NOVEL4 ディセンベルカレッジ白書 6 |
アイマン邸の門を抜けると、ラフな格好をした同年代の若者が沢山集まっていた。 屋敷の正面の人だかりにキラが気付いて近付いてみると、そこには何故かマッチョな像が飾られた大きな噴水があった。 「これ・・誰の趣味なのさ?」 キラが引きつった笑みを浮かべてアスランに問いかける。 「・・・」 誰って・・決まってる。 マッチョ像の顔が、見間違えるはずも無い友人のものだから。 同じように顔を引きつらせている一同を、そのうち分かるよ。と溜息をついて、アスランは屋敷の中へと促した。 今日のパーティのホスト(主催者)の自宅だと説明すると、一般家庭で育ったキラにとってすごく大きくて立派な屋敷だけれど、主の趣味はさっぱり理解できない。と言われた。 勿論アスランとて理解できないから、黙っておくことにした。 知り合いが声をかけてくるのに、軽く挨拶を返しながら進むと、会場の入り口の扉の前に、見慣れた浅黒い肌の青年が立っていた。 「ディアッカ!」 こちらに気付いたディアッカが、いらっしゃ〜い。っと片手を上げる。 ディアッカはアスラン達と違って、白いシャツに黒いスーツというフォーマルな格好なのだが、襟元を崩しているため、堅苦しい雰囲気はなく、 「今日の俺は、ホストその3だから〜」 スーツなのさ。っと、飄々と笑う。 ちなみにホストその2はハイネらしい。 「ずいぶん人数が多いんだな」 まだ始まるまで時間があるというのに、会場には既に相当な人数が集まっているようだった。その予想以上の人ごみに、アスランが感嘆を示す。 「まぁ、ミゲルが気合入ってるし?」 ミゲルは明くて気さくな性格をしており、頼りがいもある。 普段はそのふざけた口調とノリから、軽い奴と思われがちだが、実は意外と硬派で、軍の女性陣にすごく人気があるのだ。 彼のパーティに誘われたとあれば、女性なら喜び勇んで参加するだろう。 実際、傍から見ても分かるくらい、めかし込んでいる女性も多い。 「しかも今日は、アイツとジョイントだからな」 意味有りげに肩を竦めるディアッカに、アスランもそうだった。と、納得する。 あくまでも本職はシンガーであり、軍人は副業だ。などと馬鹿なことを公然と言って憚らない、恥ずかしい男ミゲルにとって、彼が催すパーティは、自分のライブに他ならないらしい。 そのため毎回パーティでは必ず彼のステージがある。 しかも今回は、彼のシンガー仲間?のハイネとジョイントを行うのだ。 現在休職中であるハイネはZAFTのトップガンで、あの容姿もあり、やはり人気が高い。 そんなこともあって、今日の参加者の女性は半分以上が軍の関係者。そしてそれ以外がカレッジの生徒のようだった。 「ああ、女性陣・・・えーと、カガリ、フレイにミリアリアだったか。この札、終わりまで持っててくれるか?」 ディアッカが3人に、番号の書かれたピンクの札を渡した。 「何だこれは?」 カガリは不思議そうに札を眺め、フレイとミリアリアも顔を見合わせて首を捻る。 「それは最後のお楽しみ!」 楽しそうにウィンクを寄越すディアッカに、はぁ、っと曖昧に3人は頷く。 「えーと、席はB−5番使って。壁際の席な」 一番奥だから、真ん中突っ切って行っていいぞ。っと、ディアッカに指し示され、アスランは彼に別れを告げると、そちらへと歩み始めた。 パーティ会場は、全体的に円形の造りになっている。 中央に設置されたステージを中心に、360度それを取り囲むようなダンスフロアが広がっていて、更にその周りには段差をつけた2階層のボックス席が置かれていた。 一角には、飲料物が用意されたカウンターも完備されている。 設備の最終調整が行われているステージの前で、ミゲルは満足そうに腕を組みながら、フロア全体を見渡し、その出来栄えに惚れ惚れとしていた。 こんな無駄なものを自宅に造る貴様の神経は侵されている!っと某後輩から暴言を吐かれたとしても、、それはミゲルにとって褒め言葉でしかない。 「アイマン教官!」 パタパタと軽い足取りで走り寄ってきた少女に、ミゲルは口角を上げた笑みを浮かべる。 「おぅ、ルナマリアか。よく来たな」 「お招きありがとうございます!」 ミゲルの手前まで来て止まった彼女は、ちょこんと敬礼する。 ルナマリアは今期のアカデミー訓練生で、ミゲルの教え子だが、今日はいつもの見慣れたアカデミーの制服ではなく、柔らかそうなレースが縁取られ青紫の薔薇で胸元が飾られた、ピンクの可愛らしいワンピースを着ていた。 同じ薔薇の髪飾りをつけた頭にはいつものように遊び毛がつんっと立っており、それがルナマリアを幼く見せてはいるものの、その容姿は平均的なコーディネイターのそれを遥かに越えている。短く切り揃えられた髪の色は紅く、彼女のトレードマークだった。 「おーおー、今日はまたえらく気合が入ってるな」 よく似合ってるよ。と褒めると、ルナマリアは、えへへ。っと照れたように微笑んだ。 彼女は、外見だけならミゲル好みであり、申し分ない。 しかし、女性でありながらモビルスーツパイロット候補生で、おそらく今期の紅を着ることになるであろう程の実力を持っているため、どちらかといえば守ってあげたくなる、か弱いタイプの女性を好む彼としては、彼女よりはそう・・・ルナマリアの妹であるメイリンの方を狙っていたりする。 そしてルナマリア自身も、現在別の人物に熱烈片想い中のため、2人の関係が恋愛に発展する可能性は今のところ無い。 「今日こそ約束守っていただきますよー?」 「わかった、わかった」 左手を腰に当て、右手の人差し指でこちらを指差しながら詰め寄ってくるルナマリアに、ミゲルは苦笑して見せる。 軍人を目指すアカデミー生の間で、一番の話題になることといえば、必然的に先の大戦で活躍した英雄達であることは至極尤もな話だ。 おまけにその英雄の一人が訓練で残した異常ともいえる高成績は、未だにアカデミーで破られていない。 だから、彼と同じ部隊にいたミゲルは、日々、彼等から同じような質問攻めにあっていた。 『アスラン・ザラとはどういう人物なのか?』 勿論そんなことを親切に答えてやる義理も無ければ、暇も無いミゲルは、いつも容赦なく適当にあしらっているのだが、ルナマリアだけは別だった。 ミゲルは教官として、実に優秀な人材である。 性格に多少問題があれども、飴と鞭を最大限に有効利用することを心得えており、分け隔てなく誰でも公平に最後まで面倒を見る、責任感の強い人物でもあっただめだ。 ただし例外として、彼は女性にだけは、とことん甘かった。 そして言うまでも無いことだが、モビルスーツパイロットに女性は少ない。 そのため、むさ苦しい男連中の中のオアシスともいえる、紅一点のルナマリアに我侭を言われてしまうと、教官としての威厳はどこへやら、ついコロッと聞いてあげちゃったりする、情けない一面を持っていた。 しかし、当の本人としては、それが男心ってもんだろう?などと、反省の色は全く無いのだが。 ステージへとよじ登って機材を物珍しそうに眺めているルナマリアが熱烈片想い中の相手。 それはもう言うまでも無く、あの『アスラン・ザラ』だ。 ミゲルでさえ知らないような些細な軍籍ですら、ソラで言えるくらいの、アスラン信奉者である彼女に、今日のパーティで本人を紹介する約束をしてあった。 アスランには婚約者がいる。 それはプラントでは知らない者がいないという程の有名な相手。 そしてそれが政略結婚だということも幅広く知られている事実であった。 アスラン本人は何とも思っていないようだが、というよりおそらく深く考えていないのだろうが、あの婚約は間違いである!とミゲルは確信していた。 恋愛ってのはこう・・・もっと身を焦がすような、ふつふつと胸の奥から込み上げてくる熱〜い激情を抑えきれずに、思わず相手を押し倒しちゃった!くらいの勢いがあってこそだ。とミゲルは思う。決してあんな老成した夫婦のような会話をしながら育むものではない。 弟のように可愛がっているアスランのためを思えばこそ、ミゲルは心を鬼にして?この婚約を、何としてでも阻止しなければならない!という強い使命感を持っていた。 無論、本人には内緒だ。 そして、そのためにもルナマリアを紹介することは、良いことではないだろうかと思う。 ルナマリアは押しが強い。彼女なら、もしかしてあの朴念仁に、何らかの刺激を与えることが出来るかもしれない。 ステージの上にあるマイクを手に、歌う真似をしているルナマリアを微笑ましく思いながらも視線を入り口へと向けると、ちょうどいいところに噂の人物がやってきたではないか。 ブチ。 何か後ろで音がしたけれど、特に気に留めずにミゲルはその人物を呼ぶ。 「よぅ、アスラン!」 こちらに気付いたアスランが、何かを言おうとする前に、 『えっー!?』 という大音響が周囲に響き渡った。 ミゲルが驚いて振り向くと、マイクを口に当てたまま硬直しているルナマリアがいる。 どうやら持っていたマイクのスイッチが、何かの弾みで入ってしまったらしい。 突然響いたその声に、周囲の視線がステージ上のルナマリアに集まる。 勿論、アスランも驚いたように彼女を見つめていた。 これで強烈な印象を植え付けたことは間違い無しだ。 焦って真っ赤になり、立ち尽くすルナマリアに、 よくやった! と、ミゲルはコッソリ心の中でガッツポーズを取っていた。 アスランの先輩で今日のパーティのホスト役だと紹介されたミゲルは、気さくな好青年という感じの人で、初対面のキラ達にも親しみを込めた笑顔を向けてくれた。 よく見ると庭にあった噴水のマッチョ像と同じ顔をしているような気がしたけど・・・まさかね。 金色の髪の人好きしそうな容姿を持つ彼はかなり人気があるらしく、話をしている間にも、男女問わず、次から次へと声がかかる。 パステルブルーのシャツにモスグリーンのジャケットを羽織っている姿は落ち着いていて、アスランはどちらかというと中性的だけれど、ミゲルは男性的な色気を持っていた。 これでもか!というくらい、次々と紹介されるアスランの友人は、なんだかみんな格好良い人ばかりで、コーディネイターの凄さを改めて思い知らされたような気がした。 「イザークの件、ありがとな。助かったぜ、ホント」 「ああ・・いや。でも本当にアイツでいいのか?」 相手が可哀相な気がする。そう言って渋い顔をしているアスランに、だから、面白いんじゃないか。っと、ミゲルがニヤリと笑う。 出てきた名前にキラは一瞬、顔を曇らせた。 どうやらミゲルもイザークという人と、知り合いらしい。 悪い奴じゃないっと、アスランは彼のことを庇っていた。 先日の発言が強く頭に残っているキラには、とてもそんな風には思えないのだが。 そんなことを考えながら、キラ達はアスランの後ろから2人を眺めていたのだが、同じようにミゲルの後ろで様子を覗っていた少女が、彼の腕をつついている。 「ああ、そうだ。アスラン、紹介するよ。こいつルナマリア。俺の教え子で、お前の後輩になる予定」 教え子? ミゲルは教師か何かをしているのだろうか? キラは不思議に思ったが、問いかけるよりも前に、紹介を受けた少女が、嬉しそうに前に出てくる。 「ルナマリア・ホークであります!よろしくお願いします、ザラ先輩」 可愛らしく敬礼するルナマリアに、アスランがよろしく。と微笑むと、彼女は頬を染めるが、アスランは何事もなかったかのように再びミゲルに視線を戻してしまう。 それを不満に思ったルナマリアは、片眉を上げ、頬をぷーっと膨らませた後、ずずいっとさらに前に出てアスランの腕を掴んだ。 「あの!」 「?」 その行動に驚きながらも彼女に視線を向けたアスランの眸に、自分の姿が映っているのを確認したルナマリアは、彼を見上げながらにっこりと笑う。 「ザラ先輩、後で一緒に踊りませんか?」 「え?」 家柄のおかげで社交界に出ることの多いアスランは、もちろん社交ダンスなら一通り踊れるが、この場合、踊るのは社交ダンスではない。 全く踊れないというわけではないが、アスランは性格上あまりこういったパーティでのダンスは好きではなかった。 「だめですか?」 腕を掴んだまま首を傾げて聞いてくるルナマリアに、申し訳ないけれど断ろうとしたアスランは、背後で何やらジェスチャーをしているミゲルに気付いた。 踊ってこい!という意味らしい。 しかし黙ったままのアスランに、ミゲルは口パクで追い討ちをかける。 《踊らないなら、王子はお前に変更だ!》 アスランは青くなって咄嗟に返事を返した。 「いや・・わかった」 笑顔で、後で迎えに行きます!というルナマリアの勢いに押されて、曖昧に頷いているアスランの後ろで、普通迎えに行くのは男の方じゃないの?っとキラは思ったが、それより読唇で読み取れたミゲルの言葉の中の『王子』ってなんだろう? そちらの方が気になっていた。 |