NOVEL1     櫻      1



   ZGMF-X23Sセイバーが撃たれた。


  その知らせが、ザフト最新鋭機体2機を搭載してプラントを出発していたボルテールに届いたのは、大気圏を抜け地球に降りてすぐのことだった。
  どういうことだ!何があった?
  アスランはどうした?
  その問いに対する答えは、地球軍による妨害電波が強く、詳しい情報がなかなか得られずに、半日以上イザークをイライラさせた原因でもあった。
  なんとか直接ミネルバとの通信に成功し、ひとまず安否の確認は取れた。
  しかし、あのアスランが撃たれるとは。いったい誰に・・・。
  戦闘はオーブとのものだったという。
  オーブ・・嫌な響きだ。
  アスランがあの国と戦うのは立場上、そして彼の性格上も厳しいことなのだ。
  AAが、また出てきたのかもしれないな。それなら相手はやはり・・。
  そこまで考えて、イザークは深くため息をついた。


  戦闘で甚大な被害を蒙ったミネルバは、艦体損傷が激しくやむ終えずクレタ島付近に停泊していた。
  このままではプラントへ戻ることすら出来ない。
  しかし、そんな状況であるにもかかわらず、ミネルバ内部は、傍目から見ても分かるほど浮き足立っていた。
  ジュール隊がミネルバとの合流を求めプラントを出発している旨の連絡を受けたからだ。
  ユニウスセブンの降下事件の際、ミネルバはジュール隊との共同破砕作業に当たりはしたが、クルーは直接イザークを見たわけではない。
  イザーク・ジュールといえば、アスラン・ザラと並ぶヤキン・ドゥーエを生き抜いた英雄であり、多くのザクト兵の憧れの対象でもある。
  そしてまたジュール隊所属の元ザフトレッド、ディアッカ・エルスマン。彼も英雄の一人である。
  その二人がミネルバに直接来るというのだ。
  新兵の多いミネルバでは、彼らを実際に見るのが始めての者も多く、自然とその話題で持ちきりとなっていた。


「なぁなぁ、ヨウラン。ジュール隊長ってどんな人?」
  MSの整備記録を打ち出しているヨウランに、ヴィーノが興味津々という表情で近づいてきた。
  手が空いていたのかメイリンも二人の側で話を聞いている。
「なに言ってんだよ。英雄だろ、ヤキンの・・」
「それは知ってる」
「外見は銀髪で眸の色はアイスブルー。すっげー整った顔してるらしい・・」
「それも聞いた」
「じゃ、なんだよ」
「だから、あるじゃん・・性格とかさ」
「うーん。部下思いだけど・・厳しくて、優秀だけど、気難しいって評判しか知らないなぁ」
「ひぇ〜・・つまり、それって怖いってことじゃんかー」
  震えあがるヴィーノに、ヨウランは怒らせなければいいんだろ。っと笑っている。
「そんなに怖くなかったけど・・」
「え?」
  MSの整備記録を取に来たシンが後ろからなんとなくそう呟いたのに、三人は大げさに反応した。
「会ったの?シン。ジュール隊長に!」
  メイリンが驚いて普段から大きな眸をさらに大きくさせている。
「うん。この前のプラントでの休暇の時」
  レイとルナマリアと共に出かけようとしたところでアスランと出会い、話をしていたらイザークが現れ一緒に出かけたという、事の経緯を簡単に説明すると、3人に激しく非難された。
「ずるーっい!おねぇちゃんばっかりー」
  メイリンは、アスランさんと出かけるなんて抜け駆けだー。っと頬をぷーっと膨らませて怒っている。
  ヨウランとヴィーノは、そういう面白そうなときは誘ってくれ!っと怒り心頭のようだ。
  シンからすれば、ルナマリアに無理やり連れていかれただけであり、怒られるのは筋違いというものなのだが。
「で、どんな人なんだ?ジュール隊長って?」
「どんなって・・たいてい無表情で、ザラ隊長とよく言いあってて、怒ったり・・怒鳴ったり・・あれ?」
「ひ〜。やっぱり怖いんじゃないかー」
  ヴィーノは更に震え上がる。
「そういうわけじゃないけど・・あ、レイ!」
  そこに丁度通りかかったレイをシンが呼び止めた。
「なんだ?」
「この間ジュール隊長に会っただろ?どんな人だったか説明してやってくれ。なんか俺、うまく説明できないし」
「・・・どう説明したんだ?」
「んー。いつも無表情で、隊長とよく言い争いしてて、怒ったり怒鳴ったりしてるけど、そんなに怖くない人?」
  この説明じゃだめ?っと小首を傾げるシンに、
「それで合っている」
  短くそう言って、レイは行ってしまった。
「だってさ」
  三人はますます頭を抱えた。


 まいったな・・。
  ミネルバの医務室では、アスランが医師達の隙を伺っていた。
  実際やられたのは機体だけで、アスラン自体の怪我などはたいしたこと無いのだ。
  機体が回収された時も意識ははっきりとしていたのだが、念のためということで医務室に連れてこられ、点滴までされて・・もう二日もベットに縛り付けられている状態だ。
  とにかく今は、早く一人になって考えたい。
  チラリと横で眠るルナマリアを見ると、彼女はまだ眠っているようだった。
  命に別状は無いようだが、彼女が視界に入るたびにアスランはやりきれない思いに襲われる。
  もしあのとき・・・。
  今それを思ってもどうしようもないことは分かっているが、自分の迷い、行動が彼女の怪我の根本的な原因のような気がしてならない。
  シュン。
  扉が動く小さな音が聞こえ、医師が離席したのを確認してからアスランはベットを降りた。


 ジュール隊旗艦ボルテールがルソーを伴い、ミネルバと合流したのは、アスランがベットを抜け出してすぐのことだ。
  けっして広くない搭乗口には尋常ではない人だかりが出来ていた。
  あのイザーク・ジュールを一目見ようと、野次馬がわらわらと集まっているのだ。
  シンやレイもメイリンたちにひっぱられて見学にきていた。
  ボルテールが横付けされ、搭乗口に姿を現したイザークに周囲がどよめく。
  透き通ったアイスブルーの眸と、見事なまでの白銀の髪が白い軍服に映え、全般的に整っていると言われるコーディネイターの中でもそれは群を抜くもので。
  感情が見えない無表情が、更にその繊細な美しさを人形のように思わせる。
  イザークの一歩後ろをついてきているディアッカは対照的に見事な金髪で、褐色の肌をもっていた。
  タリア艦長自らの出迎に、敬礼で答え互いに名乗り終え、二人が司令官室へと消えるまでその好奇の視線が耐えることは無かった。
  普段のイザークであれば、ミネルバクルーに向けて辛らつな一言を浴びせていたかもしれないが、タリアについていたフェイスの微章の前にそれを断念したのだ。
  彼は軍人であり、もう立場を見失うほどの子供でも無かった。
「では、応急処置が終わり次第、一時カーペンタリアへ。その後修理が済み次第、プラントに出発。それでよろしいですか?」
「ええ、それがいいでしょうね。こんな状況ですもの。いつ戦闘になるか分からないなら、万全の状態で望みたいわ」
「応急処置に二日。その間にボルテールからの物資の補給、MSの移艦を行い、明後日には出発できますか?」
「二日あればなんとかなるでしょう。では、よろしくお願いするわ」
「例の件もよろしいですか?」
「え・・・そうね。まぁいいと思うわ。どのみち機体が無いわけだし。仕方ないわね」
  イザークとディアッカはタリアに敬礼をし、司令官室を後にした。


  モビルスーツハンガーへと向かう途中、ディアッカは口笛を吹きかねないほどの上機嫌だった。
「ミネルバの艦長って女性だったのか」
  美人だなー。胸でかいなー。
  思いっきり鼻の下が伸びているディアッカを、イザークは心底嫌そうに横目で見る。
「あのナチュラルの女はどうしたんだ」
「ミリィ?・・・ああ、それは・・その」
  言いづらそうにそっぽを向くディアッカに、振られたのか。と一人納得して続ける。
「結構なことだ。所詮ナチュラルとコーディナイターでは恋愛にはならんということだろう」
「そんなことは!」
  ジロリっとイザークに睨まれて言葉を止め、ディアッカは小さく続けた。
「・・ないんだけどさぁ」
  勝手にしろ。っとディアッカから視線を前方に戻したものの、いい加減うんざりする。
  この舐めるような視線のことだ。
  ミネルバのどこを通ってもこの視線がついてくるのに、イライラする。
  奴もこうなんだろうか。これでは落ち着く場所がないだろう。
  ふと宵闇の髪が浮かび、少しだけ同情する。ほんの少しだけ!だが。


 モビルスーツハンガーへ到着し、下へ降りるとまた、そこにいる全クルーの視線が集中した。
  どこに行ってもこれでは、もう怒る気にもならない。
  イザークが進むとそれを避けるように道が出来るので、それはそれで楽なのだが・・。
  ぴたり。とイザークの足が止まる。
  見上げた機体は、以前の愛機デュエルとどこか似ている形状のもの。
  両手・両脚・頭部・・・ほとんどの部分が無残に引き裂かれ、かろうじてコックピットのある胴体部分が残されているこの機体。
「イザーク、これは・・・」
「ああ」
  セイバーだ。
  まさかこれほどひどいとは。
  イザークの無表情が消え、代わりに眉間に皺が寄り、その表情には確実に怒気が含まれている。
  フリーダム・・・。
「おい!」
  イザークは近くの整備兵に怒鳴る。
「セイバーと、隣の赤いザクを廃棄しろ」
「え・・ですが」
  戸惑う整備員は、イザークにギロリと睨みつけられて逃げるように走っていった。
「ディアッカ!」
「へい?」
「物資と新MSの移艦、それからミネルバの応急処置。二日で確実に終わせ!遅れるなよ!」
「りょ〜かい!」
  言い捨ててイザークはクルリと反転し、ミネルバ居住区の方へ足を向けた。
  そして思いついたように途中に居た若い整備兵に怒鳴る。
「おい!」
「えぇ・・は、はい!」
  明らかにおびえたように返事をしたのはヴィーノである。
「アスランはどこにいる!」
「あ・・ああ、えと」
  まるで鬼神のようなイザークの怒気に震え上がり、ヴィーノはうまく答えられない。
  代わりにその隣にいたレイが、冷静に応対した。
「ザラ隊長は医務室で休んでおられます」
  その返事に少し眉を潜めたあと、イザークはヴィーノを一瞥し、ふんっとばかりに去っていった。
  その後、シンとレイは激しくヴィーノに責められた。
  すげぇ、怖いじゃねぇか〜っと。



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