NOVEL4   ディセンベルカレッジ白書   8



  「隙あり!!」

  ガバッ!っと音がしそうな勢いで、いきなり背後から現れた人影が、アスランに襲い掛かった。すぐ隣に座っていたキラは驚いて体半分飛びのいてしまったけれど、抱きつかれている当のアスラン本人は、慣れているのか平然としていた。
  スキンシップが好きな彼が、避けたところで捕まえるまでしつこく襲い掛かってくることは分かっていたので、アスランはあえて避けなかったのだ。
「気付いてたよ、ハイネ」
  溜息交じりに吐き捨てるアスランに、あ、やっぱり?と、派手なオレンジの髪を揺らしながら笑顔を見せた彼に、ボックス席に座っているメンバー全ての視線が集まるが、ハイネはそんなことは気にする様子も無い。
  もともと外見に比例して派手なことが大好きな彼には、日頃から尊敬や羨望などのあらゆる視線が集まることが多かったし、生憎それにたじろいでしまうような可愛い性格も持ち合わせていないからだ。

  ハイネは席にカガリがいることに気付いていなかったが、彼女の方はといえば、いきなり現れた彼を真っ赤になって凝視し、固まっていた。
  キラは落ち着いて席に座りなおすと、自分の姉の想い人を冷静に観察する。
  背丈はアスランより少し高いくらいだろうか?派手なオレンジ色の髪を持つ彼の容貌は、以前キラ達が見かけたときは後ろ向きで分からなかったが、こうして真近で見ると、さすがコーディネイター。恐ろしく整った容姿をしていた。

「で、俺の歌どうだった?」
「・・・」
  ハイネは後ろから抱きついた格好のまま、アスランを上から覗き込んでニヤリと笑う。
「ああ、言葉に言い表せない程感動して、俺に惚れ直したってワケね!」
  まだ何も言っていないのに、勝手な解釈をして、まいったなー。などと言いながら、ハイネはアスランの手にしていたグラスを奪い取り、勝手に飲んでしまう。
  問いかけはしたものの、歌の分からない人間から気の利いた感想をもらおうなどと、ハイネは全く期待していないのだ。
「うわっ、うっすー!何?お前こんなの飲んでんの?」
  グラスの中身はモスコミュールなのだが、かなり薄めに作られていた。
  普段キラ達はアルコール等飲まないと聞いたアスランが、それにあわせてディアッカに頼み作ってもらったのだ。
  軍関係でどうしても多くなる飲み会により、滅茶苦茶鍛えられているアスランは、酒に強い。ちなみに、ハイネもザルだった。
「これじゃ水だろ?」
  呆れたようにそう言ったハイネは、先ほど結構な曲数を歌ったこともあり喉が渇いていたらしく、グラスの中身を一気に飲み干してしまう。
「ちょっと待ってろ」
  そう言ってアスランから腕を放し、カウンターへと消えるハイネの背中を見送ってから、キラはアスランに問いかけた。
「アスラン、あの人と友達なの?」
「ああ・・・」
  カレッジで同じ専攻の・・っと続けようとしたアスランの言葉を遮って、キラが続ける。
「あの人軍人でしょう?」
  軍人とどうして友達なの?
  訝しそうなキラの眸がそう言っていた。

 アスランは自分が軍人だということをキラに話していない。
  昔はアスランも戦争なんか嫌いで、自分が軍人になるなんて考えたことも無かった。
  しかし、それが現実になったとき、例え任務とはいえ、人殺しとなった自分が、キラの眸にどんな風に映るのかを考えると、言うことが出来なかったのだ。
  軍人になったことを後悔はしていないし、恥じてもいないが、オーブで平和に暮らしていた彼に、軍人としてのアスランを理解してもらえるとは思えなかった。
  大切な幼馴染・・・親友であるキラにだからこそ、どうしても伝えられなかったのだ。
  ずっと隠しておける訳もないし、いつかは話さなければいけない事なのだが。

 しかし・・・。

「どうしてそう思うんだ?」
  ハイネが軍人だと、どうしてキラが知っているのだろう?
  アスランの知る限り、ハイネとは今日が初対面のはずなのだが・・・。
「だって・・・」
  言葉を濁しながら、キラはカガリを見た。
  その視線に気付いたアスランが、不思議そうに視線をカガリに向ける。
「ああ、えと。プラントに着いたとき、ハイネは私の護衛をしてくれたんだ」
  アスランはカガリの口から出たその事実に、酷く驚いた。
  カガリがハイネを知っていたということもだが、それよりハイネはZAFTを休職中のはずだ。
  それなのに、
「護衛?」
  しかもカガリの?
  だとすると、それは数日前ということになる。
  あいつ一体何をやってるんだ?
「だから、彼は軍人でしょう?」
  どうして軍人と友達なの?キラの眸に、アスランはそう問い詰められる。
  まぁ理由はどうあれ、ハイネが軍人であることはバレてしまっているらしい。
  ならばもう、アスランとて腹をくくるしかないか。
「それは・・・」
 
  ガシャン!

  その時、いきなり大きな音を立てて、目の前のテーブルにワインクーラーが置かれるのに、アスランは驚いて言葉を止めた。何事かと見上げてみれば、そこにはもう一方の手にワイングラスを乗せたトレイを持った、ハイネが立っていた。
  しかし、彼の浮かべている口角を上げた笑みは、アスランには向けられておらず、その先には何故かキラがいる。
「そういえば、アスランの友達?」
  そのまま彼は、ふいっとキラから目を離し、輪を描くようにボックス席のメンバーを見回す途中で、あれ?っと声を上げた。
「よぉ、また会ったな、カガリ」
  キラへ向けたものとは異なるハイネの柔和な笑みに、カガリは真っ赤になってこくこくと何度も頷いた。



 パーティのホスト役であるハイネは、カウンターの中にも出入り自由である。
  隅のほうで女の子とイチャついているディアッカに、サボってんなー。と一声を掛けてから、奥へ入って品定めをすると、カウンターの中には酒類とソフトドリンクが一通り用意されていた。
  ふらりと立ち寄った席で水のようなカクテルを飲んでいたアスランのために、度数を上げた、強めのカクテルでも持っていってやるかとブランデーとホワイトラムを手に取ったとき、その影に置かれていたボトルがハイネの目に付いた。
  なんでこんなものが・・・。
  不思議に思ったが、モノがモノだけに、見つけてしまったなら有難く頂く以外に選択肢はない。
  意気揚々とそれを取り上げ、ブランデーとホワイトラムを元の場所に戻したハイネは、トレイにワイングラスを2つ載せて軽い足取りでカウンターを出た。

「ヴェステンフルス先輩!」
  呼び止められた少し高い女性の声に振り向いてみれば、ルナマリアがこちらに走ってくるのが見えて、ハイネは足を止めた。
  ぴょこんと跳ね上がった前髪の遊び気がチャームポイントの彼女は、アカデミーでのミゲルの教え子で、紹介されたのはパーティが始まる数刻前なのだが、物怖じしない性格らしく、すぐにこうして屈託無く笑顔を向けてくる姿は、とても好ましいものだ。
  ただ、一つ不満があるとすれば・・・。
「さっきも言ったろ。ハイネだ、ハ・イ・ネ!」
「あ・・・」
  まだルナマリアは正式な軍人ではないが、そう遠くない未来に、2人の関係は、『先輩』と『後輩』になるのだろう。
  しかし、ZAFT軍には元々階級というものが存在しないため、例え先輩であろうと名前で呼び合うのが一般的だ。無論それは強制ではなく、敬称を付けて呼びたいというのであれば、それは悪いことではないのだが、生憎ハイネは他人行儀なその呼ばれ方に異を唱えるタチだった。
  彼の近くまで走ってきたルナマリアが、少し頬を染めながら、手を口に当て、小さくすみません。と謝罪してくるのに、
「それで?何か用か?」
  ん?っと僅かに笑みを乗せてハイネが促す。
  もし、パーティで何等かの問題が起こったのであれば、もっと切羽詰った雰囲気を纏っているはずだから、それはまず無いだろう。だとしたら、個人的な用件か?
  頭の中でそんな分析をしながら、彼女の返答を待っていると、それは、ある意味予想通りであり、もう一つの意味で予想外のものだった。
「ザラ先輩の座席、B−5番って聞いたんですけど、どの辺りか分かります?」
「そりゃ、分かるけど。ザラって・・・アスラン・ザラ?」
「はい!」
  B−5といえば、間違いなくアスランのいるボックス席の番号だ。
  けれど、嬉しそうに返事をする単なるアカデミーの訓練生のルナマリアと、ZAFTが誇るトップガン、FAITHであるアスラン・ザラとの接点が見出せずに、ハイネは思わず確認してしまった。
「ダンスを一緒に踊る約束をしたので」
「はぁ!?」
  続けられたルナマリアの言葉に、間抜けな声を上げてしまったハイネは決して責められるものではないだろう。
  今はDJが途切れなく曲を流し続けているフロアで踊っている若者は多い。みんなそれなりに楽しんでもらえているようで、中には派手はパフォーマンスを見せて視線を攫っている者もいる。
  しかし、ここで踊っているのは社交界で踊られるような優雅なダンスではなく、アップテンポな曲調の、そう・・・ぶっちゃけ庶民のダンスだ。
  ザラ家といえば言うまでも無く、現国防委員長であるパトリック・ザラが当主であり、プラントでも有数の、いわば名門。その子息であるアスランが、よりにもよって庶民のダンスを踊る!?しかも、この子と!?
  ラクス嬢以外とダンスを踊ることが出来るほどの甲斐性がアスランにあるとは思えないから、これはやはりミゲル辺りの差し金なのだろう。彼が2人の婚約をあまり良く思っていないというのはハイネも知っていたが、随分と強攻策に出たものだ。
「あの・・?」
  考え込むように黙り込んでしまったハイネを、ルナマリアが首を傾げながら覗き込んでくる。
「ああ、席ね。ちょうど今から行くところだから、ついて来いよ」
「ありがとうございます!」
  ルナマリアを連れて、ハイネは再び歩き始めた。
  もともと運動神経にも秀でたアスランのことだ。踊れと言われれば努力はするだろうし、覚えも早いだろうが、彼の心中を思うと不謹慎にも笑いが止まらない。
  ミゲルのささやかな悪戯にも見える計画は中々興味深いもので、ハイネは心の中で天晴れ。と扇子を振った。



『あの人軍人でしょう?』

 アスランのいるボックス席に近付くと、そんな会話が聞こえてきた。
  茶色の髪の男が、真剣な表情でアスランに問いかけているのが分かる。
  『彼』とは誰だ?
  などと思うほど、ハイネは間抜けではない。
  席を離れてそれほど時間もかけずに戻ってきたのだから、間違いなく自分のことだろう。
  彼の口調は明らかに好意的なものではないと思われる。
  素早く席に座るメンバーを見渡して、見たことのある金髪の少女に気がついた。
  なるほど。
  カガリと一緒にいるということは、彼等はオーブカレッジの生徒だ。
  そして先日の彼女との会話から、ZAFTの軍人は良く思われていないこともハイネは感じていたので、すぐに見当が付く。
  軍人の自分と友人であるのは何故なのか?とでも問い詰められているのろう。
  アスランは彼等に自分も軍人であることを、まだ言っていないのだろうか。
  まぁ何にせよ、一瞬にしてこれだけのことを悟る俺って流石すぎ!

  ガシャン!

  ハイネが近付いてきたことに気付かない面子の、重い雰囲気を吹き飛ばすように、ワザと大きな音を立てて、テーブルにワインクーラーを置いてやった。
  狙い通りアスランは言葉を止めて、驚いたようにハイネを見上げてくる。
  だがハイネはアスランではなく、意図的にキラに視線を合わせた。
  なんか、一番やっかいそうな奴だと、直感が告げていたから。
  そして、さりげなく、いま気付きました!という様子を装って、カガリに挨拶した。


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