NOVEL1 櫻 2 |
セイバーとルナのザクが無くなったハンガーの前に、もうまもなくボルテールが運んできたという新MSの移艦が開始されるため、シンとレイが見学に来ていた。 慌しく行きかう人だかりの向こうから見える、小柄な人影。 なにやら白いボールのようなものを追いかけている、シン達と同じ色の軍服を着た、髪の長い少女がいる。 やっとそのボールを捕まえた彼女が、こちらに気付き、笑顔で小走りに近づいてきた。 「シン!レイ!久しぶりね」 「あ・・」 「久しぶりだな、シホ」 呆然としているシンに対し、レイは冷静に答える。 彼女とは同期で、アカデミー時代は同じ「赤」を着るために競った仲である。 「そうか、シホってジュール隊だっけ・・」 思い当たって呟くシンに、シホはにっこりと微笑む。 彼女はアカデミーにいる頃からずっとジュール隊を目指して頑張っていた。 ルナマリアはアスランに憧れていたが、シホはずっとイザークを尊敬していたのだ。 赤を着る。そのために女性というハンデがあっても、ルナマリア同様血を吐くような思いで彼女が頑張ってきたのを、シンとレイは知っている。 卒業後、迷うことなくジュール隊に志願した彼女の希望が幸運にも叶って、現在はイザーク指揮の下、ボルテールにパイロットとして乗艦していた。 「大変だったんですってね。ルナマリアの具合はどう?」 配属されてからというもの、ほとんど会えなくても、アカデミー時代に苦楽を共にしたルナマリアとシホは親友といっても良いくらい仲が良かった。 「今はまだ眠ってるけど、心配ないって言ってたよ」 「そう、よかった」 あとでお見舞いに行ってくるね。っと微笑むシホにつられるように、シンも微笑む。 だが、レイがじっと見ているのに気付いて、慌てて真顔に戻した。 シホという子は不思議な子だ。 いざ戦闘となると恐ろしいくらいの戦闘能力を発揮するくせに、普段は笑顔でいつもぽわ〜んとしているのだ。軍人とは思えないくらいに。 そんな彼女のことを、恋愛感情ではないにしても、シンは可愛いなと思っていた。 「ところでシホ、それ何?」 シホが持っているボールのようなものをシンが指差して不思議そうに見ている。 「あ、これ・・あ!」 ジーーパカッ。にょきっ。 『ハロハロー。ハロ、げんきぃー!』 そう言ってシホの手から飛び出した乳白色の球体は、周囲をぴょんぴょんと跳ね回っている。 「ああ・・」 やっと捕まえたのに。とシホは眉尻を下げて情けない声を上げた。 『こしぬけ〜!』 「これ・・マイクロユニット?」 変な言葉を発しながらレイの頭の上で跳ねたりと、忙しい物体を物珍しげに眺めながら、シンがつついている。 「うん。ハロっていうの。気付いたらミネルバに居て、見つかる前にボルテールに戻さないと・・」 「見つかるって誰に?」 その返事が返ってくるよりも前に、 『イザ〜クゥ〜』 嬉しそうな可愛い声を出して、ハロは居住区入り口の方へ勢い良く飛んでいった。 ハロを追いかける視界の隅で、ああ。っとシホが頭を抱えたのが見えた。 「・・・」 ガシッ。 気色悪い声を出して自分に向かって飛んできたハロを、顔面衝突する前に片手で掴んだイザークは、何事もなかったかのようにモビルスーツハンガーに入ってきた。 しかし、かなりの怒気を抱えているらしく、はっきりと見て分かるほど眉間に皺がよっている。 ミネルバクルーも、その様子をみんな遠巻きに目で追っていた。 『ハロハロ、ハロハロ!』 ジタバタとイザークの手の中でハロが悶えている。 シン達の近まで来ると、イザークは無言のまま近くにあった小さめの空き箱にボンッとそれを勢い良く投げ入れ、蓋をしてガムテープで止めてしまった。 『ハロハロ、ハロハロー!イザークゥ〜』 ゴトゴトとハロが箱の中で慌てたように泣いている。 「あ、あの、隊長。すみません。その子、気付いたらミネルバに来ちゃってたんです」 申し訳なさそうにシホが言うのを、イザークはチラリと見て舌打ちする。 別にシホが謝ることではないのに。 「こいつは、鍵がかかっていても勝手に解除して出てしまうらしい」 お前のせいじゃない。気にするな。 と言われ、シホはほっと安堵した。 こいつをどうしてくれようか、っとイザークが箱を睨んだ時。 ゴォンッ。 鈍い大きな音がモビルスーツハンガーに響き渡る。 見上げると、新MSの搬入中に、機体をどこかにぶつけてしまったらしい。 途端にイザークの罵声が飛ぶ。 「何をやっている!ミネルバに穴でも開けるつもりか!このヘタクソっ」 遠くでひぇぇ〜っとヴィーノが恐れ慄いて物陰に隠れた。 近くに居たシンとレイも、その怒気に押され、少し下がった。 その罵声に萎縮してしまったのか、操縦しているパイロットの動きが更にぎこちないものになった。 「貴様・・・もういい!その機体から降りろ!」 手に持っていた箱をシホに押し付けると、乗っていたパイロットを追いやってイザーク自らがコックピットに入って行き、クルーが見守る中、ハンガーへといとも簡単に機体を収納するイザークの操縦技術の滑らかさにシンとレイは、ただただ感心した。 そのすぐ後に入ってきた別の新MSも、問題なく綺麗に並んで収まる。 こちらの操縦はディアッカだ。 「あれ?お前が操縦してたの?」 コックピットから降りてきたイザークに、ディアッカはのほほんと声をかける。 「お前が、あんな間抜けに操縦させるからだ」 苛立たしげなその様子に、ご機嫌斜めね。っとディアッカは肩を竦めてみせる。 まぁいつものことだしー。っと、シホ達のところへと歩きながら、ディアッカは平然と会話を続ける。 「で、アスランの様子は?」 「・・・いない」 「へ?」 「逃げられたそうだ」 「お前、またアスラン苛めたのか?」 「苛めてなどいない!俺が行った時にはもう居なかったんだ」 「なんだそれ?」 「知らん!医師が目を話した隙に逃げたそうだ。部屋にも行ったが、居なかった」 ああ、それでね。 イザークの噴火寸前の原因はそれか。 『ハロ〜・・・ハロ〜・・・・・』 「ん?」 悲しげなその声に、ディアッカはシホの手元に初めて気付いた。 「それ、ハロが入ってるのか?」 「あ、はい」 ディアッカに指摘されて、慌ててシホは頷く。 「なんでそんなとこに?」 不思議そうなディアッカに、イザークがふんっ。と答える。 「俺が入れた」 「えー?可哀想じゃんか」 「可哀想?そいつは感情も何も持たない単なるマイクロユニットだ!」 憮然と言い放つイザークに、ディアッカは好き勝手なことを言い出した。 「うへー。あーやだやだこいつは。オニー、アクマー、冷血漢〜」 無論本気ではないが・・。 その様子を見て、再び遠くでヴィーノがひぇぇ。と慄いている。 まぁそう思うのも仕方がない。 イザークに向かってこんなセリフを言えるのは、気心の知れたディアッカくらいなものなのだから。 「うるさい!」 「あ!でもさ・・」 ベリッ。 「む!何をする、貴様!」 制止しようとするイザークからひょいっと箱を避けながらガムテープを取り、ハロを箱から取り出したディアッカは、イザークに向かって、まぁ見てろって。とばかりに、突拍子もないことを言い出した。 「ハロ、いいか?鬼ごっこだ。今日はアスランが鬼だぞー。それいけっ!」 ぽいっ。 ディアッカが軽くハロを投げるとハロは嬉しそうに2回跳ねてから、 『アスラァ〜〜ン!』 と可愛らしい声を出しながら、通路へと消えていった。 「なんだとぉ!?」 探索機能付か!? 叫んで呆然としているイザークに、追いかけないのか?っとディアッカがニヤリと笑う。 「わ、わかっている!」 お前は仕事をサボるんじゃない! そんな悔し紛れの捨て台詞を残してハロを追っていったイザークを見守ってから、ヤレヤレとディアッカは肩を竦めた。 俺も仕事に戻るわ。と言って去っていくディアッカと交代に、ヨウランとヴィーノが近づいてきた。 「シホ、おひさー」 「あら、ヨウラン、ヴィーノも。お久しぶりね」 にこやかに微笑むシホに、ヴィーノが同情をこめた眸で言う。 「大変そうだな、シホは・・」 「え?なにが?」 「ジュール隊長だよ。あんな怖い人と毎日一緒にいるなんて、俺だったら耐えられないよー」 「あら・・隊長は確かに厳しいけど、でも本当は優しい人よ」 ふふ。っとシホは綺麗に笑った。 うそだー!っと言い続けるヴィーノに、ほんとだも〜ん。っと、シホは微笑みを絶やさなかった。 |