NOVEL4 ディセンベルカレッジ白書 7 |
『カレッジの皆さ〜ん、それと、愛すべき同僚諸君!!俺の・・いや、俺達のディナーショー!もとい、ジョイントライブへようこそ!!』 辺りの照明が落とされ、複数のピンライトによって照らされた中央のステージには、ミゲル、ハイネ、ディアッカの3人が立ち、盛り上がる観客に向かって盛大に愛想を振りまいている。 次々と発せられる冗談を交えた軽いトークで場を沸かすミゲルを、ボックス席の中から見ていたアスランは、つくづく司会なんて引き受けなくて良かったと安堵していた。 彼等を見つめている女性陣は、みんなうっとりした表情をステージに向けていたが、もしあそこにいるのが自分であったなら、司会なんて全然似合わないし、なにより日頃とのギャップの大きさに、彼女達は一斉に引くだろう。っと、アスランは溜息を付く。 しかし、アスランにユーモアのセンスなど求めるほどミゲルとて愚かではない。 単にショーに華を添えるつもりの依頼であって、別に冗談を言わせるつもりなど全く無かったのだが、自分の魅力に破壊的に疎いアスランは、その意図に気付くわけが無かった。 『えー、本日皆様のホストを勤めさせて頂きますのは〜、黄昏の魔弾こと、ア・ナ・タのミゲル・アイマン(はーと)。そして〜俺のダーリンで本日の相方、ハイネ・ヴェステンフルス!』 ざわめく観衆の声援に負けじと大きな声で宣言された名前に、カガリが弾かれたように顔を上げた。 反応したカガリに勿論キラ達は気付いたが、事情を知らないアスランだけは、ステージを眺めながらダーリンってなんだよ。っと引きつった笑みを浮かべていた。 当のハイネはステージの上で、観客に向かってヒラヒラと手を振りながら軽薄な笑顔を浮かべている。 『最後に、幹事という名の雑用係、ディアッカ・エルスマン!』 「えー、なんだよ、その紹介は〜」 ミゲルに対し、速攻で不平を漏らしたディアッカを、ハイネがすかさずガッチリとホールドして黙らせた。 もちろん笑顔は崩していない。 ディアッカも本気で怒っているわけではないらしく、揉み合いながらも実に楽しそうだ。 『そして総合司会も、不肖わたくし、ミゲル・アイマンが執り行わせていただきます。んじゃ、早速いってみようか!まず最初の曲は、ハイネによる【vesti○e -ヴェスティー○-】!』 強烈な光と共に軽快な音楽が流れ、始まったライブに、キラ達は圧倒された。 素人のステージとは思えないほど盛り上がる観衆はもとより、大音響に乗って流れてくるその歌声は不思議な声色で、心地よく、そして力強く心に響いてくる。 何より、ハイネは・・・いや、ミゲルも。2人とも、ものすごく歌が上手かった。 もともと声質が似ているのだろうか? 交互に歌っていた2人のジョイントというだけあって、最後に行われたデュエットの見事なハーモニーは、観客を大いに沸かせた。 感動してステージに魅入っているキラ達の横で、何の感慨も抱いていないアスランは、先日マイクロユニット相手にハイネが歌ってたのは、この練習だったのか。などと、どーでもいいことを思っていた。 まいったなぁ・・・。 カウンター席の一番端に立っているディアッカは、浅黒い頬をポリポリとかきながら、自分の胸に抱きついている少女を見下ろした。 彼は自他共に認める大の女好きである。 それは彼にとって否定すべき誤解などではなく、男の勲章として誇るべき認識であった。 従ってこの状況は、決して困惑すべきモノではない。 ディアッカが通常好むのは彼の愛読書(エロ本)が示す通り、豊満なお色気たっぷりの美女。だが、多少趣が違えど、自分に好意を寄せてくれる女性であれば、好み云々には拘らず、美味しく頂くことにしている。 しかし今、自分の胸に抱きつき離れようとしないこの少女は、全く面識も無く、おまけに泥酔しており支離滅裂な言葉を先ほどから吐き続けている。 ディアッカは、そんな状態の少女に手を出すほど、女性に不自由しているわけでもないし、そこまで鬼畜でもなかった。 「なぁ、お嬢ちゃん。君の席はどこなんだ?」 「んー、あっち!」 あっちって、どっちよ。 ディアッカは溜息を付きながら、無理矢理彼女の腕を解かせようとすると、ツインテールの赤い髪を揺らしてイヤイヤをした彼女の体がグラリと揺れた。 慌てて支えるように抱きかかえると、その感覚に満足したかのように、少女がディアッカを見上げて微笑んだ。 う・・・・かわいいじゃないか。 不覚にも、硬直してしまったディアッカだが、いつの間にやってきたのか、カウンターの中で何やら物色しているハイネから、さぼってんなー!っと、飛んできた非難の声に、我に返った。 「で、名前は?」 「んー」 そう、ディアッカもホストである以上、ミゲルやハイネのように各席を回り、招待客の相手をしなければならない。 いつまでもこの少女に捕まっているわけにもいかないのだ。 要領を得ない返答を繰り返す彼女に、ディアッカは根気強く問いかけ、やっと彼女の名前が『メイリン』ということを聞き出すことが出来た。 しかし、その名に聞き覚えは無い。 パーティに出席している以上、誰かの知り合いだが、ヨウランとかヴィーノとか・・・彼女から出てきた名前に、ディアッカは全く心当たりが無かった。 ハイネに助けを求めようとしたが・・・すでに、居ないし! ディアッカはカウンターの上においてあるトレイに目を留め、そして再び少女に視線を戻して途方に暮れた。 トレイには作りたてのカクテルグラスが一つ置いてある。 それは、イザークのために用意したものだ。 別に頼まれた訳ではないが、あいつときたら、会場に来て直ぐにバルコニーを陣取り、不穏な空気を滲ませたまま、料理にも飲み物にも一切手をつけず、外の景色を睨み続けているのだ。 イザークは色々な意味で有名人だ。 その人となりを知っていればこそ、あんな体中から常に強烈な電磁波を発散させているような状態の彼に、わざわざ近付こうなどという物好きはいないし、あの電磁波の影響を受けない、もしくは感じないであろう人間は、この空間にごく僅かしか存在しない。 ミゲルやハイネがあてになるはずも無く、アスランに至っては目下幼馴染に夢中といった状況で席を離れる気配すら無いとくれば、必然的にフォロー役はディアッカということになる。 俺ってかなり貧乏クジじゃねぇ? 絶対今度あいつらに何か奢らせてやる。 決意を新たにしていると、再び腕の中の体がグラリと傾いた。 「おっと・・」 「きゃっ!」 メイリンが倒れないように支え起こすとき、ちょうど横を通った女性にぶつかりそうになって、その彼女が驚いたように小さく声を上げた。 「あ、悪い。大丈夫か?」 「ええ。平気よ」 あれ?この子は・・・。 少し驚いただけだから、っと顔を上げて微笑んだ燃えるような紅い髪を持つ彼女は、アスランの友人で、確か。 「えーと・・フレイだよな」 ディアッカは、一度会った女性の顔と名前は忘れない。 ましてそれが美人なら、なおの事。 フレイはお世辞ではなく、コーディネイター並の美貌を持っている。 そして何より華のある少女だった。 「あなた、アスランのお友達の・・・」 「ディアッカだよ。覚えてくれよな」 バチンっと音がするくらいのウィンクを投げられて、フレイは一瞬頬を染めるものの、彼の胸に縋りつくように抱きついている少女に目を留めて、眉を潜める。 その表情は明らかに、ああ、この男はこういう軽い男なのだと。語っており、ディアッカはヤレヤレっと肩を竦めた。 この状況でそれは明らかに誤解なのだが、常日頃のディアッカの行動上では誤解とは言い難いため、あえて無視することにした。 「あのさ、そこのカクテルちょっと運んでもらえないか?」 「運ぶ?誰に?」 ディアッカからしてみれば、自然な思いつきだった。 アスランの友人であるなら、イザークとアスランの関係も聞いていることだろう。ということは、イザークと彼女にも面識はあるはずだ。 ましてイザークはあれで意外と紳士だから、女性に手を上げることはない。 自分が動けないなら、彼女に持っていってもらうのが今のところ一番良いのではないだろうか? 「イザークだよ。バルコニーにいる銀髪の」 「銀髪・・・」 一瞬フレイは躊躇うように何かを考えていたが、すぐに了承の返事が返ってきた。 そして、トレイを持ちバルコニーへと消えていくフレイの背中を見送ったディアッカは、 「メイリン、ちょっと歩くぞ〜」 「はぁ〜い」 メイリンの体を倒れないように抱えながらフロア内をさ迷い始めた。 バルコニーまであと一歩という距離で、フレイは今更ながらに後悔していた。 レストルームから戻る途中で遭遇したディアッカは、女の子に抱きつかれて困ったような情けない顔でフレイに頼みごとをしてきた。 それを引き受けたのは多少の同情心もあったけれど、本当はもう一度彼に会いたいという気持ちがあったから。 腕を振り払った彼の冷たい表情が、今でもフレイの心に深く突き刺さっている。けれどキラのように、嫌い。と単純に彼を否定できない自分がいるのもまた事実で。それが酷くフレイを混乱させていた。 カクテルを乗せたトレイに視線を落としたまま、最後の一歩がどうしても踏み出せない。 「いつまでそこにいるつもりだ?」 立ち尽くしたまま行動を起こそうとしないフレイに、容赦の無い一言が浴びせられた。 「あ・・・」 凛とした声に、慌てて顔を上げると、そこにアイスブルーの双眸があった。 フロアから漏れる微かな光と月明かりだけの薄暗い場所であっても、見事な銀髪はハッキリとその存在を主張しており、彼が間違いなくイザークであることを物語っている。 イザークは、バルコニーに置かれたテーブルに片肘を付いて、椅子に座った姿勢のまま、鬱陶しそうにフレイを見ていた。 「これ、ディアッカからよ」 視線の強さに気圧されながらも、フレイは勇気を出して歩を進める。 ここでまた怒鳴られでもしたら、それこそ逃げ帰ってしまっただろうけれど、イザークはただジッとフレイを見つめているだけだった。 あの日。 というより、未だに。 イザークは、アスランから毎日のように説教という名の御託を受けていた。 家で顔を会わせると、必ず奴は東屋の一件を持ち出す。 イザークのナチュラル嫌いは今に始まったことではない。 血のバレンタインから・・いや、この世に生を受けた時点から嫌いなものは嫌いなのだ。 だが、血のバレンタインは地球軍が行った暴挙であり、先日のテロはブルーコスモスが悪いのであって、彼女は地球軍でもなければ、ブルーコスモスでもない。 だからあれは、年下の癖に可愛げの無い、しかも甚だ不本意ながら義弟になりやがった輩などに指摘されずとも、明らかに八つ当たりであったことを、イザーク自身も心の中では認めている。 認めてはいるのだが・・・ただ、指摘した人物が気に入らないのだ! フレイは、イザークの近くまできて、トレイからカクテルをテーブルへと移動させる。 「・・・キール・ロワイヤルか」 グラスの中に注がれている透明な紅い液体に、イザークがポツリと反応した。 「キール・ロワイヤル?」 「カクテルの名前だ」 確かにパーティに似合うカクテルではあるが、度数が低すぎる。どうせならもっと強いのを寄越せばいいのに。 「それ美味しいの?」 不満そうなイザークに気付かないフレイは、グラスの中を小さく漂う気泡を不思議そうに眺めている。 「飲んだことないのか?」 華やかなカクテルの女王と呼ばれる『キール・ロワイヤル』。 カクテル『キール』のベースでもある白ワインを、シャンパンに変えグレードアップさせたものを『キール・ロワイヤル』と言い、祝いの席や記念日などに振舞われるカクテルの一つだ。 程よく甘くて飲みやすいため、女性に人気が高い。 「お酒はあまり・・」 「飲んでみるか?」 イザークは甘いものが好きではない。 それを知っているディアッカが作ったものであれば、多少甘さを控えてあるかもしれないが、本来のキール・ロワイヤルの味を失わせるような作り方はしていないだろうから、彼女にも十分飲めるものだろう。 「いいの?」 「ああ」 フレイは躊躇いながらもカクテルを手に取った。 紅い透明な液体に、小さな気泡が漂い、グラスの中にある幻想的な光景を飲み干すのは聊か勿体無くも感じられたが、どんな味がするのか興味もある。 少しだけ、コクリと喉を湿らせると、まず始めに甘い香りが、そして爽やかな炭酸がそれを打ち消す。 「美味しい・・」 思わず呟くフレイ。 甘いけれど、あっさりとした、後味の良いカクテルだった。 ほのかに微笑んだフレイに、気に入ったのなら、それはやる。とイザークは言い捨てて席を立つ。 「え!ちょっと、待って」 それに慌てたフレイが、イザークの腕を掴んだ。 掴んでからそれが、この前と同じパターンであることにフレイは気付き、パッっと手を離した。 また振り払われるかもしれないから・・・。 その様子を視界に納めたものの、そのことについてイザークは特に何も言わなかった。 「何だ?」 「この間のお礼まだ言ってなかったから」 「礼?」 おかしな女だとイザークは思った。 彼女に対し、イザークは失礼なことを言った自覚がある。 なのにそのことを責めず、礼を言いたかったという。 「ええ、迷子になってたのを助けてもらったわ。ありがとう」 華が咲くように笑う彼女の髪は、燃えるような紅。 グラスの中の液体と同じ彩。 「礼か・・・」 「え?」 キラリとアイスブルーの眸が輝く。 彼を良く知る者であれば、思わず後づさりをするであろう、何かの悪戯を思いついたような楽しげなそれに気付かないフレイは、不思議そうに首を傾げる。 「俺はイザーク・ジュールだ。お前の名は何という?」 「フレイ・・フレイ・アルスターよ」 「お前、明日俺に付き合え」 口角を上げた笑みの、あまりの美しさに見惚れていたフレイは、一瞬何を言われたのか理解出来なかった。 「え?」 「礼は、体で返してもらう」 それだけ言い放つと、イザークはさっさとカウンターの方へと消えて行った。 呆然としながら消えて行く銀髪を見送ったフレイが我に返ったのは、それから数分後のことだった。 |