NOVEL3    白銀の海賊     1



   クライン公爵邸に近い宿の一室の中でも、その華やかな雰囲気と、賑わった喧騒が絶え間なく聞こえてくる。
「そろそろ行くか」
  窓辺に座って公爵邸を眺めていた銀髪の青年が、手に持っていた伸縮式の望遠鏡を下ろし、ポツリと呟くのにあわせて、灯りの灯されていない暗い室内にいた青年も立ち上がる。
「我らが愛しの姫君は、どのあたりだ?」
  飄々とした足取りで室内の青年が窓辺までくると、月明かりに照らされて、その髪の色が金色であることがわかる。
  ジロリと睨まれて、金髪の青年が肩を竦める。
「あ〜・・はいはい。我らがじゃなくって、お前の。ね」
「2階のバルコニーだ。ディアッカ」
  銀髪の青年は、ふんっ。と不機嫌そうに短く言って、望遠鏡をディアッカに投げた。
  まったく、独占欲が強いんだからなぁっと内心呆れながらも、姫の姿を望遠鏡に納めたディアッカは、ひゅう♪と楽しげに口笛を吹いた。


 今日は公国盟主であるシーゲル・クラインの生誕を祝う日であり、公国全土で華やかなパーティやイベントが催された。
  この日は、無礼講の日ともされており、多少の行いは多めに見られ、公爵邸の警備も多少緩やかになる。
  だからこそ、毎年この日を狙ったシーゲル・クラインの暗殺も多かったのだが、近年はシーゲルの甥でもあり、優秀な部下であるキラ・ヤマト大尉のおかげでそういう輩は少なくなった。
  若干17歳にして大尉の地位にある彼は、将来のクライン公国総督と噂される人物で、武芸に秀でたかなりの力量の持ち主である。
  そのキラ・ヤマトも、今日はおそらくシーゲル・クラインにべったりと引っ付いていることだろう。


「で、本当にいいのか?いっそのこと攫ってきちゃえば?」
  美し〜ぃ!などとほざきながら、鼻の下を伸ばしてるディアッカに舌打ちする。
「確認だけだ。一応な・・」
  彼女が本人であることは間違いない。
  自分が見間違えるはずは無いのだから。
  問題は、彼女がアレを持っているかだ・・。
「ふ〜ん。ま、いいけどさ」
  じゃあ、行くか。
  ディアッカが望遠鏡をしまい、ニヤリと不適な笑みを浮かべ目配せをしたのを合図に、銀髪の青年が立ち上がった。





 ・・・苦しいなぁ。

 バルコニーの手すりにそっと寄り添って、浅く息を吐いてみる。
  原因はこの着慣れない華美なドレスと、慣れない人ごみに酔ったせい。
  普段ドレスなど着ることのないアスランは、この姿が窮屈でならない。
  静かな場所を好む彼女は、人ごみ自体も苦手で、パーティというのもあまり好きではないのだ。
  しばらく此処に避難していたものの、気分は一向に良くならない。
「アスラン、どうしたの?」
  華やかなパーティ会場の方面から声をかけられて振り向けば、キラが不思議そうな顔をして立っていた。
  クライン公国の旗印でもある白に黒い縁取りの十字架が付いた式典用の白い軍服を着ているせいで、童顔のキラでも、いつもより大人っぽく見える。
  振り向いたアスランの白い肌がいつもより青ざめている様子から、キラはすぐにああ。と納得した。
  すぐに会場へと引き返したキラは、アスランのために冷たいソフトドリンクを持ってきてくれた。
「大丈夫?」
「うん。ありがとう、キラ」
  かすかに微笑んで受け取ると、キラも同じように微笑みを返した。


  7年前、アスランはカリブ海で海賊に襲われ、家族を失った。
  だが、両親の顔は分かるものの、それ以外は覚えていない。覚えていないというより、聞かされていなかった。
  だから自分がどこの、どういった生まれなのかよくわかっていない。
  大きな屋敷に住んでいて、自分の部屋の窓からは白亜の城が見えたこと。
  そして本当の名前がアスラン・ザラということ。
  唯一、素性の証となりそうなペンダントを持っていること。
  それ以外は何もわからなかったのだ。

 白亜の城はいろいろな国にあったし、ザラという家系を探してはみたものの、見つからなかった。
  丁度その頃は海賊が我が物顔で各国を荒らしまわっており、滅んでしまった国も多いと聞く。
  もしかしたら、亡くなった国に住んでいたのかもしれない。
  クライン公爵といえども、そこまで調べることは出来なかった。

 アスランの立ち振る舞いからも、両家の子女であることは間違いなかったし、ラクスがアスランを気に入っていたこともあり、クライン公爵はアスランを養女として迎えることにした。
  クライン公には子息は居なかったが、幸いにもアスランの誕生日はラクスよりも遅く、跡継ぎ問題にも差しさわりが無い。
  従って、アスラン・ザラはシーゲル・クライン公爵の次女として、7年前よりアスラン・クラインを名乗ることを許されたのだ。


 パーティ会場からの微かな灯りと、月の光に照らされた宵闇の長い髪がサラサラと風に揺れる。
  部分的に編みこまれた、繊細な細工が施された、白銀の髪飾がキラキラと輝いて、白磁器のように白い肌を引き立たせている。
  手すりに凭れながら外の景色を眺めるその眸は、宝石のように綺麗な翡翠で、髪の色に合わせたパステルブルーのドレスがよく似合い、アスランの壮絶な美しさに目が眩む。
  ドリンクを飲んで浅い息を吐いているその様子に見惚れていたキラは、彼女の問いかけに意識を戻した。
「お義父さまのところへ戻った方がいいんじゃないか?俺は平気だから・・・」
  シーゲルのところへ行けというアスランを無視して、キラは別の指摘をしながら苦笑する。
「『俺』じゃないでしょ」
「・・・いいじゃないか」
  今は二人しかいないのだから。っと、アスランは子供っぽく拗ねてみせた。

 アスランの一人称は『俺』だ。

 彼女は良家の子女として相応しい教育を受けているので、立ち振る舞いに何等問題ないが、実は7年前から武芸にも力を入れていた。
  クライン公は、そんなことはしなくていい。といつも言っているものの、アスランとしては、育ててもらった恩をいつか返したくて、クライン公や姉であるラクスをいつでも守れるようにと、剣の腕を磨いてきたのだ。
  キラと一緒に男性に混じって訓練を受けてきたため、いつの間にか一人称や言葉遣いが男性っぽくなってしまい、それが普通となってしまった。
  もともと才能があったようで、今ではキラと同じくらいの剣の腕を持っている。ただ、アスランは軍人ではないし、女性でもあるため、キラに腕力では負けてしまうのだが。

「公式な場では、それなりに振舞うさ。でも、キラとは・・今更だし」
  そんな白々しいの、恥ずかしいじゃないか。
  っと、アスランはばつが悪そうに俯いた。

 ここで頬を染めて俯くような仕草でもしてくれれば、キラとて可愛い!などと叫んで思わず抱きしめる。くらいの行動を起こしやすいのだが、世の中そうはうまくいかないのが現状で。
  はっきり言ってしまえば、キラはアスランが好きだ。
  この気持ちは友情ではなく、恋愛感情だということも間違いない。
  7年前、初めて出会ったときから好きだった。一目惚れなのだ。
  なのに、アスランときたらどんなにキラがアプローチをしてみても、一向に気付いてくれない。
  不本意ながら、7年も一緒にいるキラは、アスランにとって家族のような存在でしかなく、異性としての分類から外れてしまっている。つまり男としてはノー眼中なのだ。
  どちらかというと人見知りをするアスランが、心を許していろいろな表情を見せてくれるのは喜ばしいことなのだが、キラとてもう花の(?)17歳。
  色々といたしたいお年頃であり・・・要は我慢の限界というところなのだった。

「まぁいいけどさ。それより、アスラン。本当に顔色悪いよ?奥へ行って休んだ方がいいかも」
  先ほどより青ざめた顔は、もう蒼白といっていいくらい酷くなっている。
  支えようとして伸ばされたキラの手をやんわりとアスランは押し返す。
「うん。少し外の空気を吸ってくる」
  そして、キラは戻って。と微笑まれてしまっては、もう追いかけることもできない。


 広間を出て行く華奢な背中を見送りながら、苦虫を噛み潰したような顔をしているキラの肩を、横から笑いを堪えながら近づいてきた男が叩いた。
「お前さん、これで何敗目?」
  懲りないねぇ。っと軽そうな笑みを浮かべる男の肩に置かれた手を、キラは軽く払い落とす。
「放っといてくださいよ。ムゥさん」
  ムゥ・ラ・フラガ。クライン公国の軍人で、キラと同じ大尉でもある彼は、女ッたらしでも有名だ。
  どうにかしてアスランを振り向かせようと、年長者でもある彼に、女性の正しい扱い方。なる訳の分からない教授を受けてはみたものの、何の役にも立たなかったのは記憶にも新しい。
「そうしてやりたいのは山々なんだけどさー。俺としても困ってるのよねぇ」
  っと視線で指された方向を見やれば、そこにはシーゲルとラクスが並んで、どこかの商人らしき人物と談笑していた。
  こちらに気付いたラクスが、キラににこやかに手を振っている。
「お前を呼んで来いってせがまれてさー。連れて戻るのが俺の役目なわけよ」
  アスランは底なしの鈍感なのだが、最悪にもキラはそういったことに聡い方だった。
  だから当然気付いている。
  ラクスは、キラが好きなのだ。
  幼馴染としての好き、が、いつ恋愛感情に変わったのかまでは分からない。
  だが、だからこそキラは焦っていた。
  あの破天荒な性格を持つピンクのお姫様との間に、意に沿わぬ関係を持たされる前に、何とかしてアスランを振り向かせなければならない。
「ほら、行こうぜ」
  ムゥに促されながら渋々と、キラはシーゲル達のもとへ重い足を引き摺っていった。


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