだ」
  先に生まれたのがイザークだから、後から生まれるアスランが性別をあわせるべきだ。との主張らしい。
  当然だ!とばかりに紅茶を飲み干すイザークの横で、アスランは頭を抱えた。
「どうせなら、もう一人レノア様が生んでくれればよかったですね。ザラ隊長の妹とか・・」
  そんな二人を黙って見ていたシンが、きっと可愛い子が生まれたでしょうね。見てみたかったなぁっと何気なく呟いた。
「妹・・」
  シンの言葉を真に受けて、真剣に考え出したイザークにアスランは冷たく言い放つ。
「妹がいても、イザークにはやらない」
「なんだと?貴様・・俺のどこに不満がある!」
  最近分かったことだが、イザークは基本的にはやさしい。とくに女性には。
  軍人としても優秀だし、家柄的にみても世間一般的に理想の結婚相手と言えるだろう。
  だが・・。
「全部」
  しれっとアスランは言い放つ。
  もしも妹が居たら・・おそらく自分は誰が相手であろうと反対する。
  その相手の全てがきっと不満だと思う。だから『全部』と答えた。
  ぬぅ・・っと横で唸っているイザークから視線を前方に戻すと、レイが神妙そうに発言した。
「ですが、お二人が結婚する可能性が無いわけではありません」
「え?」
  キョトンとしているアスランと眉をしかめたイザークを前に、レイは言うべきかどうか悩んだが、いまさら言わないわけにもいかず、結局続けることにした。
「昨今では遺伝子学の研究も進み、男性同士でも母体なしで子供を作ることが出来るようになったそうです。まだまだ研究段階らしいですが・・そう遠くない未来で可能なのではないでしょうか」
  それを聞いて思いっきり嫌そうな顔をしたアスランとイザークがまた激しい言い争いを始めたのに、レイはやはり発言したことを激しく後悔した。

 その後、何気なく始まったチェスの勝負から途中で抜けたイザークは、窓から見える菫色の薔薇園を見つめていた。
  戦争でアスランは全てを無くした。捨てていったものもある。家族も、友人も・・そして自分の名すら。
  だが自分には母がいた。アスランの父と同じ急進派であり、戦争犯罪者でもあるのに、母は生きている。
  だから、というわけではない。そんなことを理由にするつもりもない。
  アスランが無くしたものは無理だが、捨てていったものを守ることくらいはできる。
  そう思って母に協力し、この家を守った。だが・・。
「イザーク?」
  呼ばれてもイザークは振り向かなかった。
  不思議に思ってアスランが横に立っても、イザークの視線は菫色の薔薇園へと注がれたまま。
  それは正しいことだったか?家を守り、あの薔薇を守り、貴様に返したこと。
  単なる俺のエゴで、辛い思い出を蘇らせ、苦しめただけだったのかもしれない。
「アスラン・・」
「なんだ?」
  薔薇園を見つめたまま呟くように呼ばれた自分の名に、呆れたような穏やかな返事が返ってくる。
  ミネルバでお前は・・・。






 ちゃんと、笑えているか?







「失礼します」
  部下の指導や書類整理などの雑用がひと段落して、ゆったりとコーヒーを飲んでいると、司令官室の扉が開いて小さな箱を抱えたシホが入ってきた。
「隊長、お荷物が届いておりますが・・」
「荷物?」
「はい。こちらの手紙がついていました」
  受け取った直径20p程度の白い箱には《こわれ物注意》との張り紙がしてあった。
  眉をひそめて、訝しげに白い箱を四方から眺めたイザークは、ひとまず箱をテーブルに置き手紙を開く。

 

  この間はありがとう。
  作りかけで2年間放置していたものだけれど、せっかくだから完成させてみた。
  防犯や収納機能もついてるから・・・役に立つと思う。
  お礼というわけではないけれど、もしよければもらってほしい。
                                    アスラン・ザラ

 

 礼?あの馬鹿が。礼をするなら俺ではなく、母上にだろうが・・。
  どうするか?
  チラリ。と箱に視線をめぐらせ、しばし考え込む。
  このまま母上にお渡ししてもよいが、せっかくだから開けてみるか。
  と、そんな軽い興味本位の選択が、後にイザークを思いっきり後悔させることになるとも知らずに、イザークは、ぱかっと白い箱の蓋を開けてしまった。
  中には、乳白色の球体のようなものが入っている。
  なんだこれは?
  ゴソゴソと箱から取り出した瞬間・・。
  ジーーパカッ。にょきっ。
「うわっ」
  突然球体から手が出て動き、喋りだしたのだ。
『ハロハロー。ハロ、げんきぃー!』
  そう言ってイザークの周りを飛び跳ねている球体。
  ・・・こ、これは。
『イザ〜クゥ〜』
  可愛らしい口調でそんなことを言いながら飛び回る球体を、呆然としながら眺めつつ、思考をフル回転させる。
  イザークは前にこれと同じようなものを見たことがあった。
  そう、ラクス・クラインが持っているあのマイクロユニットだ。
  あいつめ・・彼女へのプレゼントを横流ししてきやがった!
「このっ!」
  ぴょんぴょんと飛び回るハロをイザークが捕らえようとすると、ハロはひょいひょいと避けてかわしている。
  あげくの果てには・・。
『こしぬけ〜!』
「うるさいっ!」
  端正な顔の眉間に皺をよせて鬼のようにハロを追いかけるイザーク。
  しかし、ハロは相変わらずひょいひょいと避ける。しかも、
『貴様もなぁ〜』
「ぐぅ・・★■△×・・」
  フルフルと怒りに震えるイザークに、尚もハロは飛び回る。
  しかし、そうプログラムでもされているのかと思えるくらい不思議なことに、イザークから遠く離れようとはせず、つかず離れずという微妙な距離でぴょんぴょんと飛んでいるのだ。
  シホはそんな隊長とハロの様子を見て、笑いを堪えるのに必死だった。
『勝負だ〜!』
  ぴょんぴょん。
「くっそぉお、あすらんめぇぇええ〜〜!!」
  ジュール隊ではもうめずらしくもないが、今日もまたイザークの怒声がボルテールに響き渡る。
  しかし、それからというもの、イザークの後ろには常に楽しげに飛び跳ねるハロがいるとかいないとか・・。




Fin

2005.05.07



■□■  あとがき  ■□□

最後までおつきあいありがとうございました(^-^)
パトリック氏との最後の別れの時ですら、アスランは振り向いてもらえなかったこと。
それがすごく不憫でならなかったので、この作品を書いて自己満足しました。
もっとうまく表現するだけの文才が無いのがとても悔しいのですが、
とりあえず「慟哭」はこれで完結です。
しかし、近いうちに続編?の妄想小説をアップできたらと思っておりますので、
よろしければ、 そちらもよろしくお願いします。

ちるるん


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