NOVEL1     櫻      4



  「ああ〜ん。つまんなーい!」
  ブーブーと文句を垂れているのはルナマリアである。
  アスランがボルテールに移乗後、応急処置が終了しクレタ島を出発したミネルバは、やっとカーペンタリアへと到着して本格的な修理が始まった。
「仕方ないだろ、上の人が決めたことなんだから。早くインパルスの整備終わらせろよ」
  慣れていないだろうからと最初の間、インパルスの整備に付き合うことになっているシンは、文句を言い続けているルナマリアにいい加減呆れていた。
「だってぇ〜もう6日も会ってないのよ!」
  あ〜ん、ザラ隊長〜。
  と言って、ルナマリアはコンソールに泣き付いている。
  シンとて気にならないわけではない。
 先日まで同じ艦にのって、一緒に戦ってきたアスランがミネルバに居ないというだけで、まるでぽっかりとそこだけ穴が空いてしまったかのような感じがする。
  アスランが居るのと居ないのでは、なんかこぅ・・安心感のようなものが違うのだ。
「あ、おーい、シン!ルナマリア!」
  そんな二人のところにヨウランが走ってきた。
「なぁに?」
  私、落ち込んでるんだから、つまらないこと言わないでよね。っとコンソールに泣きついたままのルナマリアに、ヨウランは良い知らせだよ。っと前置きする。
「明日さ、俺達休暇もらえるらしいぜ」
「休暇?」
  新兵の多いミネルバであるのに、ここのところ連戦続きだった。
  そんな自分たちの精神的や肉体的疲労を考慮をしての特別休暇らしい。
「新兵だけ?」
「そうらしい」
「なによそれー!」
  やっぱりザラ隊長に会えないじゃなーい!
  ルナマリアの機嫌は結局直らなかったが、休暇は嬉しい。
  シン達がカーペンタリアに来たのは始めてで、この付近は買い物にも便利だと聞いている。
「シホも誘ってみんなで出かけようぜ」
  ヨウランの提案に、シンとルナマリアは快諾した。


 今日のボルテールは平和だった。
  新兵のほとんどが休暇でクルーが少なくなっているというのもあるが、もともと整備班以外の人間は今あまりすることもなく、のんびりとした業務内容だったからだ。
  仕事がひと段落ついたアスランは、久しぶりに射撃訓練でもやろうかと士官室を後にした。
  すると、通路を歩いているアスランの前を、白い影が横切る。
  え?今のは・・ハロ?
  キョロキョロと見回すが、イザークの姿は無かった。
  ハロは搭乗口の方に向かっている。
  ハロがイザークの持ち物であり、アスランが作ったということは、ここ数日の間に皆の知るところとなってはいるものの、流石に軍事基地の中をフラフラするのはまずいだろう。
  アスランは仕方なく、射撃訓練を諦めてハロの後を追いかけた。
  思った通り、ハロは外へと飛び出していく。
「ハロ、待て!そっちへ行っちゃだめだ!」
  いつもならアスランに呼ばれれば戻ってくるのに、何故か今日はそのまま飛んでいってしまう。
  どこか壊れてしまったんだろうか?
  あのハロは、イザーク用に改造したもので、従来のハロよりも頑丈なボディにしてあるのだが、それでもよく叩いてるのを見かけるから、ありえないことではない。
  すると不意にハロが止まった。
『ハロハロ〜!ハロ〜!』
  ハロは嬉しそうに大きな木の周りをぴょんぴょんと飛んでいる。
  なるほど・・そういうことか。
  ハロの目当ては満開の花が咲いている、巨大な櫻の木だった。
  ジーパシャ。
  小さくシャッター音がして、ハロが写真を撮ったのが分かった。
  それで満足したのか、ハロ。と呼ぶと、今度は素直にアスランの手の上に収まった。
『アスラ〜ン。アスラ〜ン』
  手のひらの上でハロが可愛く揺れている。
  ハロは綺麗なものが好きだ。
  なぜか綺麗なものを見ると写真を撮りにいく。
  きっとこの櫻の木がハロのお眼鏡に適ったのだろう。

 それにしても見事な櫻の木だな。
  櫻は春の花だ。そういえばこの時期にカーペンタリアに降りたことは無かった、っと、アスランは木の根元に立ち、櫻の花を見上げた。
  最後に、櫻を見たのはいつで、誰とだったか・・・思い当たって、アスランは苦笑した。
  そうだった・・。
  櫻の花びらが舞い散る中、月でキラと別れた。
  また、戦うしかないのか?・・キラと。
『ハロ、ハロ〜?』
  ハロが心配げに泣いている。
  まるでアスランを慰めてくれているかのように。
  そんなプログラムなどしていないし、気のせいだと分かってはいるけれど、それでも少しだけアスランの心が救われた。
  櫻はもうすぐ終わるのか、少しずつ花びらが舞っていた。

「アスラン」
  呼ばれて振り向くと、いつの間に近づいてきたのか、後方にイザークが立っていた。
  こんな近くに来るまで気づかなかったとは。
  よほど自分は櫻に見入っていたようだ。
「何をしている?こんなところで」
  不機嫌そうな口調のイザークだが、別にそうではないことをアスランは知っている。
  これが普通なのだ。彼は。
「ああ、ハロを追いかけてきたんだ。イザークは?」
「・・・同じだ」
  不本意そうに答えるその様子にアスランは笑いそうになったのを、慌てて堪える。
  なんだかんだと言っている割に、イザークはハロを気に入っている。
  今も、見えなくなったハロを探して歩いているうちに、窓からアスランとハロの姿が見えたのでここまで来たのだ。
「用が済んだのなら、なぜ貴様はいつまでもここにいる!」
「え・・ああ」
  それもそうなんだが、っと。
「櫻が、綺麗だなと思ってさ」
  櫻の花を通して、柔らかく見える太陽の日差しに眸を細めながら、アスランは再び幹を見上げた。
  宵闇の髪が日差しを受けて、いつもより明るく見える。
  宝石のような眸も、整った容姿も櫻の木と合わさることでまるで一枚の絵のように感じられ、まったくもったいないことだ。
  何故こいつは男なんだろう。っと性懲りも無くイザークは心の中でつぶやいた。
  自らも櫻を見上げながらイザークは、問いかける。
「櫻の花は、なぜ、こんなに華やかな薄紅色をしているか知っているか?」
「え・・それは、光を受ける細胞に赤い色素の元であるアントシアンが」
  キョトンとしながら、答えたアスランに、
「つまらない男だな、貴様は」
  っと呆れたようなイザークの返事が速攻で返ってきた。
  アスランは聞かれた問いに普通に答えただけなのだが、それはイザークの求めたものとは違ったようだ。
「櫻の木の根元には死体が埋まっていて、その血を吸って櫻は鮮やかに花開くのだそうだ」
「死体って・・」
  思わずアスランは櫻の木から少し離れたが、すぐにそんなわけないだろう。っと思い直して止まった。
「本当に死体が埋まっているかどうか俺は知らんが、花びらの色が鮮やかであればその分だけ、その木がたくさんの血をすっている証拠なのだそうだ」
  たくさんの血を。
  地上で流されるたくさんの血。
  決して減ることのない、ただ増えていくだけの悲しい憎悪に満ちた血の海に浮かび、桜は美しく咲き乱れる。
「なんかそれって・・悲しいな」
「・・」
  ポツリとアスランがつぶやいた。
  死体なんて埋まっていないだろう。
  けれど、この櫻の木はいつからここに生えている?
  俺達が生まれるずっとまえからここに居て、たくさんの人が生きて、そして死んでいくのを見守って来たに違いない。
  いままでも、これからもずっと。
  助けを求める者にも、手を差し伸べることすらできず、喜びに咽び泣く者にも、賞賛の声すらかけられず、ただ、見守るためだけに、ここに居なければならない。
  ならば自分は?
  縛り付ける者もなく、自らの意思で動くことの出来る己がとるべき道は・・・?
  俺はまた、迷っている。
  道を見つけたい。
  己が正しいと思える道を。
  目の前に立つ見事な銀髪が風に揺れる。
  AAでも、オーブでも見つからなかったその道を、果たしてザフトで見つけられるんだろうか。
『貴様の墓参りなど、絶対に行かんからな』
  イザークは俺に死ぬなと言った。
  ならばお前は、道を探してくれるというのか?
  俺と一緒に・・。

「イザークって・・・」
  櫻を見上げて無言になってしまったイザークに、そこまで言いかけてアスランは慌てて言葉を止めた。
  言えばまた怒鳴られそうだ。と思ったからである。
「なんだ?」
「なんでもない」
「言え!」
「・・」
  言わないとただでは済まさん。とばかりに睨まれて、アスランは諦めたように続けた。
「いや、ロマンチストだなぁって・・」
  その言葉に一瞬虚を突かれたイザークは、すぐに我に返ってアスランの胸倉を掴み怒鳴る。
「くだらんことを言うな!」
  頬が微かに赤くなっているのは気のせいだろうか?
  アスランの手の中にいたハロが逃げるように横に飛んだ。
「言えって言ったのはイザークじゃないかっ」
  ばっ、と腕を振り払って逃れながら、アスランは言い返す。
  よもや睨みあい、臨戦態勢に突入したかと思われたその時、
『ハロ、ハロハロ〜。勝負だ〜!』
  可愛らしいその声に、二人の力が一気に抜けた。
「別に馬鹿にして言ったわけじゃない。ただちょっと・・意外だっただけで」
  ばつが悪そうにそう言ってから、アスランがまた櫻を見上げるのを軽くにらみながら、
  ふんっ。意外というのも、ずいぶんと失礼な物言いだと思うが。
  とイザークは憮然としている。
  しかし、こいつはいつまでこうしているつもりだ?
  櫻から一向に目を離そうとしないアスランを見、深くため息をついたイザークは思う。
  ・・・こいつは、本当に厄介な奴だ。っと。

 イザークは無言で櫻の木に近づくと、重力など感じさせないほど軽やかにトンッと宙に飛んだ。
「え!?お・・おい、イザーク!」
  突然の行動に、慌ててアスランが呼びかける。
  そんな言葉を完全に無視して、ト、ト、トンッと軽やかに櫻の大木の上まで昇ったイザークの付近から、ボキッっという小さな音が聞こえた。
  そしてふわりと着地した彼の手には、まだ全ての花が咲ききっていない一枝が握られていた。
「ほら」
  イザークはその枝をアスランにポイッと投げて寄こす。
「え・・」
  無意識に枝を受け取ったアスランは、呆然として櫻の枝と彼を交互に見つめている。
  イザークはいい加減見飽きた櫻から離れ、ボルテールへと戻りたかった。
  それがあればいいだろう?っとばかりの態度なのは、アスランにも分かったが・・だが、これは。
「ぶ!あっはははは」
  アスランは堪えられずに、爆笑してしまった。
「む?なんだ・・」
  今度はそのアスランの反応を理解できずに、狼狽したのはイザークの方である。
「ごめ・・やっぱりロマンチストだなぁって思ってさ」
「なにぃ〜!」
  アスランの笑いは止まらない。
  花は普通女性に贈るものだろう?
  櫻の大木に寄りかかって大笑いをしているアスラン。
  イザークは、怒ったような照れているような少し赤い顔をしている。
「でも、ありがとう。イザーク」
  そうお礼を言ってもなお笑い続けているアスランを、後ろからしばらく複雑な表情で見ていたイザークであったが、やがてゆっくりと微笑みを浮かべた。


BACK      NEXT