NOVEL4 ディセンベルカレッジ白書 5 |
「♪〜♪♪〜・・」 鼻歌を歌いながら工具を振り回し、ご機嫌でマイクロユニットを作り続けるハイネの隣で、アスランも同じように、ただし、こちらは無心で、別のマイクロユニットを組み立てている。 アスランが手がけているのはれっきとしたゼミの研究なのだが、ハイネのそれは、彼が命名した『モーニングシンガードール』とかいう変な名前の、あやしいマイクロユニットである。 「そうだ、アスラン。今朝の件、考えてくれた?」 「お断りだ」 手を休めずに即答するアスランに、彼は肩を竦ませてみせる。 「うへ。冷たい奴だなぁ」 「俺に頼む方が間違ってると思うが?ディアッカ辺りに頼んだ方が適任だろう」 「それだと打ち合わせに時間取れないんだよな」 あいつ、軍の任務がそれなりにあるだろう? チッチッチ、と人差指を動かしながら、ハイネはおどけてみせた。 「じゃあイザークとか」 「あいつに任せると、始まる前に客を全員帰しちまうさ」 「・・・」 否定できないな。っとアスランは黙りこむ。 事の発端は、ミゲルらしい。 彼はアスランより2期上の軍の先輩に当たる。 昔から面白いことが大好きで、アカデミーの頃から色々と企画し、騒動を起こしまくる名物男だったいう。 彼とアスランが知り合ったのは、新人として配属されたクルーゼ隊だった。 ルーキーのアスランを最初に迎え、案内してくれたのが彼だったのである。 イザークやディアッカもアスランの同期であり、ミゲルはその兄貴分という存在だ。 彼は今、軍本部に常駐していて、護衛任務についたり、アカデミーの教官をしてみたりと、それなりに忙しく毎日を過ごしているようなのだが、彼流に言えば、忙しくても退屈なんだ!そうだ。 おそらく、今期のアカデミー生にミゲルの食指を刺激するような可愛い女の子がいないのだろう。っとアスランは予想していたりする。 「おっし!かんせ〜い!!」 高々を声を上げて出来立てのマイクロユニットを、ジャーン!と見せられて、アスランは引きつった笑みを浮かべた。 「そ、それは・・・」 「名付けて『モーニングシンガードール2号”ミゲル”』!!」 誇らしげに言い張るハイネに、アスランはガックリと肩を落とす。 彼が手にしているソレは、頭の天辺から足のつま先まで細部に拘った会心の出来だ!と主張するだけあって、まるで生き写しのように精巧に作られていた。 なんと頭髪までミゲル本人から調達したものらしい。 もちろん実物大ではなく、卓上サイズの直径20p程度のものになってはいたが。 これだけのものを作り出す技術を持っているのだから、その情熱を本来の研究に向けて欲しいものだと、アスランは切実に願う。 「まぁ仕方ない。司会はミゲルにやらせるとするか。主催者だし」 「それが無難だな」 工具を片付けているハイネに、アスランは同意した。 「あ、そうだ。パーティだけど、知り合い誘ってもいいか?」 今週末、ミゲルの強い要望により、新学期が始まったカレッジの歓迎会&交流会&発表会?その他諸々、なんでも兼ねたパーティを盛大に開くことになり、水面下でその為の準備が着々と進められていた。 友人を紹介するとキラ達に約束していたアスランにとって、これは良い機会だと思えた。 「んー?何人くらい?」 「5人前後かな」 「ああ、全然オーケイ!司会やってくれるなら、100人くらい連れてきてもいいぞー」 軽い口調でそんな冗談を言うハイネに、アスランは遠慮しておく。と苦笑する。 先ほどから話題になっている司会というのは、そのパーティでのものだ。 今朝方それをアスランにやってくれないかとハイネに言われたのだが、ユーモアの欠片も持ち合わせていない自分にそんなものが出来るわけがない。 ただ、前に立ってるだけでいい。と訳の分からない事をミゲルは言っていたそうだが、そういうわけにはいかないだろう。 第一そんなものを引き受けでもしたら、イザークに何を言われるか分からない。 お互い不本意だとしても、義兄弟になってしまってからというもの、ことある毎に、仮にも俺の義弟なら恥ずかしいことはするな!と煩く言われ続けているのだ。 「じゃあ、さっそくやるか!」 やっと研究を進める気になったのかと思ったが、どうやら違うらしい。 ハイネがモーニングシンガードール2号”ミゲル”のスイッチを入れると、マイクロユニットは軽快なリズムと共にしなやかな動きで踊りだす。 前奏が終わってミゲルの声で歌い始めたマイクロユニットにあわせるように、ドライバーを逆さに持ち、柄の部分をマイク変わりにしながらハイネも歌いだした。 もちろん振り付け付きで。 歌が良く分からないアスランは、大した感慨も無く、研究もたまにはやれよー。と呆れながら見守っていたのだが、窓の外の東屋の近くを歩く銀髪を視界に納めると、慌てて立ち上がった。 そして、手元の工具を適当に工具箱に押し込んで脇に寄せてから、部屋を飛び出した。 『ナチュラルに名乗る名などない!』 いきなり言われたその爆弾発言によって、東屋の中は異様な雰囲気に包まれていた。 銀髪の青年から発せられた言葉は、紛れも無くナチュラルであるトール達に向けられたものであり、その意味するものが侮辱であることは疑いようが無い。 しかし、ここはプラント。 周囲に居る学生は、ほとんどがコーディネイターという状況である。 どんなに不満に思おうとも、所構わず不平を述べるわけにはいかなかった。 おまけにキラもコーディネイターであったため、余計に気まずい状態になっていたのだ。 「キラ」 そんな時、声をかけられて振り向いたキラは、眩しそうに目を細めた。 ちょうどキラから向かって太陽の逆光に立っていたのは、アスランだった。 眩しそうなキラに気付いたアスランが少し体をずらし、太陽を自らの背に隠したことでようやく彼の顔を見ることが出来た。 寮の前で別れて以来、キラがアスランと会話するのは3日ぶりのことだった。 同じカレッジにいるのだから見かけることはあったのだけれど、いつもアスランは誰かと一緒に居るか、女の子に囲まれていて話しかけることが出来なかったのだ。 昔からそうだったけれど、やはり今でもアスランは凄くモテるらしい。 カレッジでは必要ないようで、今日のアスランはサングラスをしていなかった。 「予習?」 東屋に流れる異様な雰囲気に気付いているのかいないのか、テーブルに広がっているテキストを目に留めたアスランは、不思議そうに眺めている。 実はここ数日でキラ達は、ディセンベルカレッジとオーブカレッジのレベルの違いをまざまざと見せ付けられていた。 講義の内容が明らかに難しいのだ。 サイはある程度は曖昧ながらも何とか理解出来ているような感じで、キラに至っては、答えは分かるものの論理の説明をしろ。と言われると怪しかった。 そして更に慣れない環境での生活が、トール達を落ち込ませていたのだ。 だから講義が終わるたび毎回のようにテキストを開き、みんなで教え合うのが日課になっていた。 「ううん・・復習」 講義が良く分からなくて。 先ほどのこともあって、元気の無いミリアリアが小さく答える。 キラは横に詰めて、隣にアスランを座らせた。 「どこ?」 指し示されたテキストを見て、アスランが丁寧に説明をしてくれる。 それが驚いたことに、先ほどの講義と同じ内容とは思えないくらい分かりやすかった。 ただ、フレイはまだ良く分からなかったらしく、もう一度説明を求めている。 「ねぇ、アスランは専攻違うよね?」 根気強くフレイに教え続けるアスランに、キラは横から話しかけた。 キラ達の専攻は情報工学。でも、アスランは確か電子工学と経営学だったはずだ。 「うん?」 「何で僕達の講義の内容が分かるの?」 専攻外のしかも4年生の講義の内容は、流石にそれなりに難しい。 しかし、アスランはテキストの問題も普通に解いていくのだ。 「ああ、俺はザフトだからね」 何でもないことのようにアスランは言う。 『ザフト』 それはディセンベルカレッジに通う学生の中でも特別な存在を意味する。 コーディネイターの中でも特に秀でた者は、特化コースの学生とみなされ、その別名を『ザフト』と呼ぶのだ。(余談:軍隊はZAFT←英語とカタカナで区別) 各学年に少数しか存在しない彼等は、普通の学生とカリキュラムが異なり、1〜3年までの間に全過程を終了し、4〜6年になるとプロフェッショナルコースへと進むことになる。 だから現時点でアスランはすでにカレッジの全過程を終了しており、通常カレッジ卒業後に学ぶべきプロフェッショナルコースの学習をしていることになる。 ザフトに入る条件はとにかく厳しい。 全ての科目の成績に特化していなければ、ザフトとしては認められないからだ。 そして、それほど優秀な者となれば、最初の3年間に通常の必須である2専攻分の全過程を終了するのはそう難しいことではないため、各自がそれ以外の興味がある講義を自主的に受けているのである。 アスランにとって、情報工学もその一つであった。 フレイに説明を続けるアスランの横顔を眺めながら、改めてアスランはすごい。とキラは思う。 理系科目においてはキラは天才的に優れている。 でも、それ以外の科目はあまり得意ではなく、それなりの成績を保っているのは、かなり努力をしているからだ。 しかし、アスランはそうではなかった。 課題以外にはあまり勉強しないし、暇なときはいつも寝ていたりすることが多い。 それでも全てにおいて常に優秀な成績を叩き出すアスランは、本物の天才なのだろう。 「やっと分かったわ。ありがとうアスラン」 「どういたしまして」 嬉しそうに頬を染めてお礼を言うフレイに、アスランも穏やかに微笑んでいる。 アスランの柔らかい雰囲気で、先ほどの気まずさが薄れたように感じて、キラは安堵したものの、フレイのうっとりとしたその様子にキラは少し面白くなかった。 しかし、アスランは誰にでも分け隔てなく同じ態度を取るのも知っていたから、彼女に対しても特別な感情は無いのだろう。 「アスランは先生とか向いてそうだよね。教えるの上手いし」 だけど、フレイにそんな視線を貰えるアスランがちょっと羨ましくて、キラは拗ねてみる。 「キラは向いて無さそうだな」 そしてサラッとこんな言葉を返すんだ。 「何でさ!」 「当たり前だろ?論理すっとばして答えを先に言う奴に、教師なんてできないよ」 呆れたように正論を述べるアスランに、皆も同意して笑った。 もちろんフレイも・・・。 うう・・酷いよアスラン。 「ところで、彼女は?」 アスランがカガリを指してキラを見る。 カガリの方は、アスランを惚けたように見つめていた。 「あ、まだ紹介してなかったよね。ごめん」 キラが二人を互いに紹介すると、アスランはその名前に引っかかりを感じた。 『カガリ・ユラ・アスハ』 アスランの記憶が正しければ、それはオーブ姫君のものであるはずだ。 年齢も17歳のはずだから、間違い無いだろう。 しかし、それには触れずに、アスランはカガリに無難に微笑んで見せた。 すると、カガリの顔が茹蛸のように真っ赤になる。 カガリ・・・君が好きなのは、ハイネという人ではないの? 呆れてジトーっとキラがカガリを見ていると、彼女は誤魔化すかのようにそっぽを向いた。 まぁいいけどね。 「それでね、アスラン。カガリのことなんだけど」 「うん?」 「彼女は僕の双子の姉なんだ」 「は?」 どう?驚いた?などと、ニコニコと笑っているキラ。 「キラ・・・お前一人っ子じゃなかったか?」 10年近く月で兄弟同然のように育ったアスランとキラ。 その時は、姉などいなかったではないか。 混乱するアスランに、キラが事情を説明すると、彼はそれでも信じられないのかキラとカガリの顔を何度も見比べている。 に・・似ている、か? 目鼻立ちもくっきりとし、整っった容姿を持つキラに対し、カガリは悪くは無いものの、どちらかと言えば平凡だ。 二卵性?だとしても、ここまで違いが出るものだろうか? しかし、よく聞けばカガリはナチュラルだという。それでアスランは納得した。 「キラ、良かったな」 キラは昔から兄弟が欲しいと言っていた。 だからこれはキラにとって好ましいことなのだろう。 案の定、うん。とキラは嬉しそうに笑った。 さて・・・。 思いがけずアスランに都合よく話が傾いてきた。 本当ならキラが到着した日に言おうと思っていた、自分にも義兄が出来たということ。 つまりイザークのことを告げるチャンスではないだろうか? あの日はテロのおかげでうやむやになってしまったが。 「キ、キラ・・・」 「なに?」 「さっき、何を話してたんだ?」 「何のこと?」 「イザークと話してただろう?」 「イザーク・・・?」 「あの、銀髪の・・・」 実は先ほどから気になっていて仕方なかった。 アスランがここへ来たのは、イザークの姿が窓から見えたからなのだから。 すると、途端に皆の表情が曇ったことに、アスランは青くなる。 イ、イザーク・・・何を言ったんだ!お前は。 「アスラン、あの人知り合いなの?」 少し怒った口調で聞いてくるキラに、 「え、知り合いというか・・その」 義兄です。 とは言えずに、アスランは言葉を濁す。 「ふ〜ん」 納得して無さそうなキラを無視して、アスランはさらに問いかける。 「何か言われたのか?」 「別に・・ただ、フレイが名前を聞いたら、ナチュラルに名乗る名などない!って・・・」 「・・・・」 あのやろぉ〜・・。 腕も振り払っただってぇ!なんてことを。 たかが名前の一つや二つ。適当に流せばいいじゃないか!まったく。 「僕、あの人キライ」 「え!?」 キッパリと言い切るキラに、アスランが慌てる。 「だってそうでしょ?いきなりあんなこと言うなんて失礼だよ」 「それは・・・」 確かに失礼な奴なのは否定しないが。 「でも、悪い奴ではないんだ」 たぶん。 「なんでアスランは、あの人の肩持つの?」 「いや・・・」 義兄ですから。 ・・・言えない。 ダラダラと嫌な汗をかきながら、アスランはどうしたものかと考える。 窓からあの銀髪を見かけたとき、ある程度予想はしていたのだ。 昨夜から今日にかけて、イザークの機嫌はすこぶる悪い。 だからイザークの発言は、十中八九その八つ当たりから来るものでもあるような気がする。 その原因の一端に心当たりのあるアスランとしては、この事態にあまり文句を言える立場でもないのだ。むしろ自業自得であった。 どちらにしろこうなってしまっては、この場でイザークの正体を明かすのは得策でないように思える。 また今度にするか。 「ああ、ところで、キラ。土曜の夜空いてる?」 今、思い出したかのように、アスランはワザと明るい声を出して話題を変える。 「今週の?」 「そう。土曜の夜にちょっとしたパーティがあるんだけど、皆も良かったら来ないか?」 「パーティ?」 華やかなことが大好きなフレイが一番に反応する。 「たぶん100人規模くらいの小さなパーティだけど、歓迎会も兼ねているから半分以上はカレッジの学生が来るだろうし、楽しいと思うよ」 アスランが勧めるのなら、とキラ達は快諾してくれて、ひとまず安堵する。 キラ達に笑顔を向けながらもアスランは、さて、どうやってイザークを紹介しようかな。などと、内心で冷や汗を流していた。 |