NOVEL1 櫻 3 |
アスランはミネルバの甲板からクレタ島をぼんやりと眺めながら、先の戦闘のことを考えていた。 見つからないんだ。 何が正しかったのか。 何のために俺は戦ったのか。 その答えを見つけるためにザフトへ戻った。 けど・・・。 『カガリは、今泣いているんだ!何故君はそれが分からない!全てオーブとカガリのせいだって、そうして君は撃つのか!今カガリが守ろうとしているものを!』 キラの言葉が頭から離れない。 間違っていたのか?俺は。 ならば、どこから? 『アスラ〜ン!』 「え?」 コンッっと頭に軽くぶつかる感触。 『ハロハロ、ハロげんき〜!』 振り向くと、楽しそうに周りを飛び跳ねる乳白色のハロと・・・そして入り口のところに。 「イザーク!」 無言で近づいてきたイザークの表情は、無表情ながらも僅かに怒っているような気がした。 そういえば、ボルテールと合流することになっていたっけ。っとボーっと考えていたらいきなり怒鳴られた。 「貴様は、こんなところで何をしている!病人はおとなしくベットで寝ていろ!」 また胸倉を掴まれるのかと咄嗟に身構えたものの、予想に反してイザークはアスランから少し手前で止まる。 どうやら本気で心配しているらしい。 めずらしいこともあるもんだ。 「いや、もういいんだ。どうせ大したことないから。怪我もしてないし」 疑わしげに眉を潜めるイザークに、本当だ。とアスランは苦笑する。 「それで、ここで何をしている」 「・・考えてたんだ。俺の選んだ道は、間違っていたのかなって」 「どの道だ?」 「え?」 「貴様が軍人になったことか?親友と殺しあったことか?ザフトを裏切ってAAに味方したことか?自分の父親を撃ったことか?それとも・・・またザフトに戻ったことか?」 「・・・」 「貴様は馬鹿か!」 「なっ!」 「そんなことを考えたって仕方なかろう。やってしまったことは、今更変えられるわけじゃない。過去を振り返るよりも、今を見ろ!」 「・・・」 先の大戦でのお前はいつも悩んでいた。 俺は貴様といつもいがみ合ってばかりで、その理由を聞かされもしなかったし、理解しようともしなかった。 貴様の負った心の傷は、俺には想像できないくらい深いのかもしれない。 だがな・・だが、アスラン! 「前にも言った。俺は、貴様がストライクを撃った後、生きていてくれて本当に嬉しかった」 「・・イザーク」 「ディアッカだって同じだ。たとえ裏切り者でもなんでも、生きていたことだけで嬉しい」 「・・・」 イザークは不器用な奴だが、自分の無事を本当に喜んでくれたのが嘘でないことは間違いない。 アスランを怒鳴りつけ、ぶつけてくるイザークの想いはいつも痛いくらいに真っ直ぐで曇りのないものだから。 「セイバーが撃たれたと聞いたとき、俺がどんな気持ちだったかわかるか・・」 「・・・」 「アスラン、貴様は・・また俺に同じ思いをさせる気か!」 「!」 苦しそうに拳を握り締めながら吐き出されたその言葉に、アスランははっとする。 イザークには分かってしまっているのだ。全てが。 アスランが何と戦い、どうして負けたのか。 今を見ろ。過去を振り返り悩んだままでは、フリーダムと戦うことは出来ない。 そう言っているのだ。 キラと戦い、無抵抗のまま敗れた自分の姿は、彼の眸にどんな風に映っているのだろう。 「キラに言われたんだ」 キラという言葉に、明らかに不快感を表情に表したイザークに苦笑しながらも、アスランは続ける。 「カガリが泣いてるのに、彼女が守ろうとしているものを、全てオーブとカガリのせいにして撃つのかって」 アスラン本人に言ったことはないが、イザークは、キラとカガリという名前が両方とも嫌いだった。 キラは忌々しいストライクとフリーダムのパイロットだし、カガリはご大層な理想論だけ並べ立てるオーブという国の国家元首だからだ。 オーブという国が主張する奇麗事は、まるで絵空事のように寒々しく聞こえ、イザークはどうしても好きになれないのだ。 しかし、アスランにとってキラは親友で幼馴染だし、カガリは先の大戦でアスランに大きな影響を与えた人物であり、彼らの存在はアスランにとって大切なものだった。 「そう言って、キラは俺を撃った。そして俺は何も答えられなかった」 いつだってそうだ。と、自嘲気味にうつむくアスランを、イザークは黙って見つめていた。 殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで本当に最後は平和になるのか・・・? 貴方の信じるものは何ですか?頂いた勲章ですか?それともお父様の命令ですか?ならば、私を撃ちますか?ザフトのアスラン・ザラ。 ・・・いつだって俺は答えられない。 そうして悩んでいる間に事態は進み、結局何も止められないまま・・父を失った。 「だが、奴は。キラ・ヤマトは貴様を撃った」 「それは・・・でもキラだって、本当は戦いたくなんてないんだ」 「どうかな」 「え?」 「理由はどうあれ奴は貴様を撃った。一度撃てばもう躊躇わんだろう」 「そんなこと・・」 「俺は撃つぞ」 「え・・」 「奴が俺の前に立つなら、俺は本気で奴を撃つ!」 「イザーク!」 「俺は!」 「・・・」 「貴様の墓参りなど、絶対に行かんからな」 「・・・イザーク」 自分を見つめるアイスブルーの眸が、微かに悲しげな憂いを帯びているのに、アスランは何も言えなくなった。 愚かだと思う。 イザークだけじゃない。きっとディアッカだってそうだ。 自分を気遣い、こんなに想ってくれているのに。 いつだって自分のことだけで精一杯で。周りの人の気持ちを踏みにじる。 だけど・・。 「俺は見つけたいんだ。なんのために俺は戦ったのか、なにが正しかったのか。オーブでは見つからなかった」 「例えばそれは、貴様がAAに行けば見つかるのか?」 「分からない・・」 「・・・」 いや、本当は分かっている。 AAで見つからなかった。 だからオーブへ渡った。 けれどそこにも答えは無かった。 だから自分はザフトへ戻ったのだ。 「俺は、フリーダムに負けるかもしれん」 不意に、ポツリとイザークは呟いた。 「イザーク?」 「悔しいが奴は強い。だからといって無論殺られてやるつもりは無い。それでも分からんだろう?」 明日なんて、誰にも分からないのだから。 イザークのMS操縦の腕は確かだ。それはアスランも良く知っている。 でも、だからと言って必ず勝てるわけじゃない。 勝敗には常に置かれた状況や運も関係する。やってみなければ分からないのだ。 「そんなことは・・させない」 「ならば、お前も撃て!」 「・・・」 「貴様だって今度撃たれれば命は無いかもしれない。躊躇うな」 「イザーク・・」 「躊躇えば、俺か貴様のどちらかが死ぬことになる」 「!」 アスランが、キラをまだ信じているのは分かっている。 だが、果たしてキラはどうだ? キラがアスランを信じているという保障などどこにもないのだ。 もしも裏切られたとき、アスラン、貴様はどうするんだ? 「撃つさ・・俺だって、お前の墓参りなんていかないからな」 「薄情者め」 「どっちがだよ・・」 貴様の方が、薄情だろうが・・。 何が正しかったのかなんて俺にはわからない。 そんなものがあるのかすら疑問だ。 だけど、俺達は何のために戦ったのかなんて、分かりきってることじゃないか。 なぜ気付かない! ・・・厄介な奴だな。 「そろそろ戻るぞ。俺は滅茶苦茶忙しいんだ」 ガシッと片手でハロを捕まえながらイザークが早く来い。とアスランを急かす。 「え?いや、俺はまだここに・・」 「貴様・・いつまでサボっているつもりだ!仕事をしにいくんだ、早く来い!」 仕事と言われても、MSが大破してしまったアスランに、今するべきことは特に無いはずなのだが。 ぐずぐずしているとまた怒鳴られそうなので、アスランは仕方なくイザークの後を追った。 モビルスーツハンガーでは、イザークとディアッカがミネルバクルーの前で最新鋭MSの説明をしていた。 目が覚めたのだろう、ルナマリアも参加している。 腕に包帯が巻かれてはいるものの、そのしっかりした足取りにアスランはひとまず安堵した。 イザークの隣で説明を聞きながら、2機の新しいMSを見上げる。 彼によってアスランに押し付けられたハロは、すぐ横の棚の上に置かれ、楽しそうに揺れていた。 『ハロハロ、ハロ〜』 『こしぬけ〜』 そんなハロをアスランは一向に気にしていなかったのだが、イザークの気に障ったらしい。 説明を中断し、いきなりイザークが叫ぶ。 「アスラン!」 「ん?」 「そいつを黙らせろ」 「え?・・ああ」 一瞬キョトンとして、すぐハロのことかと理解する。 『貴様もな〜!』 「うるさいっ!」 マイクロユニットのセリフにいちいち反応することもないだろうに。っとアスランは呆れながらもハロに指示を出す。 「ハロ、眠ってろ」 すると、シューン。っという音と共に、ハロは動かなくなった。 イザークが虚を突かれたような顔をしてアスランを見ている。 「ん?」 「いや・・貴様」 「なんだ?」 「後で、そいつの取扱説明書をよこせ」 「は?・・・そんなもの無い」 「作れ!」 二人のやり取りに、ミネルバクルーは必死で笑いを堪えていた。 まるで掛け合い漫才のように聞こえてすごく面白いのだが、ここで笑えば容赦なくジュール隊長の怒声が飛んでくるであろうことは予想され、特に打ち合わせがされたわけではないが、決して声を上げてはいけない。というのが、もはや暗黙の了解のようになっていた。 再びMSの説明に戻る。 最新鋭MSが与えられたのは、シンとレイの二人だった。 そして今までシンが搭乗していたインパルスにはルナマリアが乗ることになった。 ザフトの技術はすごいものだ。 特にシンが搭乗することになった機体、ディスティニーガンダムは、説明を聞くだけでもかなりの性能を持つものであることは間違いない。 『強すぎる力は争いを呼ぶ・・・』 『争いが無くならぬから力が必要なのだ・・』 ふいにカガリと議長の言葉が、アスランの脳裏に浮かんだ。 果たしてどちらが正しいのか。 いや、どちらも正しいのか・・・? そこまで考えて、アスランは軽く頭を振った。 「質問は?」 一通り説明を終えたイザークの声に、アスランは視線を前に戻す。 「はい」 勢い良く手を上げたのはルナマリアだった。 「なんだ?」 「ザラ隊長の機体はどうするんでしょうか?」 一瞬ざわめいたミネルバクルーを、イザークが静かにしろ。っと一喝する。 「アスランは、本日付けでボルテールに移乗となる」 「え?」 アスランは不思議そうにイザークを見た。 「なに間抜け面をしている!貴様は今日からボルテールに乗るんだ」 「あ、いやでも・・タリア艦長は」 「タリア艦長の許可は取ってある。貴様さえ異存なければ構わないそうだ。だから良かろう?」 「ちょ、ちょっと待て」 俺の異存の有無はどこに・・。 「いいかアスラン、貴様はセイバーをぶっ壊した。これは予定外のことだからな。貴様の機体なんて俺達は当然運んで来ていない。ミネルバにはタリア艦長がいる。機体が無い以上、貴様はミネルバでは用済みだ。だからボルテールに移乗するんだ」 用済みって言い方は酷いな。まぁ、確かにそうなんだが、っとアスランは苦笑する。 「だが、ボルテールに移乗してもやることが無いのは同じような気が・・・ああ、予備の機体があるのか」 勝手に納得するアスランをイザークは容赦なく否定した。 「違う。お前はMSには乗らんでいい」 「?」 「貴様は、艦体の指揮を執れ」 「へ?」 「へ、じゃない。ミネルバを含む、ボルテール、ルソー3艦の艦体総指揮を貴様が執るんだ」 「ちょっ・・ちょっと待て、なんでそうなるんだ!」 「貴様がセイバーをぶっ壊したからだ」 「そうじゃなくて・・イザークが執ればいいじゃないか」 「貴様がMSに乗らないからな、一時的にミネルバのパイロットは俺の下についてもらうことになる。人数も増えるし、慣れていない分、ディアッカだけでは統率を取るのも多少苦労するかもしれん。だから艦体を貴様に任せて俺も出るんだ」 自分がMSで出たいだけなんじゃないだろうか。とアスランは恨めしく思ったが、口には出さなかった。 「貴様なら出来るんだから、やれ。というか、仕事をしろ!仕事をっ!」 アカデミーでも艦体戦のシュミレーション訓練はもちろん有った。 イザークの成績はかなりのものであったが、アスランはそれを上回る成績を収めているのだ。 「というわけで、貴様はボルテールに移乗だ。部屋はもう用意してある。今日中に済ませろよ」 確かにイザークの言うことは一理ある。 アスランが今の状態でミネルバにいても、何もすることが出来ない。 それならボルテールで艦体指揮を執った方が確かに良いだろう。 連戦続きで処理が止まっていた報告書なども、綺麗に整理する時間が取れるだろうか。 「・・・わかった」 渋々とアスランが頷いたのを見て、イザークはクルーたちを解散させた。 |